part1‐10
ネガティブシャドウが雪によって紫音から引き剥がされたその時、魔導軍はその気配を捕捉して、直ぐに動けるように、チームを召集していた。
「ユーヴァンス」
「…なんだ」
酷く冷たく、鋭さすら感じるその声はミスティカのチームの仲間であるユーヴァンスの物で、ぼさぼさの黒髪が特徴の男だ。
非常にチーム行動を苦手としていて、雪がこのチームにいた時も割と単独行動を好んでいた。昔のコミュニケーションが取れなかった時の物が残っているという理由から来ている事は知っているので、ミスティカは特に不快に思わずに用件を告げる。
「魔物が出たの。 一緒に行ってくれる?」
「…何故、一緒に行く必要がある。 そんなに手強いやつなのか?」
「シラユキからの連絡だったから会えるなら3人揃っていたいじゃない?」
「…シラユキから連絡があったのか?」
声の調子はいつもと変わらない。だが、彼をよく知る人物ならば、少々驚いているのが解っただろう。
「えぇ。 先程、シラユキが人に憑いた魔物を引き剥がす事に成功したわ」
「…流石だ。 で、俺等は雑魚担当か?」
「いえ、それが対象はネガティブシャドウなの」
「…そうか。 なら、少々準備をしなければな。 悪いが、先に他のチームに声を掛けておいてくれ」
「了解よ」
ミスティカが部屋を出る。それを確認したユーヴァンスは、ただ一人ため息を吐いた。
「…なんか、嫌な予感がするな。 割と、本気でいくか」
部屋の壁に掛けておいた戦闘用の服に着替え、少々特殊なベルトを付ける。それは、背後に剣を吊るす用のベルトだ。そこに、壁に立てかけていた大剣型の魔剣を装着。最後に滑り止めの手袋とスパイクの付いた靴に履き替えて準備を追える。
ユーヴァンスはミスティカから何処に行けばいいかを聞いていなかったので適当に出撃ゲート付近に向かってみると、ミスティカの姿を見つけた。
「…すまない。 遅れてしまった」
「気にしない。 それよりも、皆もう行ってしまったわ。 私達も行きましょう」
「…あぁ、了解だ。 ところで、何故その魔刀を?」
「シラユキが「シラユキとして」魔物を退治するって言ってたの」
「…そうか」
ユーヴァンス達が所属する魔導軍の本部はラルゲット魔法学院が存在する町とは少し離れた場所にあり、丁度森を挟むようにして存在する町にある。つまり向こうに行くには森を抜けなければいけないのだ。森自体はそこまで長くないのだが、問題はそこにいる魔物たちだ。これが、少々厄介なことで、数が多かったりする。
「ユーヴァンス、前衛は任せたわよ」
「…任せろ。 サポートは頼んだ」
「そこはお任せを」
他のチームは数十人規模で挑んでいるのにも拘らず、ユーヴァンスとミスティカは2人のペアで森の中に侵入して行った。
森の中を歩いていて、殺気を感じ取ったユーヴァンスは即座に魔剣を引き抜いて周囲に意識を拡散させる。ミスティカは魔杖を取り出し、意識を集中させ始めた。
素早い足音と共に現れたのは魔狼と言われる狼が魔物化したものだった。
割とこの周辺の魔物で言うと弱い方なのだが、戦闘初心者の場合は侮って負ける事が多い。故にユーヴァンスは一切の容赦を捨てて、襲いかかってくる魔狼に向けて鋭い一撃を叩き込む。
「グルァッ!」
「無駄ですよ…!」
巨大な魔剣を振り回した後に出来る隙は大きいものだが、その隙を潰す様にミスティカの魔法が魔狼の頭部を貫いて絶命させる。その間にユーヴァンスは接近し、今度は隙の出来ない一撃を次々と叩き込んで魔狼の群れを討伐する。
「…ふむ。 弱いな」
「油断してたらダメよ? そんな事よりも、急ぎましょう」
「…承知した」
ミスティカに急かされ、魔剣を担いだままその後ろ姿を追う。珍しくそれ以外の魔物は出て来ずに森を抜ける事が出来た。
ほっとしたのもつかの間で、森を抜けた先にある平原を見て、ユーヴァンスとミスティカは固まった。
『グルォウッ』
『ギャアギャア』
『グオォォッ!』
「なに、これ…」
