part1‐1
1話で10000文字越えしてるので読む方は休憩をはさむなり目を休ませて読んだ方がいいかもです。
--魔法、と聞いたら何を想像するだろうか。
小説やゲームの様に魔力を消費し、自在に炎などを操れるものだと思うだろうか。
それとも、願いを叶える不思議な力と思うだろうか。
あながち間違ってはいない。この世界に存在する魔法とは願いを叶えるものである。
例えば炎系統の魔法が使いたい時は『炎を使用し、目的を達する』という強い気持ちに反応し、それが具現化する。
強い気持ちは願いに近い故に、その想いに反応してそれを具現化させる。
良くあるゲームの詠唱魔法などがイメージできるだろうか。その詠唱が願いまたは強い気持ちであり、魔力を消費してそれを呼び出す。
ここがゲームと現実の違いだ。
現実では魔力なんて存在しない。魔法を使う時に消費するのは生命力そのものだ。とはいっても、連続して大量の生命力を消費しない限りは命を落としたりはしない。一度に大量に使ってしまっても暫くの間休憩していればまた生命力は回復する。
そんな一歩間違えれば死んでしまう様な魔法の使用用途は基本的には治安維持であったり、魔物の撃退だったりと色々存在する。
勿論、魔法の使用による治安の維持、魔物の撃退の仕事をしようと思ったらそれ専門の学校を卒業し、資格を手にしなければ就く事は出来ない。
そして、その専門の学校というのが--『ラルゲット魔法学院』。
去年の冬に推薦され、入学する事を決意した白石雪が入学する学院だった。
* * * * *
「…人が多い」
雪は小さく呟いた。普段は人の多少など気にしないのだが、今日ばかりは気になって仕方が無いという状況だ。
なにせ、合格発表のボードが張り出されている校庭から走って10分ほどのスーパー付近まで行列ができているからだ。
余りの人の多さに少々立ち眩みをしてしまった雪は直ぐ近くにいた男にぶつかってしまう。
「あ、すみません」
「あぁ…? 餓鬼がこんなとこで何してやがる」
「一応学院の合格発表を確認しに」
「だっははは! まずお前みたいな餓鬼は受かってねぇだろうから帰った方が心の傷負わなくて済むぜ?」
そんな事言う貴方が受かる事はまず無いと思いますよ、と心の中で呟いて首を振って「帰らない」と言う意思表示をして再び前を向く。
それが気に入らなかったのか、雪の腕を掴むと自分の順番すら捨てて人気のない路地裏に連れ込む。
「もう一度言うぜ? 帰った方が良いと思うぞ?」
「脅しですか」
男は背負っていた魔剣--剣自体に生命力が宿った物--に手を掛けて雪を睨みつける。
(早々に面倒な事になってしまった…)
実は雪も魔刀--此方は自身の生命力を流して強化する刀--を持ってはいるのだが、うっかりしていて試験の日に学院に置きっぱなしにしてしまっていたのだ。
雪も直ぐに取りに行こうかとも思ったのだが、どうせ数日後に発表だしいいや、と思って放置していたのが裏目に出た。
それよりも、と雪は考えた。なぜ魔剣で脅してまで帰らせようとしているのか、と言うことを。ついでにいつでも対応できるように意識を集中させる。
その時…。
「………?」
魔剣に手を掛けた男は気付いていないようだが、雪はこの路地裏に3つ目の気配を感じた。先程まで2つだった事から今来たばかりだという事が解るのだが、気配を感じるだけで何処にいるかまでは解らない。
「帰らねぇのなら……っ!?」
魔剣を引き抜き、斬りかかろうとして--その魔剣が宙を舞った。くるくると回転し、背後の地面に突き立つ。
雪は魔刀を扱うから解る事だが、今のは魔刀を余程使い慣れている人しか使用できない『移動する斬撃』だ。使いなれている上に自身の生命力…つまり、魔法の源を宿して放てる一撃でもある。
「此処で何をしているのかな?」
声がするのは雪の後。雪は振り返り、男は唖然とした様子で雪の後ろを凝視している。
そこには、長い黒い髪を払うラルゲット魔法学院の制服を着た女学生が魔刀を構えて立っていた。
