勇者様、サインお願いします。
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「勇者様、こちらの契約書にお目通しをお願いします」
「……え?」
暑苦しい程のやる気に溢れていた青年は聖剣に手を伸ばした状態で固まった。
「え、じゃありませんよ。聖剣は国の所有物ですから勇者様といえど手続きを要します。こちらの契約書をお読みになって了承されるならサインをお願いします」
「こんなに!?」
差し出された書類の束に彼は目を剥いた。
「ちなみに、これはあくまでも聖剣持ち出しに関する書類となっております。了承し聖剣を所持される場合、手入れ方法の書類は別にありますから、そちらも熟読して下さい」
「……マジで?」
勇者の中で魔王討伐の使命と書類の束が天秤にかけられた。
数十年に一度、瘴気の濃度が高まり【魔王】と呼ばれる強力な魔物が生まれる世界。原理は不明だが魔王が生まれる時には対となる勇者も現れる。
勇者は聖剣が選ぶとされており、性別種族は歴代バラバラ。そして、聖剣の管理は大陸の国々で持ち回り…ではなく最弱最小の我が国の担当となっている。その代わり、魔王が現れた際の資金は各国が率先して出す契約となっているそうだ。その聖剣を管理する部署…『聖剣管理室』の唯一の担当職員が私だ。引き継ぎは三年前に終わり今のところ滞りなく職務を全うしている。なぜ、私だったのか。理由は一つ、国の最西端にある小さいけれど道具の発明に関しては世界有数の村出身だからだ。私に引き継ぎをしていた前室長もそうだったし、その前もその前ももっと前もそうだったらしい。気に入らない者には聖剣が触らせないので、案外重宝される安泰部署である。
「聖剣の管理と言っても、ただ見ておくだけじゃありません。メンテナンスはもちろんその材料を集めなくてはなりませんし」
「え、店で買えないの?」
「買えません。珍しい素材ばかりですから予算が足りません」
「聖剣なのに!?」
「いつ現れるかわからない存在に莫大な予算が出ると思いますか?」
「それは…でも今は魔王も勇者もいるじゃないか」
「それが判明した時には今年の予算案は決定しておりましたから。少額なら融通も利くでしょうが、聖剣の手入れとなると予算案を丸ごと変えなくてはなりません。使ってしまったお金もありますから、現実味に欠けます」
「それは確かに」
「で、あれば勇者様に引き渡した後、魔王討伐予算から聖剣手入れの素材も購入して頂いた方が手間が少なく済みます」
この国では魔王討伐予算は魔王の存在の有無に関わらず毎年積み立てられている。今回は三十年分になる。それに加えて周辺国からの支援金、魔王が現れたので来年から討伐が果たされるまでの予算は上乗せされるから素材を買っても道中お金に困ることはない。余程豪遊でもすれば話は別であるが。
ちなみに、『聖剣管理室』の予算と『魔王討伐予算』は全く別物で『聖剣管理室』に積み立て制度はない。世知辛いものである。
「それから」
「まだあるの!?」
「十七時を過ぎましたので、本日はお引き取り下さい」
「……え?」
「契約書と手入れ書は持ち帰って頂いて結構ですので。明日は午前九時より受付をしております」
「ちょ、待っ」
「それでは勇者様、契約を望む場合はまたお越しください」
そうして聖剣管理室の扉は閉められた。放り出された勇者は唖然として、手元の書類の束に項垂れた。
翌日午前九時。
「おはよう」
「おはようございます、勇者様。来られたという事は契約をお決めになられたのでしょうか?」
「聖剣と契約はする。ただ、」
「ただ?」
「素材は予算で買うから、手入れ係りとして君に同行して欲しい」
「……はい?」
「聖剣の管理が仕事なら旅への同行も可能なんじゃないか?だって聖剣あるんだし」
「……」
勇者の主張は間違っていない。聖剣管理室の仕事は文字通り聖剣の管理である。上に相談しなくてはならないが『出張』という形で同行は可能だろう。何せ魔王の討伐である。最優先事項だ。私の定時退社が……。
危険手当て出るだろうか。定時の概念も崩れるから時間外もつけて貰いたいが、どこからどこまでが業務になるのだろうか。むしろ、普段は勇者様が所持しているのだから、手入れの間だけが業務時間で給料が減るなんて事は……いや、流石にそれはない筈…。でもなあ…勇者様、神官様、戦士様、魔法使い様、自分を含めて五人……集団行動って苦手なんだけど大丈夫だろうか。