「…魔物の、大群、か」
「恐らく、ネガティブシャドウの影響ね。 憑いていた子からかなりのマイナス系の感情を奪い取ったみたいね…。 此処にいる魔物たちはそれにあてられて正気を失い、操られてるも同然になっている…」
その時に、ミスティカの持つ端末に連絡が入った。本部の連絡係が言うに、「シラユキは1日程合流が遅れるそうです」との事。
ならば、その間此処にいる魔物の殲滅にでも集中しようか、と魔杖を構える。希望を捨てる訳にはいかないからだ。
「…やるのか?」
「シラユキの町が潰れて良いって言うならやめてみるけど?」
「…それはいかんな。 ならば『魔導会最高位魔剣士』ユーヴァンス=アヴェン。 行くぞ…!」
即座に魔剣を構え、自身に腕力強化と脚力強化の魔法を掛ける。手に持つ巨大な魔剣の重さが羽根の様に軽くなる。
「うおぉぉっ!!」
『グワァァッ!!』
数匹の魔熊が襲いかかってくるが、すれ違いざまに相手の首筋に刃を触れさせて斬る。悲鳴を上げてのたうちまわっている所にミスティカの『炎の槍』が炸裂する。
だが、如何に最強と名高い2人でも、数の暴力に屈するのは時間の問題だった。
それでもユーヴァンスとミスティカの表情から希望は消えない。何せ、1日待つことで最強の助っ人が来てくれるからだ。
「…ふ、ミスティカ。 へばるんじゃないぞ」
「上等よ。 シラユキが来るまで耐えてやろうじゃない。 ただ、貴方こそヘマするんじゃないわよ?」
「…そこは安心しとけ。 だが、もしもドジ踏んだ時はよろしく頼む」
無言で頷き、ミスティカは『火炎爆発の玉』を敵が密集している所に放ち、一度に複数の相手に傷を負わせていく。その傷ついた複数の内数対はユーヴァンスが容赦なく斬り捨てる。
場数を踏んできただけあって、ユーヴァンスとミスティカの連携は凄まじいものだった。
途中から追いついてきた魔導軍のチームと共に戦い、必死に数を減らして行くのだが、一向にその数が減っている気がしない。
「…ミスティカ。 まだ大丈夫か? もしあれなら休んで全力になって復帰してくれ」
「ごめん、なさい…。 少しだけ、下がらせてもらう、わ…」
魔法をメインに戦うタイプの人は一定まで消耗すると戦えなくなるデメリットがあるが、かなり瞬間高火力を出せる、という点では群を抜いている。
逆に、武器に依存して戦うタイプは自身の体力管理さえしていれば後は限界が来るまで戦い続ける事が出来るというメリットがある。コレのデメリットはそのままで、武器が無ければほぼ戦闘が出来ないという事だ。
「…取り敢えず、ミスティカの分も頑張っておこうか」
ユーヴァンスは魔剣に宿る生命力を消費し、全く同じ剣をもう一つ作りだす。以前雪が使った『命刀』の剣バージョンの『命剣』だ。それを片手に一本、もう片方の手に自身の魔剣を握り、襲い来る魔物に向けて攻撃を仕掛ける。
他のチームの助力もある。実力では確実にユーヴァンス達にある。それなのに、魔物は減らない。倒しても倒してもキリが無く湧き続けてくる。
「…はぁ!」
相手の振り降ろされる爪を右の魔剣で払い、同時に左の命剣をがら空きの胴体にぶち込む。
現在時刻は午前4時。割と神経がすり減ってきたころに、ミスティカが回復して戻ってきてくれた。
「ユーヴァンス! 無事!?」
「…おう、なんとかな」
命剣が消え、身体強化も切れているユーヴァンスは満身創痍だった。それを見たミスティカが疲労回復の魔法を使用し、ユーヴァンスの応急処置をする。
すると急に風が巻き起こり、人外の形をした何かが現れる。
『クッハハハ! やっぱ人間ってのは弱いなぁ!』
「ネガティブシャドウ…!」
ミスティカはすぐさま反応し魔法を放とうとしたが、その射線上に複数の魔物が現れる。
『おっと、お前さんの相手はそこの魔物どもだ。 ククク、町ごと全て吹き飛ばして屈辱を晴らしてやるぜ…!』
「くっ…。 待ちなさい!」
待てと言われて待つ訳が無く、ネガティブシャドウは消え去った。
「…町ごと、吹き飛ばすと言っていたか」