「町中での抜刀…剣だから抜剣?は禁止されてるはずだけど」
「そ、そういうてめぇこそ抜刀してるだろうが…」
強気に言い返しているつもりなのだろうが、声は震えているし次第に小さくなって行く事から恐怖を感じているのが解る。だが、対象的に雪は落ち着いていた。でなければ相手がどういう立場なのか、と言った情報を探れないからである。
「私は治安を守るための抜刀は許可されてるからね」
ほら、と【治安守護抜刀許可免許】を見せる。それを見て、雪は「あぁ、学院の上級生の人か」と瞬時に理解できた。
理解できた理由は簡単。ラルゲット魔法学院では5年の教育課程があるが、2年からは先程黒髪の女学生が示したような免許を取得する事が許されている。ちなみに最初の1年では習得は出来ない。
「で、何をしていたのかな?」
再びの問いかけ。だが、その言葉は明らかに雪に向けられたものだった。それと同時に雪は悟った。「この人、絶対に全部見てたな」と。
「知っての通り、此処に連れ込まれて「帰れ」と魔剣で脅されていましたが…」
「あれ、もしかして気付いてた?」
「ついさっきですけどね…」
「じゃあ、どうして私が全部見てたと思った?」
「声色から、何となく」
「へぇ…」
面白い物を見つけた、と女学生の目が細められる。それに対して雪は興味なさげにそっぽを向く。
そして、忘れてたという感じに魔剣を持った男の方を向いて一言。
「取り敢えず、貴方は学院の教師の所にでも行って貰おうかな…」
「素直に行くと思ってるのか…?」
「それは無いね。 けど…『転移』」
そこそこ生命力を使用する転移の魔法によって男を無理矢理転移させて此方に向き直る。
「受験者だよね?」
「一応」
「ついでに言うと、魔刀忘れた子だよね?」
「そうですね」
「じゃ、着いて来て。 先生方が君が来ないって騒いでたから」
そう言って歩きだす。雪も特に思う事は無かったのでその後ろ姿を追う…と、そこで雪は疑問に思った事があったので聞いてみる事にした。
「騒いでたって、どうしてです?」
「…君は、どうしてだと思う?」
質問を質問で返されたが、特に嫌な気はしなかった。逆にこの質問には何か意図があるという事だけは感じられたが。
「落ちてるにせよ、魔刀を取りに来ないから…とか」
「アタリ。 ここで自分は受かってるから、なんて言ったら一刀両断してる所だよ」
「推薦されただけで、されなければ行く気も無かったとこですしね」
「推薦されて行こうと思った理由は?」
「………」
「…?」
急に黙り込んだせいか、黒髪の女学生は怪訝そうに首を傾げる。
「僕でも役に立てる事があるのかな、と思って」
嘘は付いていないが、これは雪のメインの目的では無い。他の理由があるのだが、それを会って間もない他人に教えるのもどうかと思ったのだ。
「立派だね」
「そうですかね」
「そうだよ」
そんな会話をしながら歩いていると、路地裏を抜けて学院前の道に出る。
人は先ほどに比べて少なく、避ければ普通に入る事が出来る様なスペースはあった。
「ふぅ…。 疲れた」
「誘導ありがとうございます」
「君の魔刀は確か……職員室にあったはず。 こっち」
どうやら最後まで誘導してくれるらしく、職員室と思われる所に向かって歩き出す。
ほどなくして職員室に到着し、雪愛用の魔刀を返して貰う事が出来た。
「回収しておいて貰い、ありがとうございます。 ではこれで」
職員室という場所が嫌いな雪は魔刀を返して貰うと直ぐにその部屋から退出する。追いかける様に黒髪の女学生も出てくる。
「待ってよ。 君、折角魔刀使えるんだから一戦どう?」
「別に良いですけど、僕は貴方程--すみません。 なんて名前ですか」
「え? あぁ。 本城瑠夏だよ。 ちなみに君は白石君かな?」
「そうです。 で、さっきの続きですが僕は本城さんほど魔刀を扱えないので楽しめないと思いますが…」
「その言い方だと、まるで私が戦闘狂の様に聞こえるんだけど?」
