part2-1
かなり遅れたけど、ついに投稿!
大雨が降るラルゲットの路地裏。そこで、少年と少女が向き合っていた。
片方はマントの様なレインコートを着込み魔刀を構えている。デザインはいたってシンプルで派手な模様などは何も無い。
もう片方の少女は短パンに胸の辺りを隠す布切れを纏い、背中も腰が隠れる程度のマントを羽織っている。色は黒で統一されている。同じ様に魔刀を構えているがその魔刀の色が特殊だった。下半分が赤くて、上半分が白い。『雪之血』と呼ばれている魔刀だ。
少年、白石雪は相手を睨みつけたまま一歩後ろに下がる。それを見た雪之血を構えた少女が無表情に一歩詰め寄る。ちなみに雪が下がって行っている方向は行き止まりで、後数歩で壁に背が付く。
「受け入れください」
「だから、何を…!」
このやり取りは先程からずっと繰り返されているものだった。雪が何を、と聞いても少女は答えない。ただ、「受け入れて」と言う言葉だけを紡いでいる。
「解らないですか?」
「解らないね。 何も言ってくれなきゃ」
「そう。 じゃあ簡潔に、『私を受け入れてください』」
雪之血を片手で力無く構えて、更に一歩詰め寄る。それに合わせて雪も下がる――が、遂に壁に到達してしまった。
雪は上に逃げようと目線をほんの少しだけ上に向けた瞬間、足に鋭い痛みが走った。
「ぐっ…」
「逃げろなんて、言いました?」
無表情に問いかけてくる少女が持つ雪之血が雪を足に突き刺さっている。あの脱力状態から目で追えない速度で突きが放たれたのだ。雪には動いた様にすら見えなかった。
そもそも、この少女は何処から現れたのだろう。雪の第一の疑問はそこだった。気が付いた時には腰から雪之血が無くなっており、あの少女が手にしていた。
「くっそ…」
「言い方を変えます。 私を受け入れなければ、貴方の大切な人を殺します」
「な、に…?」
「具体的に言うと、あの家の人達ですね」
「ふざけるなっ!」
雪は生命力を乗せ、一撃を放つが、難なく少女に受け止められて弾き飛ばされる。
「攻撃しろなんて、言いました?」
先程と似たニュアンスで問いかけてくる。雪はもう勝機が無い事を悟っていた。
「受け入れたら、どうなる…?」
「別に。 ただ、私の命令で犯罪者を殺して貰うだけです」
「は…?」
「でなければ、貴方の友達を殺します」
「くっ…」
「受け入れると言うのなら、刀、捨ててください」
雪は、もう従うしかなかった。彼女の実力ならば瑠夏ですら危ないと理解できたからだ。
雪は魔刀を地面に落とす――と、同時に雪之血で貫かれた。壁に縫い付けられる。顔を上げて目の前の少女を確認すると、無表情の中に少しだけ笑みを浮かべた顔が見えた。
「私が、貴方をシラユキに戻します」
「…ぐっ。 お前、は」
「雪之血。 貴方の、魔刀。 貴方だけの、魔刀です」
その言葉を聞き終えると同時に雪の意識は闇の中に呑まれていった。
* * *
瑠夏は町中を走り回っていた。瑠夏だけでなく、魔導会、魔導軍のメンバーが町中を駆け回っていた。
雪が見回りに行ってもう5時間が経った。いつもならば絶対に帰ってくる時間だ。だから、帰ってこない雪を心配して全員が出動していた。もちろん、連絡も繋がらない。
「一体、どこに…」
あらかたすべての場所を探したとは思うのだが、雪の姿はまだ見つけていない。他の皆から連絡が来ていないところを見ると、まだ見つけていないようだ。
本格的に焦り始めたとき、瑠夏の鼻に異質な臭いを感じた。
「血の、臭い…?」
瑠夏の目を向けた先にあるのは路地裏。とても嫌な予感がする。ただの直感だが、それでも嫌な予感は拭えない。
「まさか…。 だって雪君は、私とやりあって無事なんだよ…?」
嫌な予感を否定する言葉をポツポツと呟きながらも、一歩一歩路地裏に向かって足を進める。
嫌だ、見たくない。それが、瑠夏の本音だ。瑠夏は犯罪を犯した人を殺すまでは行かなくとも傷つけることは余り躊躇わないし、血を見ること自体も慣れている。
だが、もしもその血の主が自分の家族同然の人物なら?
