2:三人のノッポと痙攣気味の変態
いやはや、172日更新してませんでした。次からはちゃんと更新していきます…たぶん、きっと(笑)
アラーム鳴る五秒前に起きて目覚まし時計を止める、それが俺の一日の始まりである。
まだ多少の眠気はあったが、我慢してベッドから起き上がると先程止めた時計を見る。よし、七時ジャストだ。
手早く寝間着を脱ぎ、ハンガーに掛けてあった制服に袖を通す、やっぱりブカブカだ。
自室から出ると洗面所へ、顔を洗う。顔の水分をタオルで拭ってから鏡を見ると、其処には情けない顔をした少年が居た。勿論俺の事だが。
昨日はあれから恥ずかし過ぎて家から一歩も出られなかった。花太郎が俺が置き去りにしてきてしまった鞄を持って来てくれた時も扉の隙間から手を出すのが精一杯で、花太郎が学校での反応について話そうとしたので慌てて扉を閉めた。人の頭の様な物が挟まった気がしたがすぐに蹴り飛ばしたので良く分からなかった。
思い出すだけで顔が赤くなる。熱を持った顔に水道水を浴びせて無理矢理に冷まそうとしたが、暫く治まりそうもない。
仕方がないので赤い顔のままでリビングに入ると、赤いエプロンを付けた長身の女性――母さんが不思議そうな表情を浮かべた。
「あん? お前何だその顔、妙に赤いなオイ」
「いえ、別に何でも無いですよ」
なるべく平静を装って答えるとテーブルに着き、用意してあった珈琲を一口飲む。ちなみに、母さんは俺が敬語を使わないと本気で殴ってくる。昔からの事なので最近は殴られる事も少なくなったのだが、どういう訳か月日を重ねるごとに母さんの拳の威力が上がっている様な気がする。今年で35歳になるというのに、どうしてこの人は未だに成長が止まらないのだろうか?
「ま、どうせ昨日の自己紹介でトチ狂って滅茶苦茶な紹介した挙句いきなり学校を早退しちまったのを後悔してんだろ?」
……どうして筒抜けなんですかね。
「そりゃ、花太郎とはメル友だからな」
「いつの間に…と言うか、何でまたあんな奴と」
「あたしはあんな感じの可愛い子が大好きなんだよ。ちなみに、前に街で会った時にメルアド交換した」
取り敢えず花太郎は殴ろう、きっと、必ず。
「しっかしまあ…ホントに苦手なんだな、自己紹介」
「小学校の時からですよ」
「花太郎は見た目が可愛いんだけど案外中身が大人びてるからなー。あたしは光みたいなクールぶってる割にはドジっ子な方が好きだよ」
そう言って母さんは白い歯を剥き出しにして笑った。何だか恥ずかしくて珈琲を一気に飲み干すが、熱くてむせてしまった。
そんな俺を見た母さんはキラキラと目を輝かせ、テーブルの向かい側から跳躍、俺を椅子ごと床に押し倒した。凄く痛い、物理的にも精神的にも。と言うかテーブル飛び越すってどんな運動能力だ。
「んー、本当に光は可愛いなあ畜生! 愛してるぞこの野郎め!」
「背中とか頭とか心とか痛いんで止めて下さいって言うかどれだけ親馬鹿なんだアンタ」
「お前、親馬鹿ってなあ……母さん悲しいぞ。何処の世界に子供を愛さない親が居るってんだ! いや、居ない! だからあたしはおもいっきり愛してやる!」
「いやもう分かりましたから、取り敢えず俺の上から退いて下さい」
こんな事を毎日繰り返してると、可愛らしい女性がタイプになるのも仕方が無いと思うんだが。
妙に興奮した母さんから逃げる様に家を飛び出した。当然朝飯は食べられなかったので、予告通り花太郎を八つ当たり気味に殴る。相変わらず息が荒いが気にしない、と言うか気にしたら負けだ。
登校中、花太郎は昨日の事には一切触れなかった。鞄を届けに来た時の事で身に染みたのか、それとも花太郎が気を遣っているのかは分からなかったがいざ学校に行くとなると情報が皆無だというのは不安だ。
「花太郎」
「何さ?」
「……き、昨日の話なんだが…」
いざ尋ねるとなると恥ずかしくて言葉に詰まってしまう。
「昨日って、昨日の何でさ?」
花太郎が不思議そうに聞き返してくる。くそ、察しの悪い奴め、昨日の、と言った時点で気付け。
「だ、だから昨日の…だな、自己紹介について…何かあるだろ、ほら」
「えー? 何か、とかそんな曖昧な表現じゃ分からないでさ? 可愛らしく顔を真っ赤にしながら言ってくれたら教えてあげてもいいでさ」
以前から、怒る度に花太郎を殴ってきたのだが頭がおかしいのかそういう性癖なのか、まるで効果が無かった。なので、そろそろ方向性を変えていこうと思う。
「――そうか。じゃあ別に良い」
なるべく冷たい表情を浮かべて、素っ気なく言ってみる。
「あ、あれー…? 何か冷たい様な気がするでさ? どういう心境の変化?」
取り敢えず無視して、俺は早足で学校へと向かう。
「ちょ、ちょっと…! 何で無視するのさっ、さすがに不安になるから――」
ああ、これ良いな。今度からこの方向で行こう。