「あれ、違うんですか?」
「違うよっ」
いきなり「一戦どう?」とか聞かれたので雪はてっきり戦闘狂だと思ってしまっていたのだが、どうやら違うらしい。
「後僕の合否判定はどうなったか知りたいんですが…」
「人だかりが無くなってからにしよう?」
「はぁ…」
半場強引に修練所に連れて来られた雪は瑠夏の前に立たされる。互いに似た様な魔刀を左手に持っている。何時でも抜刀は出来る状態だ。
「魔法なしで良いかな?」
「OKです」
瑠夏は左手を引いて右手で魔刀の柄を握る。
対する雪は左半身を前に出して右半身を引くという姿勢を取る。柄に手は添えない。ちなみに雪は右利きなので鞘を持った左手は前に出ている。解らない人には謎の構えにしか見えない事だろう。
その構えに瑠夏は一瞬何かの感情を見せたように見えたが、瞬時に集中という無表情に覆われてしまう。
雪はその表情を確かに読み取った。困惑と驚きが混ざった表情だった。
そして、何処からともなく金属同士が打ちあわされる音が響いて--二人は動いた。
「…あー。 やっぱり勝てませんか」
「まさか、その姿勢から始める人がいるとは思わなかったな」
一瞬で雪の魔刀は弾かれ、背後の床に突き立つ。
雪の構えはかわしてから攻撃するという、どちらかというとカウンター系の構えだったのだが、瑠夏はそれを読んで初撃に『移動する斬撃』を放ち、直後に自身も移動し避けた先で魔刀を一閃した。
「姿勢で読まれましたか…」
「私がよく使ってた姿勢だからね」
そう言って鞘に魔刀を納める瑠夏。一瞬見せた困惑と驚きの表情はなく、その顔には微笑みが浮かんでいた。
雪は魔刀を地面から引き抜いて鞘に納める。そして、瑠夏から目をそらした。
「…? どうして目を逸らすの?」
「………」
その微笑みに一瞬見とれていた、とは言えない雪だった。
人が少なくなったのを見計らい、雪は合否を確認しにボードの前まで来た。
「…受かってるし」
雪は人が少なくなった合格発表のボードの前に立って自分の番号がある事を確認して呟いた。現在は一人で、瑠夏は先程転移させた男の事を先生に報告しに行った。
雪は合格していた場合の案内紙を取り出し、何処に向かうべきかを確認してため息を吐いた。
「職員室って、さっき行ったのに…」
言ってても仕方ないので職員室にリバース。
実は職員室の教師方は魔刀を取りに来た時に合格通知をするつもりだったのだが、雪がさっさと行ってしまったので伝えられなかったのである。
ノックをして再度入場。担当の教師が話しかけてくる。
「やぁ。 何処に行ったのかと思ったよ」
「すみません。 職員室が嫌いなもので」
「まぁ、学生は誰もがそう言うと思うよ。 で、ちょっと遅いけど合格おめでとう」
「ありがとうございます」
ちょいと待ってて、と言われたので雪は壁に魔刀を立て掛けて小さく息を吐く。
ほどなくしてその教師は帰ってきた。その手には紙袋が握られている。
「はいこれ、制服とか」
「…サイズとかどうしたんですか?」
言いながらも雪は紙袋を受け取る。
「いやぁ、実は私は目測でだいたい測れるんだよ。 女子のスリーサイズも勿論--ぐはぁっ!」
「!?」
急に倒れたので何事かと思ったらその教師の後ろに魔刀を鞘に納めたまま一閃させて首筋にあてたらしい瑠夏の姿があった。
「まだ測ってたんですか? 止めた方が身のためだと言いましたよね?」
ニコニコと笑みを浮かべたまま殺気丸出しで魔刀の柄に手を掛ける瑠夏。
雪は特に気にする事でも無いと判断して職員室を出ようとしたら瑠夏の殺気が雪に向く。流石の雪も無視できず、その場でおとなしく紙袋に入っていた入学式の案内を読んでいる事にした。
「い、いや。 決して測ってなどいない! 測っていたとしても、証拠はあるのか!?」
「合格した女子に一撃入れられるのを何度もアレで見ましたが?」
瑠夏が指差す所にあるのは防犯カメラ。雪は若干畏怖の念を抱きながらその話を聞きながら案内を読み続ける。
