1:自己紹介をするのが恥ずかしいと思うのは俺だけなのか?
誤字脱字、感想意見がありましたら遠慮無くどうぞ。ヘタレですがそれなりに頑張ります( ´∀`)
俺、柚木光はこれから通う高校の入学式の為に、母親が何をトチ狂ったのか買ってしまったブカブカの学ランを来て歩いていた。
「……ねえ、あの子――」
「――だよねー…」
通学路を歩いている沢山の人間の視線が俺に集まっている様な気がして煩わしい事この上ない。
「いやはや、相も変わらず美少年の光ちゃんは注目の的ですなあ。羨ましい限りでさ」
隣で奇妙な日本語を使う男は田中花太郎という、少しばかり頭の具合が可哀想な奴である。ちなみに俺からすれば花太郎も充分整った顔立ちなのだが、コイツが異性と二人きりで居る所を見た事が無い。
「それにしてもねえ、何でまたブカブカな制服?可愛い男の子でも演じてアピールでさ?萌え萌えアピールでさ?」
「うざい」
面倒なので切って捨てる。
「美少年に毒舌…アンバランスな魅力でさあ。さすがの花ちゃんもメロメロよ」
花太郎は俺の拒絶などまるで無かったかの様に笑いながら抱きついてきた。正直煩わしい。
「まさか、あの二人って…」
「でも、お似合いかも」
まあ、もしかしなくても花太郎に女っ気が無いのは俺相手にこんな事ばかりしているからである。従って俺もコイツとつるむ様になってから色恋沙汰などとはまったく無縁の生活を送っている。
「花太郎」
「ん?」
「……いや、いい」
たまに思う。コイツ、本気で男色の気があるんじゃないか?
抱きついたまま離れない花太郎を引きずりながらの初登校は中々に重労働だったが、中学生の頃からの習慣だと思えばそう辛くはない――
「――訳無いだろうが、離せ」
校門の前で俺達を見て教師らしき人達が驚愕の表情を浮かべていた。流石にまずいと思って花太郎を振り払う。
「何でさ?いつもの事だし、高校生になったら昔の馴染みは切って捨てるつもりでさ?それは酷い!」
「煩い黙れ。あそこに居る教員連中を見ろ、入学早々生徒指導室にでもいきたいのか?」
ふと思い出す。中学の頃に漫研の部長をしている女子が俺と花太郎を見て、『ほほう…不純同性交遊ですか。リアルでお目にかかれるとは思いませんでしたが、それにしても絵になりますねえ…美少年の絡みってやつは』と言っていた。本当にどうでも良い上に不愉快な思い出だ。
「まあ、仕方ないでさ。同じクラスになれば何時でもラブラブでさあ」
そう言って上目遣いで首を傾げる花太郎――説明しておくと、俺の身長が170センチと少しなのに対して花太郎の身長は160センチにも満たないのだ――に生理的な嫌悪感を抱いたのでその横っ面に張り手を喰らわせた。花太郎が何やら気味の悪い叫び声を上げているが気にしてはいけない、さっさと校舎前の掲示板で自分のクラスを確認するとしよう。
俺のクラスは一年三組だった。ちなみに花太郎も三組で、普通に嬉しそうにしていたので何と無く頭を撫でてみると息遣いが荒くなった。殴ったのは言う間でもない。
体育館での入学式も割とすぐに終わった。校長の演説が途中から一人の生徒に対する愚痴になり、見かねた教員連中に引きずられて退場していったのだ。退場する直前に『離せっ!私は今日こそ高井戸に一泡吹かせてやるのだ!』と言っていたのが印象的だった。取り敢えず校長、精神科にでも行け。
体育館から三組の教室に行くと、柔らかな髪質の可愛らしい女性が教卓の上に座って足をプラプラさせていた。制服は着ていない、多分担任だろう。
「……あー、座席は人数分用意してあるので適当に座っちゃって下さいねー」
教室にきた俺達に気付いた彼女はぴょん、と擬音でも付けたくなりそうな感じに教卓から飛び降りると微笑みながら言った。何故微笑んだんだろうか、可愛いから良いけれど。
と言う訳で、俺は他のクラスメイト達が迷っている間にさっさと席を決めた。ちなみに窓際の一番後ろである。目立たないので寝たい時に眠れるし日当たりも良い。
そして、やはりと言うか何と言うか――
「いやー…まさか座席が自由なんてさ、粋な計らいしてくれちゃうよねえ、先生ってば」
――隣の席は花太郎である。今更なので大して思う事も無いが。
「はーい、皆さん席に着きましたね。んー…じゃあまず私が自己紹介しまーす」
座席が埋まったのを見計らってから先生は黒板にチョークで自分の名前を書き始めた。