ユーヴァンスが気になった事を口にする。それにミスティカは頷いた。
「一体どれほど強力な魔法を放つつもりなのかしら…」
「…それを放たれる前になんとかシラユキが来て欲しいものだ」
「えぇ。 あの人なら、きっと町一つ消し飛ばす魔法だろうとなんとかしてしまうでしょうしね」
「---何時の間に僕はそんなすごい事が出来る様になったんですかねぇ」
そんな声と共にX字の形をした斬撃が飛来し、ミスティカの背後にいた魔物を斬り飛ばす。その斬劇が飛んできた方向に目を向けたミスティカとユーヴァンスが見たのは、傍らに水色の髪の少女、紫音を連れたシラユキこと雪の姿だった。
「シラユキ!」
「…久し振りだな。 元気にしてたか?」
「確かに久しぶり、かな。 で、この魔物は何?」
「ネガティブシャドウの所為よ。 あいつ、「町ごと吹き飛ばして--」とか言ってたわよ」
「ふむふむ…。 ちなみにどういった攻撃が来るか予想できたりは?」
「する。 憑いていた人間からかなりのマイナスの感情や欲望を奪ったと見えるから、闇属性の大規模魔法攻撃…かしらね」
ミスティカがそう言うと、紫音がピクリと反応する。その表情が見る見る申し訳なさそうな物に代わって行く。その表情の変化を見ていたミスティカは紫音が何者かが理解できた。
「彼女が憑かれていたの?」
「そうだけど、もう引き剥がしたし大丈夫」
「それは解ってる。 凄く申し訳なさそうにしているのと、非常に強い『皆を守りたい』って気持ちが伝わって来るから」
「ん、という事は--」
「その子なら、ネガティブシャドウの一撃も防げるかもね」
闇に対抗するのは光。光に対抗するのは闇。
つまり、今の紫音は闇よりも光の力の方が圧倒的に強くなっているという事だ。
「…でも、私は--」
「紫音、出来る事をやって見るのが最善じゃないかな」
「雪…」
何処か怯える様なその目は、しかし雪の言葉で決意した者の目に変わる。それを見たミスティカは微笑んだ。
「シラユキ、これを」
「うわぁ…。 これはまた懐かしい…」
ミスティカが差し出して来たのは、雪が魔導軍に所属していた時の魔刀だ。少し鞘から抜いてみると、現役時代から何ら変わらない刀身を持った魔刀がそこにはあった。上半分が白、下半分が赤の刀身。それ故に、周りのものから付けられたその魔刀の名は--
「雪之血…」
「魔刀も放置され続けるよりも貴方に使われていた方が喜ぶと思うわよ」
「…ミスティカの言う通りだ。 使ってやれ」
「そうだね…。 じゃあ、僕らはその大規模攻撃ってのを潰せるように町の高台に向かうよ」
「…その代わりに、ラルゲットの魔導会が来てくれる」
不安になったのを見透かされたミスティカ達は少し驚いたが、直ぐに気を引き締めて魔物に目を向ける。
「じゃあ、行って!」
「了解!」
雪は2本の魔刀を引き抜いて魔物の群れに突っ込む。紫音も生成した『光の槍』を構えて、その後に続く。互いに生命力の消費は極限まで抑えているのが良く解る。
「っ、不味い! あそこの魔物の群れがシラユキ達を追い掛けて…!」
「…させるか」
ユーヴァンスは魔剣を持っていない左手に生命力を集中させる。ユーヴァンスが最も得意とする属性の魔術。
それは--
「…吹き飛べ、有象無象!」
ユーヴァンスの拳から放たれたのは凄まじい暴力の風。それこそ、直撃した相手を肉塊に変えるほどの威力を持った強力な一撃だ。
その一撃が進路を邪魔するように立ちふさがっていた魔物たちを蹴散らし、その奥にいた雪達を追い掛けていた魔物まで到達する。
「…ぐっ」
「ユーヴァンス、大丈夫!?」
「…このくらい、平気だ。 まだ、やれる」
一瞬感じた脱力感を振り払う様に立ちあがり、魔剣を構える。だが、その体はふらついて、先程の様には戦えそうにない事が解る。
そんなユーヴァンスを狙うかのように魔物が殺到する。他のチームは援護に回りたくても目の前の魔物に集中しなければ助けに行くことすらできなくなる状況なので、援護が出来ない状態だ。