「ふっ。 アレは私が編集した動画だったのだよ…」
「じゃあ編集に何のツールを使ったか、全部答えてください」
「………」
教師の額に汗が浮かんでる。雪は横目にそれを見ながら案内を読み終える。
「ふふっ」
「やめ--………」
瑠夏の右手が霞んだと思った次の瞬間には教師はその場に倒れ伏した。数多くの魔刀使いを見て来た雪にも残像を捕えるのが精一杯の速度だった。
「ふぅ…。 白石君」
「な、なんですか…?」
「こんな大人になったらダメだよ?」
「も、元よりなるつもりはありませんが…」
「ならよし」
笑みを浮かべながらの注意。これほど怖い物があるのだろうか、という迫力を纏っていた。
その後、寮に入るかどうかなどを別の教師に尋ねられたりと色々手続きをした。ちなみに雪は寮には入らないことにした。
「この年頃の男子って、一人暮らししたいものだと思ってたけど…」
瑠夏が気になったのか問い掛けてくる。
「あー、普通はそうでしょうね。 僕の場合、家にいようが寮にいようが独りなんで関係無いですから」
「……え?」
「それじゃ、また」
何かを聞き返される前に雪は学院を後にした。
その後ろ姿を見送った瑠夏は雪の言った言葉を頭の中で反芻していた。
「家にいようが寮にいようが独り、ね…」
瑠夏はそれだけでだいたい雪の家族に何があったのかは理解できた。だが、決して踏み込む様な真似はするつもりは無い。
雪は何かを言われる前に退散した。つまり、瑠夏が思うに聞き返してほしくないという事だ。
ならば、瑠夏は追求しない。相手の傷口を抉らない。根掘り葉掘り過去を聞き出さない。決して自分からその話題には触れない。
それが、本城瑠夏という人間なのだ。
だが…。
「ふぅ…。 ちょっと刀振ってから帰ろうっと」
瑠夏は修練所に立ち寄って、無心に刀を振るう。
…だが、何故かいつまでも雪の言葉が頭の片隅に残っていた。普段は刀を握れば直ぐに頭から離れるにも関わらずに。
* * *
雪は家までの帰り道を歩いていた。行きと違う所と言えば、方向と魔刀を持っている事くらいか。
「…あ」
先程、瑠夏が助けてくれた路地裏。そこに一人の少女とそれを囲む3人の男の姿が あった。少女は明らかに嫌がっているように見える。
雪は顔を顰めながらそちらに殺気を飛ばす。すると、そこにいた4人が殺気に気が付いたようで此方を向く。
「なんだ、てめぇ…」
「そういう貴方達こそなんですか。 こんな路地裏で」
雪は紙袋を隅の方に置きながら魔刀だけを持って3人の男を睨みつける。
「家族とか友達で遊んでいたって言うんなら、謝って帰らせて貰いますが…」
「…っ!」
3人の男の向こうで少女が必死に首を振っている。恐らく、ただ単に誘拐されただけの子だろう事が良く解る。
雪は魔刀を納めた鞘が振り回しても飛んで行かない様に固定する…と、言っても鞘に付いている紐で鍔をぐるぐる巻きにするだけなのだが。
「おい餓鬼。 まさか、抜刀せずに俺たちの相手をするつもりか?」
他の2人も嘲りの笑いを漏らしている……が、雪は一切気にせずに鞘に納めたままの魔刀を構える。
集中。それにより、見えるのは正面にいる4人だけ。周りの音は、自身が必要とする物だけ取り入れる。勿論、気配を察知する能力も格段に上がっている。
(相手が服の下に隠しているのは…拳銃に、ナイフ。 それが×3。本城さんの一気に間合いに踏み込む戦術でいけば、勝てる)
雪は左手を引いて右手で魔刀の柄を握る。紐でぐるぐる巻きにしているから鞘がすっ飛ぶ事は無い。
男たちが拳銃を抜く。が、そこで雪の計算違いが起きた。
「ひっ…」
「……ぁ」
2人は此方に向け、もう1人が自分の背後にいた少女に拳銃を向ける。
何の罪も無い少女が怯えている。その姿は、あの時死んでしまった妹にそっくりで--。
「---っ!!」
「なっ!?」
雪は高速で紐を解くと、魔刀に自身の生命力を乗せる。
そして、抜刀。『移動する斬撃』が放たれ、少女に拳銃を突きつけていた男の拳銃を両断する。が、雪はまだナイフがある事を知っているし、周囲2人の拳銃にも警戒しなくてはならない。