学校に到着するまでの間、花太郎はひたすら謝り続けていた。まあ、俺は割としつこい性格なのでもう暫くは放置の方向で行くつもりだ。
「それにしても、だ…」
どうしたものか、俺は中々教室に入れないでいた。
何故かと言えば、当然昨日の自己紹介が原因である。もしクラスメイトから痛い人と思われていたなら、俺はきっと母さんに頼み込んで転校するか不登校になるかもしれない。大袈裟と捉えられるかもしれないが俺は至って本気である。大失敗をまったく気にせず学校生活を過ごしていける位なら自己紹介能力不全になんてならない。
――トン。
不意打ちだった。軽く背中を押されて俺は転びそうになりながら教室の扉に顔面を強打――という程ではないがぶつけた。地味に痛かったりする。
やってくれたな、花太郎。
仄かに殺気を秘めて、痛む鼻を押さえながら振り向くと、其処に居たのは妙な性癖の美少年――ではなく、長身痩躯で、三白眼。手足が長く猫背、という何とも不気味な男だった。
……でかいな。
俺より頭1つ分以上背が高い相手に思わず後退りして再び扉と頭が衝突。視界の端に映った花太郎はといえば、ハァハァと息を荒げながら親指を立てていた。まぁ、後で殴る事は確定事項だったりする。
「……ごめんね、ボーっとしてて、さ」
長身痩躯の男がその体よりも薄っぺらい声で言った。目付きは悪いが性格までは悪くないみたいだ。
「あ、ああ…こっちも扉の前でつっ立ってたんだし、気にしないでくれ」
「ああ……うん。じゃあ…教室、入ろう」
そう言うと男はその長い腕で俺の頭の上ごしに教室の扉を開け、俺が教室に背中を向けた状態なのにも関わらず軽く押した。
結果――
「っでぇ!」
――俺は教室の入り口で盛大に尻餅を搗いた。初めてぶつかった時から薄々感付いていたが、この男は貧相な体をしているが力が強い。馬鹿力だ。
――ザワザワ
教室の喧騒が耳に届く。心なしか、というか確実に教室が騒がしいのは俺のせい――俺を突き飛ばした眼の前に姿勢悪くつっ立っている男のせいだ。
「おやおや。君、昨日やらかしてくれた…そうそう、柚木君だったかな?」
立ち上がり、埃っぽくなったズボンを叩いていると声を掛けられた。
これまた、背の高い男だった。猫背でない分、俺を突き飛ばした男よりも背丈が高く見える。
「…あら、可愛い」
と言った――誰の事を言ったのかは考えたくない――のはその男の隣に居た、これまた背の高い女だった。美少女、というよりは美女という言葉が似合う感じだ。
「……やらかした、か」
――やらかした
間違いなく、昨日のすっ飛んだ自己紹介の事だろう。
ああ、やっぱり変人扱いは確定なんだな…。
そう思うと、不思議と恥ずかしいという感情は薄れ、諦めの心境――つまりはどうとでもなれ、俺の高校生活という意味だ――に到った。
「えー…と?柚木、君?何か今にも消えてしまいそうな顔になってるけど大丈夫かい?」
正面の男が言った。
「いや、気にしないでくれ…どうせ変人だから、俺」
自虐的な笑みを浮かべながら返答をし、俺はちらりと教室の様子を伺う。俺への興味が失せ、俺が現れる前のように雑談に興じる者が半分。今だにこちらを興味深そうに観察している者が半分、といった所か。
「ふふ…あまり自虐に走らない方がいいわよ?己の評価を徒に下げるだけだから」
「あ、ああ…次からは気を付ける」
この女…本当に高校一年生か?やたらと威厳というか何というか…。
「ま、僕らが君に話し掛けたのは別に君を貶めるためじゃなくて、単純に君と仲良くなりたいからだよ」
長身の男が言った。
わざわざ相手から仲良くなろう、と言われるのは悪い気はしないもので、嬉しい半面、それまで自虐的だった自分を恥じた。
ああ、この二人は良い奴なんだな…。
「私好みの可愛い男の子…ふふ」
……俺には何も聞こえなかった。
「それじゃ、改めて自己紹介をしようか。僕の名前は三木原千佳。こんな名前だけどちゃんと男だよ」
「私は三木原由佳。こっちの千佳の双子の姉よ」
それから、二人は声を揃えて
「よろしく」と言った。何か双子っぽいな。
「……那由多幸哉。よろしくね」
いきなり声がしたかと思えば、長身痩躯の男の自己紹介だった。どうでもいいが、存在感無さすぎだろ。花太郎もだが。「あっしは田中花太郎。光ちゃんとは切っても切れないなカブッはぁ…!」
下らない事を口にしそうだったので花太郎の喉に手刀を叩き込む。奇声を発し床に倒れ、痙攣したかのようにピクピクと動く様子は不気味で、三木原姉弟も那由多も明らかに引いていた。
「今更だけど、俺は柚木光。よろしくな」
俺は勉めて愛想よく自己紹介をしたのだが、三人揃って床に伏した花太郎を見る時と同じ表情をしていた。
…人付き合いは難しいな。
「……身から出た錆に気付くべきでさ、光ちゃん…」