「ユーヴァンスッ!!」
ミスティカが複数の『炎の槍』を飛ばす。だが、それでも魔物の勢いは止められない。
ミスティカがユーヴァンスが殺されてしまう所を想像してしまい、一瞬、恐怖で動けなくなってしまった。その一瞬は、魔物がユーヴァンスを殺すのには十分すぎる時間--だったが、横方向から目で捉え切れない程の速度でナニカが横切った。 それはユーヴァンスに襲いかかっていた魔物全員を貫き、絶命させる。
「ふぅ、此処であってたかな…?」
そんな声が聞こえてくる方向に目を向けると、そこには雪が持つ魔刀とよく似た魔刀を持つ少女が立っていた。突きを放った姿勢から、ゆっくりと体を起して魔刀を下ろす。
「…貴方、は?」
「うん? って、そうか。 私は魔導審判長の本城瑠夏って言うんだけど…、敬語の方が良かったかな?」
自己紹介と共にずれた質問をしてくる少女にミスティカは呆気にとられたが、直ぐ様その後ろから魔物が飛びかかろうとしているのを見て焦って声を出す。
「う、後ろ!」
「うん。 気付いてるよ」
「…え?」
気付いたら、瑠夏が魔物の後ろにいて、魔物が瑠夏の後ろにいた。目で捉えきれないほどの速度で相手の後ろに回り、それと同様の速度で斬り抜けたのか、とミスティカとユーヴァンスは戦慄する。
そして瑠夏は魔刀を振り切った姿勢から、魔刀を振って血を払い、ミスティカ達に近付いて行く。
「えぇと、白石君に頼まれて来たんだけど、魔導軍の方…で、あってるかな?」
「そ、そうだけど…」
「そっかそっか。 じゃ、私の担当は此処だね。 あ、ところでやっぱり敬語の方が良いかな?」
瑠夏はフレンドリー全開で話している事を自覚しているので2回聞いた。すると、ユーヴァンスは首を振って答える。
「…少なくとも、俺は要らない。 俺はユーヴァンス=アヴェンだ。 取り敢えず、この場ではよろしく頼む」
「了解。 で、そっちの方は?」
瑠夏がミスティカに目を向ける。すると、ミスティカも首を振って返す。
「私も敬語は要らないわ。 私はミスティカ=ナタク。 ユーヴァンス共々此処ではよろしくお願いね」
「ん、了解。 じゃ、まずは此処を制圧しようか」
そう言って魔刀を鞘に納める。何をするつもりだろう、とミスティカとユーヴァンスは首を傾げる。その2人に向かって瑠夏は 協力を要請する。
「今から撃つ技、準備に数十秒かかるのでその間の援護をお願いできるかな?」
「そのくらいなら…!」
「…任せて貰おう」
2人は、それぞれの得意な魔法を発動させる。
ミスティカは炎属性が得意なので、足止めとして『炎の壁』を構成する。
ユーヴァンスは風属性が得意なので、足止めとして『暴風』を構成する。
暴風が魔物たちからすると途轍もなく強力な逆風となり、進む事が出来ずにいる。更に、進んだとしても燃え盛る炎の壁が存在するので通ろうと思えばそれこそかなりの消耗を強いられる。
その間に瑠夏は集中する。目を瞑り、意識を集中させる。何も考えずに、頭の中を空っぽにする。
魔刀に生命力を流し込み、神速の一撃を放つ準備をする。
腰を落とし、鞘に収まった魔刀の柄に手を掛ける。小さく息を吐いて、口を開く。
「2人とも、私より後ろに下がって!」
『了解!』
二人の気配が自分より後ろに行ったのを確認して、瑠夏は目を開き、身体強化を付与した右腕で居合を放つ。
その神速の一撃は、一瞬、空間を切り裂いた様にすら見えた。
目の前の魔物は、跡形も無く消し飛んでいた。全体的に残っているのは、最初の3分の1程だろうか。
「ふぅ…」
「…凄まじいな」
「かなり、疲れるんだけどね…」
笑みを浮かべているが、無理をしているのは誰の目から見ても一目瞭然だ。
なんとか魔刀を鞘におさめた瑠夏だったが、少し眩暈がしてしゃがみ込んだ。
「大丈夫なの!?」
「うん。 私は大丈夫。 そんな事よりも、残党たちを早く倒そう」
直ぐに起き上った瑠夏は頭を振って眩暈や集中のしすぎの脱力感を振り払って歩き出した。