路地裏の手前までくる。後は覗き込めば奥の様子も見える。瑠夏は息を吐き出し、路地裏に足を踏み入れた。
そこで見たものは――
「何を、しているの…?」
少女だった。血の臭いの元はあの少女で隠れている。腕を前に向けて突き出していることから、誰かを刺しているのだということが解る。
「…? 可笑しいですね。 人払いの結界を張ったつもりだったのですが」
「――――ぁ」
振り向き、恐らく突き刺していたであろう魔刀から血を払いこちらを向く少女。それと同時に彼女の背後でドサリと何かが落ちた。それを見て、瑠夏は喘ぎにも似た声を漏らした。
「貴方が、雪君を…?」
瑠夏の中で何かが弾けそうになる。魔刀の柄に手を掛けて問いかける。
「そうですが――」
「っ!!」
「――話は最後まで聞いてくださいね」
「そん、な…」
抜刀と同時に接近し、切りつけた。手応えはあったと思ったのだが、瑠夏の手からは魔刀が消えていた。目線だけで確認すると、背後の地面に突き立っているのが分かる。信じられない力量だ。
「安心してください。 彼は死にませんし、死なせません。 ただ、私を受け入れさせただけです」
「受け入れ、させた…?」
「はい。 ですから、そのうちこの傷は塞がります。 心配なら、家に連れて行って上げては?」
「貴方はどうするつもり?」
「私はいるべき場所に帰ります。 あ、この魔刀返しておいてください」
そう言って少女が突き出してきたのは魔刀『雪之血』。雪が持ち歩いていた魔刀の内の1つだ。
「どうして貴方がそれを?」
「少し借りていただけです。 では」
「待っ――」
待って、と言い切る前に閃光を発生させる玉を炸裂させる。瑠夏は咄嗟に目を庇って無事だったが、少女の姿は見失ってしまった。
「そうだ、みんなに連絡しないと…!」
思い出したように全員に連絡を飛ばした。
それから一時間程。魔導会全員は雪の家に集まっていた。ミスティカ達魔導軍のメンバーは雪を襲った少女の捜索に出ている。
「本当に、傷が塞がってる…」
瑠夏は信じられない思いで傷口があった部位を見つめていた。周りも同様のようだ。何せ家に運び込んだときはまだ傷があったのだから。
「雪を傷つけたのは誰…?」
「紫音ちゃん、取り敢えず落ち着いて?」
怒りを露にしている紫音を宥めるように瑠夏が声を掛ける。だが、魔導書を離そうとせず、今にも飛び出していきそうだった。実際、紫音は捜索に着いていこうとしていた程だ。
「どんな奴? 姿は? 性別は? 武装は?」
周りが紫音から放たれる負のオーラに怯えを見せる。あれ以来、結局紫音は闇の方が打ち勝っている。光はいざというときにしか闇に勝ってくれないようだ。
「性別は女。 姿は黒い薄着で、武装はその刀を雪君から奪って使ってたよ」
「そんなのに、雪は負けたの…?」
相手の情報を教えてもらった紫音は少し疑問に思った。正気を失っていた自分と渡り合い、更には瑠夏と戦えるほどの実力があることを知っているからだ。
「私も攻撃を仕掛けたけど、一瞬で刀を弾かれて無力化されたよ」
その言葉を聞いて、部屋にいる全員が息を飲んだのがわかる。学校一、更に町中でも一番実力のあるであろう瑠夏が打ち負けたなどと、信じられる訳がなかった。
「え、嘘」
「嘘じゃないよ。 手も足も出なかった」
誰も信じたくなかったが、瑠夏が嘘を吐かないことを知っている魔導会はただ黙って俯いた。
「取り敢えず、俺達も役割を決めて動こう」
「そうですね。 家に残って見張り兼目覚めるのを待つ人と、魔導軍の方達と共同で捜索に出るの2つくらいでしょうが…」
「私は行く。 見つけ出して殺してやる」
過激な言葉を吐いて紫音は家から飛び出していった。余程雪に重症を負わせたことに怒りを覚えているのだろう。
瑠夏は一度破れたことにより、家に残ることを決めた。恐らく何度やっても同じだと思うし、何よりも雪が心配だった。
結局家に残ったのは瑠夏と夜羅で、それ以外は皆捜索に出た。
「下は見ておくわ。 彼の近くにいたら?」
「ありがとう。 上にいるね」
力なく微笑み、階段を上って雪の寝ている部屋に入る。
入ったら目が覚めていると言うこともなく、ただベッドの上で眠っている雪がいるだけだ。
傷はもう塞がっているが、なぜ塞がったのかも分からない。だから警戒はしていて損はないと思い、雪のベッドの傍らに座り込む。
「ごめんね。 もう少し早く見つけていれば傷つけられずにすんだのに」
返事はない。だが、言わずにはいられなかった。
事実、彼処に瑠夏か紫音がいれば変わっていたこともあっただろう。だが、もう過ぎ去ってしまったことだ。悔やむよりも、今後を気を付けようと誓う瑠夏だった。
結局雪が起きたのは翌日の朝だった。皆が下の階に集まっていた所に雪が降りてきたのだ。
「雪君、もう大丈夫なの?」
「全然大丈夫ではあるんですが、僕刺されてませんでしたっけ? 傷が一切見当たらないんですが…」
「何故か知らないけど塞がったよ…」