「………」
雪は瑠夏の動きを真似て、瞬時に間合いに入り武器だけを破壊してから鞘による峰打ちで気絶させる。
取り敢えず少女は救えたが、時期に此処に学院の関係者が来るだろう。こういった路地裏などで抜刀の形跡が無いかを調べるための装置があるからだ。
「大丈夫だった?」
「…うん」
「一人で帰れる?」
本来なら此処に残って貰った方がいいのだが、雪は少女の精神的な面を見て、家に帰す事にした。
「…うん。 だいじょうぶ。 …お兄さんは?」
「この後、ちょっと知り合いが此処に来るから残らないといけないんだ」
雪は少女を表通りまで連れて行くと、再び路地裏に戻る。置いていた紙袋の横に座り込み、頭を押さえる。
(何をやっているんだ、僕は…)
無論、抜刀した事に後悔は無いし、したくもない。抜刀がダメなら魔法…という訳にもいかない。魔法も、抜刀同様に禁止されているからだ。
だが、この町でのルールを破ったのは自分でも理解している。
だけどまぁ、と雪は思う。恐らく、人助けをしたんだから死刑にはならないとは思う。あったとしても入学取り消しぐらいだろうか。
暫くすると、6人の男女混合の集団がやってきた。
「…君が、抜刀した人であってるかな?」
「そうですね」
「えっと、俺は魔導管理長の浜打夕だけど--」
「取り敢えず、着いて行けば大丈夫ですかね」
「理解が早くて助かるよ。 最近は逃走すら測ろうとする輩が多いからな」
「自分でしたことぐらい理解しているつもりですよ」
歩きだす夕の後を追おうと雪は立ちあがる。取り敢えず、紙袋と魔刀を持って…と、そこで雪は夕の後ろで控えていた2人が警戒するのが解った。
「…何もしません、と言っても証明にならないだろうから、どうぞ持ってて下さい」
そういって雪は魔刀を差し出す。
恐る恐る、といった感じでその魔刀を受け取った2人は少し警戒を解いてくれたようだった。
「…驚きました。 自分から得物を手放す罪人がいるなんて」
「罪人…。 まぁそうですよね」
「…申し訳ないです。 まだ、決まった訳ではないのに」
「いえ、貴方の反応は正しいので謝らないでください、えぇと…」
「あ、私は魔導計測長の霞湯野です」
「あ、言い忘れてました。 自分は白石雪です」
「白石…? 何処かで聞いた、様な…」
湯野が何かを思い出そうとしている所に、慌てた様子で先を歩いていた夕が振り向いて尋ねてくる。
「し、白石って、もしかして試験の日にZ級のプログラムの入った人工魔物を誰よりも多く倒したりしたか…?」
「Z級というのは解りませんが、なんかどでかい首が5つくらいあるドラゴンみたいなのは倒しましたね。 10匹くらい」
『っ!?』
「…?」
雪以外の全員は驚愕を露わにしているが、雪は何故驚いているのかがさっぱり解らなかった。
なにせ、動きは単調。厄介な攻撃だったのは広範囲を焼き尽くすブレスしかしてこなかった相手だ。おまけに動作もトロイ。
雪にとってはそんな鈍足よりも瑠夏の方が脅威になりえるのだった。
「まぁ、取り敢えず行きましょう。ぼーっと立ってても邪魔になるだけですし」
「あ、あぁ…。 そうだな…」 「え、えぇ。 そうですね…」
夕と湯野はなんとか頷いたものの、他4人は完全に放心状態になっていた。
* * *
雪が抜刀した少し後、学院にて。
瑠夏が帰ろうと思った矢先に携帯に連絡があった。
『免許なしで抜刀した奴がいる』との事だ。刀を鞘に納めて魔導会室へと向かう。
実は瑠夏は魔導管理長と魔導測定長よりも上にある、魔導審判長だったりする。 だからこそ、携帯に届いた連絡を無視する事が出来なかった。
(今度は誰が抜刀したんだろ。 転移で戻ってこないって事は大人しくしてるってことだよね)
瑠夏のイメージでは基本的に免許なしで抜刀する様な輩は基本攻撃してきたり逃走したりするのが基本だと思っている。
(まさか、攻撃されていたり…?)