「それから」
「何でしょう」
「魔王を無事倒したら結婚して下さいっ!!!」
「え、ごめんなさい」
「え、瞬殺!!!ちょっと待って、お願いです、返事は旅を終えてからにして貰えないでしょうか」
「……自分に好意を抱いている人と旅をするのは少々、いえ、かなり気まずいので同行はなかった事に」
「待って!待って下さい!!!旅の間は口説いたりしないと約束しますので同行はお願いします!!!俺手入れできる自信が全っっくないです!!!」
プロポーズよりも力強く断言されてしまった。まあ、確かに聖剣の手入れは手間がかかるし、手順を間違えると聖力が溜まりにくくなったり、錆びやすくなったり、機嫌が悪くなるから大変ではある。何より、魔王の討伐がかかっているのだから必死になるのは頷ける。
「一先ず、上司に報告してもよろしいでしょうか?同行について確認しなければならない事がありますので」
「ああ、わかった」
「何時になるかわかりませんので、一度宿に戻られますか?差し支えなければ宿名を教えて頂けたら結果をご報告致します」
「わかった。“山猫の安らぎ邸”だよ」
「承知致しました」
結局、上司に報告したら宰相や財務長も巻き込んだ会議となり、昼をとうに過ぎた頃ようやく話が纏まった。
「失礼致します」
“山猫の安らぎ邸”を訪ねると、貸切りラウンジに案内された。勇者だけでなく戦士、魔法使い、神官と思われるメンバーも一緒だった。
「気が散るようなら場所を変えるよ」
「いえ、皆様にも関係のある事ですので」
促されて一人掛けソファに座る。固めのソファは身体が沈みすぎなくて丁度よい。
「結論から申し上げますと、私が同行する事は可能です」
「本当か!?」
目を輝かせる勇者に目を僅かに細めて続ける。
「ですが、条件が御座います。一つ目は、勇者パーティーの全員が私の同行を了承すること」
「それなら大丈夫だ!昨日話し合ってむしろ来てくれたら有難いという結論になった」
「承知致しました。二つ目はこちらの書面をお読みになりサインをすること」
そう言って差し出された紙とペンを受け取る勇者。
『聖剣管理課職員の同行に関する、出張承諾ならびに特記事項の確約書』と題された内容は大きく三つ。
一つ、業務時間は原則午前九時から十七時まで、もしくは一日八時間までとし、時間外の管理作業には魔王討伐予算より時間外手当を支給すること。
一つ、聖剣管理に必要な素材は採取又は魔王討伐費用にて購入するものとする。
一つ、同行中の恋愛感情に基づく一切の言動を禁ずる。違反した場合は即時帰還とし手入れの放棄による損害は全額勇者負担とする。
「そ、そんなっ!?」
「こちらにサインを頂けない限り同行はお断りさせて頂きます。どうされますか?」
「さっさとサインしろよ。お前が悩んでるのは三つ目だろ?」
「そうよ。ただでさえ危険な旅に急遽同行となって、好きでもない男に口説かれるなんて地獄よ」
戦士が呆れたように小突いて、魔法使いが追い討ちを掛けた。
「これ、あなたの身の安全について補償がありませんがよいのですか?」
神官が難しい表情をして訊ねた。
「私が道中、例えば魔物の襲撃にあって死亡した場合は、国から遺族へ退職金が支払われます」
「いえ、そうではなく…例えば旅の途中で私があなたを足手まといだと言い突然追放された場合などの補償です」
「勇者パーティーに同行するに当たり、能力不足を理由とする追放は妥当でしょう。あなた方が補償する必要はありません」
「そうじゃなくても旅路は危険が多い。お前を守れって項目がないのは何でだ?」
「私の仕事は聖剣を管理する事です。それは旅をしながらでも同じこと。五体満足でなければ仕事になりませんから己の身の安全を確保するのは業務内です。皆様に負担を強いるのは筋違いです。旅の同行が決まったら先に危険手当を貰いますしね。それで防具などは揃えます」
「なるほどねぇ…いろいろ言いたくはなるけどあなたが納得してるなら野暮よね。聖剣の素材単独で採取できるなら実力は補償されている訳だし」
「…全員無事に帰るよ。必ず」
勇者は神妙な顔で断言した。そして震える手で書類にサインをした。