「……そうですか。 すみません、今日学校休んでも良いですか?」
「別に構わないけど、それなら私も残るよ」
瑠夏の申し出に少なからず雪は驚いていた。確かに刺されたとは言え、傷は塞がっており行動に支障などは全くないのにも関わらず――と、そこで支障があると思っているのでは、と言う理由を思いついた。
「別に行動に支障が出るようなことはないですよ?」
「そうじゃない。 ただ、また刺されたりしている姿を見せらるのが、嫌だから…」
雪は何故瑠夏が残ろうとするのか、と言う理由を手に入れた。自分では分からないが、きっと刺されているところに居合わせてしまったのだろう。だから身を案じてそばにいようとしているのだろう。
「別に、瑠夏先輩が良いなら良いですけど…」
「そういうことだから、皆先生達に宜しく言っておいてくれる?」
『了解』
「雪、次なにかされたら言って。 必ず殺すから」
「紫音はどうしてこうなった…」
「君が傷つけられたことに腹を立ててるんだよ」
皆を見送りながら瑠夏が呟く。雪はそこまで紫音が自分の事を心配しているとは思っていなかった。これからは気を付けようと心に決めた雪は瑠夏と共に家の中へと戻っていった。
「雪君を刺した人に見覚えはなかったの?」
唐突に瑠夏が問いかけてくる。
「うーん、全く知らない人でしたね。 声も聞いたこと無かったし…」
「そっか。 手がかりがあれば直ぐに捕まえれるのに…」
「手がかり…」
雪は一つだけ相手の情報を持っていた。
『雪之血』。彼女は自分の事をそう名乗っていた。それがもし本当なのだとすると、雪の手の届く範囲にある魔刀に彼女が宿っていることになる。
「うーん…」
「どうかしたの、雪君」
「いえ、少し部屋に戻って休んどきます。 眠たいし」
「また寝不足? ダメだよ、しっかり寝ないと」
「すみません。 何かあったら直ぐに呼びますんで」
「…絶対だよ」
真剣に返してくる瑠夏。余程雪の事を心配していると言うことが解る表情だ。とはいえ、瑠夏の部屋はすぐ近くに存在するので連絡に支障は出ない。
部屋に戻った雪は壁に立て掛けてある魔刀、雪之血に目を向ける。
「いる、のか…?」
「えぇ、いますよ」
魔刀が光を放ち、それが収まる頃にはあの少女が目の前に立っていた。
今の光で瑠夏に気づかれたのではないかと思い少し焦って気配探知を発動するが、雪之血が手で静止しる。
「私が出てくる時は基本的に魔法外の力で周囲に結界を構築します。 気づかれる心配はないでしょう。 それにいざとなれば貴方以外の視界に映らない様にすれば良いだけの話ですし」
「そんなこともできるのか…」
「『契約魔装』ですから。 契約者の為なら割と何でも出来ますよ」
「え、契約魔装なの?」
「そうです。 契約方法はこの刀に対象の血を吸わせること。 心臓に近い位置の血を」
「だからあの時刺したのか…」
そうです、と頷いてみせる雪之血。しかし、と雪は疑問に思うことができた。雪は魔導軍に所属していた時代もあの刀を使っていたのだが、その時の契約はどうだったのだろうと思ったのだ。
「ん、その顔は魔導軍時代の貴方との契約について疑問に思っていると見ましたが」
「よく解るな…」
「貴方は契約者ですからその心境を読み取るのも私の務めです。 魔導軍時代の契約についてですが、この時はしていませんでした。 正体を明かす前に貴方が魔導軍を止めて私を置いて何処かへ行ってしまったからです」
そう言われると悪いことをした気分になる雪だが、結局のところまた自分の元にあるんだし問題ないと結論づける。
「私が契約したかったのは犯罪者を殺すことを躊躇わないシラユキです。 今の貴方はあの時のシラユキではありません。 だから私は貴方に課題を出しました。 それが――」
「――犯罪者を殺せ、か」
「その通りです。 貴方の中にはまだあの時のシラユキの面影があります。 きっと町の現状を見れば戻るでしょう。 犯罪者を殺していたあの時のシラユキに」
興奮しているのか、少しだけ顔が赤くなっている。その口元にも僅かな笑みが。雪は少し恐怖を感じて一歩下がってしまう。
「何処かへ行くのですか?」
「い、いや…」
「先程家に残っている者に眠ると言って来たのでしょう? どうぞ、眠ってください」
「それは…」
「なんなら、眠らせてあげますよ?」
雪は一歩下がり、扉に手を掛けた。目の前にはなんだかアブナイ雰囲気の少女。扉を開けて逃げればきっと追いかけてこないだろうし、下には瑠夏もいる。そう思い扉を開こうとすると、鍵が掛かっていないにも関わらず――開かない。
目線を前に戻すと、そこにはほぼゼロ距離の所に雪之血がいる。
「な…」
「言いましたよね、契約者の為なら割となんでもできる、と…。 これも契約者に一時の休息を与えんが為の行動です」
「言い訳じゃないか!?」
「おやすみなさい、契約者」
くすりと笑みを漏らしながら放たれたその言葉。その言葉を最後に雪の意識は闇に飲まれて消えた。