そんな考えが頭をよぎった時に、携帯に連絡が来た。無事確保、というか自分の持ってる魔刀を普通に預けて寧ろ積極的に付いて来ているとの事だ。
「はぁ…」
大人しくしているのなら、どうして抜刀なんてしてしまったのだろうか。
考えられるのは一つくらいしかない。
--誰かを、助けるためだ。それに加えて数少ない魔刀使いだ。
そう考えると、瑠夏は自然と誰が連れて来られるのかが解った気がした。
はたして、その瑠夏の勘は当たった。夕と湯野に連れて来られたのは、白石雪だった。
「やっぱり君か~」
「どうも、さっきぶりです」
「そうだね。 で、どうして抜刀しちゃったのかな? だいたい予想は出来るけど」
そう瑠夏が言うと、雪は少々驚いた様な顔をした。そして、質問を質問で返してくる。
「どんな予想が出来たんですか?」
「そうだね。 まず、抜刀したのにも拘らずこの魔刀には血痕がない。でも、何かを切った後はある。 それに、魔刀を普通に預けて大人しく付いて来る。 さらに自分がやった事も認めてる。 ここまでくれば、人を助けるために抜いたんじゃないかなって予想は出来るかな」
瑠夏は夕から渡して貰った雪の魔刀の刃を確かめながら言いきる。すると、雪は最早呆れた様な顔になって小さく息を吐いた。
「流石、としか言いようがありませんが、どうやってそれが真実だと証明するんですか?」
「そうだね…。 取り敢えず、君を連れて抜刀したとこら辺に住んでいる人達に聞き込みかな?」
「げっ…」
「まだ助けたか犯罪を犯したかは確定してないから、逃がさないよ?」
「解ってますって…」
雪は瑠夏が本気で言っている事くらいすぐに解る。なぜなら、「逃がさないよ?」の所で彼女が纏っていたオーラが瞬時に鋭いものへと変化したからだ。
「うーん…。 でも、今日は疲れてるだろうしまた明日で良いよ」
「あ、そうですか」
「まぁ、白石君なら大丈夫だと思うけれど、逃げたら余計な罪が付いたりするから気を付けてね」
瑠夏はそこまで言うと、大きく伸びをした。
「私も疲れたしもう帰って寝よ…」
「それじゃ、もう解散で良いって事?」
「そだね。 こんな夕方に出動御苦労さま」
「いえいえ」
湯野はにこりと微笑むとそのまま部屋を退出して行った。それに続く様に夕も出て行く。ちなみに夕と湯野に付き従う様にいた4人は此処に来る前に解散させてある。
だが、雪はその場から動こうとせずにただじっと立ち尽くしていた。
「私の出したサインに気付いたんだ」
「目伏せされれば何となく解る気がしますが…」
「そうかな?」
瑠夏は薄く笑うと、本題とばかりに切り出して来た。
「あんまり聞かない方がいいと思うんだけど…」
そう。結局あの後も雪の言葉が頭から離れずにひたすら頭の片隅に残り続けたのだ。少しくらいなら、大丈夫かと思い、聞いてみたいと思ったのだ。もしこれで嫌そうな反応が返ってくればもうこれ以上の追及は止めようと思い、口にする。
「白石君の家の事だけど」
「…? それがどうかしましたか? 言った通り、独りで暮らしてますが…」
「い、いや、そっちじゃなくて、家族の方…」
「あぁ、そっちですか」
なるほど、と納得した様な顔になって色々と説明を始める雪。
妹がいたが、犯罪者によって殺された事。父と母はそれ以前に病気で無くなっていた事。だからこそ、今現在は1人で暮らしているのだと。
「ねぇ、白石君。 【ひとり】って孤独の【独り】って事で言ってるのかな」
「ん、そうですね。 いままで学校は通っていた事はありますが基本的に友達はいませんでしたし。 というか、基本的も何も、いませんでしたし」
「そっか。 って、それならご飯とかどうしてるの?」
「基本弁当やらですが…」
「………むぅ」
「…本城さん?」
弁当。基本、という事はそれが普通になってしまっていると見るべきだ。
瑠夏は持ち前の観察眼で雪が料理などが出来ない事は等に見切っていた。つまり、雪は毎日出来あいの弁当を購入してそれを食べているという事になる。栄養が偏るし、余り健康に良くない。
(同じ魔刀使いとして、見過ごして言い訳が無い…!)