「はい、書けましたー。私の名前は伊月しほり(いつき しほり)といいます。身長は153センチ、体重に3サイズは当然秘密ですよー。趣味はお昼寝で、好きな異性のタイプは一途な年下の男の子でーす。ちなみに先生は24歳だったりします」
「先生!彼氏はいるんですか?」
真ん中の方の座席に座っていた男子が手を挙げながら先生に問い掛けた。
「うふふ、先生はそんなベタな質問をされると思ってなかったです。一応お答えしておくと居ませんねー」
先生の意見には俺も同意だ。学園ドラマなどで散々遣いふるされた質問を現代において生で聞く事になるとは思わなかった。それより何より、先生に彼氏が居なかった所で、先生の様な可愛らしい女性が中学は野球部でしたオーラ丸出しの坊主頭に恋する訳が無いだろう。我ながら滅茶苦茶な毒舌だとは思うが。
更にいくつか先生に対する質問があったが、どれもさし触りの無い物だった。悪く言えばベタである。
「はーい、じゃあ今度は皆さんが自己紹介する番ですよ。廊下側の一番前から順番にお願いしますねー」
自己紹介か…。
順番は一番最後だから考える時間は充分にあるけれども、俺は自己紹介が破滅的なまでに苦手だ。中学一年の時は自己紹介で何を言って良いのか分からず十五分以上無言。その結果、教室全体が重い沈黙に包まれるという精神的な大惨事を招いてしまった。
その事が学年中に広がったので二年、三年は自己紹介が免除されたのだが、高校ではそうはいかないだろう。まあ、花太郎は『そもそも自己紹介が免除される事自体が有り得ないでさ』と言っていたが。
俺が自己紹介を考える時間なんて別に描写する様な物でもないので以下略。
そしてとうとう、俺の番が来た。
やばい、何だか背中から嫌な汗が出てきた。指先がプルプル震える。
緊張の余り中々席から立てない俺。当然、教室中から俺以外の生徒39人+しほり先生×2=80の目から放たれる『え?コイツ何してんの』的な視線が殺到した。出来るなら窓から飛び降りて家に帰りたい気分だ。
ええい、ままよ!とヤケクソ気味に立ち上がる。椅子が豪快な音を立てて倒れたが、その程度のアクシデントで今の俺は止められない…いや、もう止まらないの間違いかもしれないが。
教卓の前に立つ。俺の視界内のクラスメイトのほぼ全てが呆然とした様子でこちらを見ている。ちなみに、花太郎は何故かうっとりとした表情だ。腹立たしいので取り敢えず後で殴ろう。
……さて、どうしようか。
順番が一番最後とはいえ、極度の自己紹介能力不全の俺にとってはその程度の時間でどうこう出来る訳が無い。付け足しておくと、あらかじめ家で考えておくという選択肢は初めから存在しない。
……さて、どうしようか。
………
……
…
三分後。
「……」
教室内は重い沈黙に包まれている。
これなら、『さっさと喋れ』といった風にヤジでも飛ばしてくれた方がマシだ。
このままだと後十分は沈黙しそうだ。さすがにそれはまずい。
……こうなったら、思い付くまま適当かつ勢いに任せてやるしかない!
バン!と教卓を両手で叩く。すぐ隣に居たしほり先生が驚いたのか手にしていた出席簿を落とす。先生、すいません。
「星城東中学出身、柚木光だ!得意科目と苦手科目は特に無い!趣味は読書、ただし漫画は読まん!好きな動物は猫!好みの異性は丁度隣にいらっしゃる先生の様な人だ!以上!質問は受け付けん!」喉が枯れる程の大声で、一気に言い切った。おまけに、最後に自分でも何をトチ狂ったのか告白まがいの事も口走ってしまった。
…くそ、顔が滅茶苦茶に熱い。恐らく俺の顔は真っ赤に染まっているだろう。
「「「………」」」
クラスメイトの沈黙が先程よりも痛く感じる。恥ずかし過ぎて、しほり先生の方を見る事が出来ない。
「……先生体調が悪いので今日はもう早退しますすいませんさようなら」
滅茶苦茶に熱い顔を手で押さえ、出来るだけ感情を押し殺した声で言うと俺は返事も待たずに走り出した。半開きの扉にぶつかりながら無理矢理教室から飛び出すと、体育祭のリレーでも出ない程の速度で無人の廊下を疾走。靴箱を殴る様にこじ開けて靴を取り出し、上履きをその辺に脱ぎ捨てる。靴に足を突っ込むと転びそうになりながら学校の敷地内から脱出した。
学校前の桜並木が綺麗な道を走りながら考える。「……鞄忘れた。上履きは脱ぎっぱなしで放置してきたし、おまけに明日の時間割も持ち物も分からん」
それより何より――
「――絶対、変人と思われた!」
帰宅してから散々母親に怒られたが、明日以降の学校の方がよっぽど憂鬱だと思った。本当に、どうしようか。
――続く