瑠夏の変なスイッチが入ってしまった。
栄養の偏りから体調を崩したりという事があっては大変だ。だからこそ、瑠夏の取る選択肢は--。
「…ねぇ、白石君」
「なんでしょう」
「白石君の家って、どんな感じのとこ?」
「普通の一戸建ての家ですが…?」
雪の親が無駄にお金持だったので家を現金でポンッと買ってしまうくらいは持っていた。だからローン等は無い。が、決して現在の雪がお金持ちという訳ではない。
「明日、行っても良いかな?」
「別に構いませんけど、急にどうしたんですか…?」
「いや、ちょっとね…」
俯いて何やら考え事をしている瑠夏。そのオーラが先ほどとは違う感じで鋭くなって行く。
雪はそれが何なのか理解出来なかったが、周りの人から見れば一目瞭然だっただろう。
それは、弟を心配する姉の様だ、と。
翌日、瑠夏は出来るだけ速く全ての用件を終わらせるべく、朝の6時に雪の家に訪れた。魔導審判長だから罪を犯したとされる者の情報は全て手に入れる事が出来るから別に犯罪でも何でもない。
「うーん…。 一人暮らしにはもったいない大きさだなぁ…。 学院で買い取って学生用のシェアハウスみたいにしたら………」
小さく呟きながらも瑠夏はインターホンを押す。すると、10秒も経たないうちに扉が開く。
「早すぎませんかね」
「早く終わった方が良いでしょ?」
「まぁそうですが…」
「でもその前に色々持ってきたからちょっと家に上がらせて貰っても良いかな」
「どうぞ」
雪は扉を大きく開くと瑠夏を招き入れる。
取り敢えずリビングに案内し、適当にその辺に座る。瑠夏は荷物を降ろし、辺りを見渡す。
「白石君はもう朝ご飯食べた?」
「いえまだですが…」
「…というか、食べてる?」
「………」
「食べてないんだね…」
その事が解った事により、昼と夜しか食べていない事が判明した。
(本当に食生活悪いなぁ…)
瑠夏はため息を付いて、「台所借りるよ」とだけ呟いて荷物を持って台所へ。瑠夏が持っていた荷物の中身は食材だった。雪も特に気にする事も無かったので黙認した。
数分の後、目玉焼きと焼きベーコンが乗った皿を持って瑠夏が姿を現す。昼ご飯のメニューな気がするが、雪は特に何も言うことなくテーブルの椅子に腰を下ろした。瑠夏も同様にして座る。
「なんと言うか、すみません」
「謝るならとりあえず食生活をどうにかしようか…」
「面目ないです」
「まぁとりあえず食べよう」
「「いただきます」」
暫く2人共無言でご飯を食べる。
瑠夏の作った料理は平均以上の味と言っても過言ではないだろう。少なくとも雪にはとても美味しく感じられた。
「御馳走様でした。 料理上手いんですね」
「お粗末さまでした。 難しいのは作れないけどねー…」
「あ、食器は台所に置いててください。 後でやりますんで」
「解った。 じゃあ、準備したら聞き込みに行こっか」
瑠夏が皿をだいどころに持って言っている間に雪は魔刀をベルトに吊って、財布と小さなオルゴールをポケットに入れて準備を済ませる。このオルゴールは妹が誕生日に母に買って貰い、大切にしていたものだ。
「白石君、準備は?」
「出来ました」
「魔刀は持ち歩くんだね」
「この魔刀を使ったんですから、持ってた方が見つかり易そうな気がしたので」
「そこまで考えてるんだね…」
瑠夏が感心したように呟く。
彼女の持ち物は、行きに持ってきた荷物と魔刀だけだ。
「それじゃ、行こっか」
その言葉に雪は頷いて家を出る。勿論しっかり戸締りもする。
瑠夏と雪は世間話や学校の事を話しながら目的地付近まで歩く。雪の家からはだいたい15分程の場所だから、黙って歩くには遠い距離なのだ。
瑠夏は現場に近ずくに連れて、もう一度何があったのかを雪の口から聞き出して、それを記憶する。雪は出来るだけ解り易く詳細にあの時あった事を瑠夏に伝える。
丁度証言が終わったころ、雪達は目的地の路地裏に到着した。
「えぇと、こっちの表通りから帰って行ったんだったよね…?」
「そうです」
「それじゃ、ここら辺から始めようか」
瑠夏は雪の証言に合った人物に片っ端から声を掛けて聞き込みを始める。
雪は雪で、昨日自分が助けた子がいないかどうかを探してあちこちに視線を巡らせる。
調査をする事2時間。全く成果が出なかった。
流石に疲れたので休憩しよう、と言った瑠夏に雪は同意し、近くのカフェに入って休憩をする。
「そう言えば、合格発表の日に魔剣使って脅して来たあの人はどうなったんですか?」
「学院の地下の牢屋に入れられたよ」
「許可免許無しで剣を抜いたら牢屋行き…、つまり、ここで僕が逃げ出したら…」
「私と昨日いた2人とその補佐2人×2対白石君で鬼ごっこが始まるね」
「本城さんと浜打さんと霞さんとその補佐って、逃げ切れた人いるんですか…?」
「私達からは逃げた人ならいるね。 複数」
「なるほど、此処の町から出ても外は魔物だらけで、町に行こうものならほぼどこの町にも魔導学院がある。 つまり、逃げることは不可能なんですね」
「頭の回転が良いね。 その通りだよ」
雪は若干畏怖を覚えながらも納得した。
魔導会のトップである魔導審判長を筆頭に、魔導管理長、魔導計測長が存在し、さらにその3人は学院で実力がかなり上の方の人物しかなれない存在だ。つまり、 目を付けられたら終わる。
そんな組織が魔導学院には必ず存在するのだ。
「牢屋に入れられるのを解っててあの人はなんで抜刀したんですかね」
「んー。 毎年いるんだけど、一番多い理由は魔導学園の合格枠争奪制度を悪用したものかな」
「確か、合格者が来なかったり死んでしまった時に、その枠に誰かが入れる--って、あぁそういう事ですか…」
「そう。 殺したり、帰らせてしてしまえばその枠が空く。 一人でも多く帰らせれば、枠の空く確率は上がる。 つまりはそういう事だよ」
「魔導学院って怖いですね」
「だから、合格発表の時は魔導会全員出動で見周りに出なきゃいけないの。 私の場合、あの行列から右側を担当。 左は浜打君と霞さんの担当」
「なるほど、つまりあの時僕は本城さんの担当範囲にいたんですね」
「そうだよ、っと、そろそろ再開しようか。 もう30分近く経ってるしね」
「解りました」
その後、店を出て日が暮れるまで探したが、やはり見つかる事は無かった。
「うぅん…。 見つからないなぁ」
「まぁ、この町広いですしね」
「白石君は罪が晴れないで良いの?」
「最悪牢屋入れば済む話ですし…」
「………」
瑠夏は雪の言葉に言葉を無くした。
いままでこうも諦めが良いというか、割りきった人を見たのは初めてだからだ。
捕まるまで逃げるか、もしくは死に物狂いでその助けた人物を探す、というのが普通だった。
瑠夏でも確実に後者を選択し、例え何ヵ月掛ろうとも探し出す事くらいはするが、雪の場合『探すけど、見つからないなら仕方が無い』と、半ば諦め状態に陥っている。
だから瑠夏は問う。
「…どうして、そこまで割り切れるの? 自分の事だよ?」
瑠夏の声が冷たく、鋭くなる。
しかし、雪は全く動揺する事も無く言葉を返す。
「自分の事でも、どうしようもない事はどうしようもないじゃないですか」
「ならせめて、どうにかなる様に努力はするべきじゃない?」
「だから、今してるじゃないですか」
雪は瑠夏を見ていない。右手をポケットに入れ、オルゴールに触れている。
瑠夏は何に触れているのかは解らなかったが、だいたい、前に聞いた話、人柄からどういう思い入れのあるものに触れているのかというのは容易く予想できた。
「これは、唯の私の勘。 貴方は、死んだ家族に囚われてる」
「っ」
「特に、妹さんに、かな」
その言葉に雪は何も言い返せなかった。瑠夏の言っている事は正しいから。正しすぎるから。
「心の何処かで、死んだら会える…とか、思ってるんじゃないかな」
「………」
「私は貴方の家族でも、大切な人でも、特別な人でも何でもないからそれは止めない。 けど、私は--」
次第に瑠夏の声から冷たさ、鋭さが無くなって行き、いつもの口調…よりも少し優しい口調で呟く。
「--妹さんは、君に死んでほしくないと思うな」
「………」
「それに、君が言ったんだよ。 「僕でも役に立てる事があるのかな」って」
「それは--」
「うん。 嘘…じゃ、無いけれど、本当は事故死しやすそうな所に行けるから…とかいう理由かな」
あっさり見破られた事に雪は再び言葉を失う。
「もう、私はこれ以上は何も言えないよ。 この後は、君次第。 もし、『妹さんの所へ行く』じゃなくて『妹さんの為になる事』を選択するのなら、明日も家から出てきてね」
最後に『本当はもうどっちを選ぶかなんて解ってる』という様な顔をして、その場から去って行った。