翌日、朝から旅の準備に必要な物を買い集めた。そして、勇者一行と共に城に呼ばれて予算を渡されたのだが。
「……どうして私に渡すのですか?」
「「「散財しないように」」」
魔法使い、戦士、神官が声を揃えて言った。
「勇者様」
「普段は俺が管理してるんだけど、聖剣の素材費用がどの程度かわからないから、君に管理して貰う方が良いかと思ったんだ。でも、負担になるようなら俺が預かるよ」
「…私が散財するとは思わないのですか?」
「え、するの?」
「しません」
「なら問題ないね。でも、負担に感じたらすぐに言ってね」
「単純に他者に奪われる不安はありますが」
「ああ、それならこれ貸すよ。持ち主以外はどんな怪力や魔法を使っても開けられない金庫。中は異空間になってて結構物が入るから、君の荷物を入れてもいいよ」
「それは国宝級の魔法道具では?私などに貸してよろしいのですか?せめて契約書を…」
「信頼の置けない人をメンバーに加えたりしないよ」
屈託なく笑った勇者にそれ以上は何も言葉が出てこなかった。
「戦士様、その植物は猛毒があって食べられませんよ」
「魔法使い様、こちらの薬湯をどうぞ。痛めた魔力回路を回復する効果が御座います」
「神官様、こちら酔い醒ましです。物凄く苦くして渋いですが飲みきって下さい」
「あ、勇者様!その逃げる草は貴重な薬の材料です!捕まえてくださいっ!」
旅路は確かに危険もあったが、仲間割れだとか、嫌がらせだとかそういった事はなかった。むしろ、何故かよく感謝されて戸惑うばかり。道中、活性化した魔物に襲われる事も少なくなかったが、魔物に後れを取ることはなかった。流石は勇者パーティーである。私も素材集めで鍛えられ、ここ数年で強くなったと思っていたが彼らは格が違う。聖剣の整備に気合いが入った。
「え、前室長とお会いした事があるんですか?」
旅をして一月を過ぎた頃から、勤務とは別でパーティーメンバーとして夜番をするようになった。魔法使い様が魔法を暴発させて山が崩れて死にかけた話、神官様が報酬が酒だったら何でも依頼を引き受けてしまってぶちギレた話、戦士様が美人局にあって危うく多額の借金を負いかけた話、勇者が知らない町で迷って宿に帰ってこれなくなった話……どの話も聞き入ってしまうほど面白く、話すことが尽きないメンバーに感心と尊敬を抱いた。
「私は人に話すような話題がない」
と呟いた時に、
「そうなの?」
と勇者が不思議そうに言ったのだ。前室長から聞いた話と違うな、と。
「君の出身だっていう村に依頼でお世話になった事があるんだ」
「もう二年くらい経つかしら?」
「その時に『聖剣管理室』で働いていたって人を紹介されてね。君がいかに優秀で、とんでもない頑固者って話をたくさん聞いたんだ」
「村一番の融通の利かない腕は超一流の頑固爺さんを、説得して、説得して、それが無理ならと我慢比べに勝って、弟子になった伝説の子なんでしょ?」
「…………伝説ではないと思いますけど」
弟子になった事は後悔していないけれど、その過程は黒歴史なのであまり思い出したくはない。しかし、前室長には言っていない筈なのに…おのれ婆様達か。
「十年前からは想像できないくらい、商人の出入りが増えたって驚いていたよ」
「年に数回を月に一回に増やすのが限界でした」
技術者の集まりだが、頑固で偏屈な人間が多い村はいつまで経っても閉鎖的で年々住民の数は減るばかり。その原因の一つが、『最も優れた技術者が村長になる』だった。この村で『最も優れた技術者』とは『最も頑固な人間』である。そんな人に村を纏める協調性だとか親和性だとか、商人とのやり取りだとかできるわけがない。
村の人の出入りを纏めて、いかに人が出ていっているかをグラフにした。優れた技術を持つことと優れた交渉術は全く別であることを認めない彼らに、奥さんに口喧嘩でまともに勝てた事があるのか問い詰めて認めさせた。ちなみに、私は母とは口論になる前に謝った事しかない。父が完全敗北しているのを見ているので。まあ、口喧嘩と交渉術は同じではないけれど、それは置いておく。技術職と村長の両立がこの村では成り立たない事を理解して貰うことが目的でそれは無事達成されたのだ。八歳からはじめて五年である。長かったのか短かったのか、よくわからない。
「月に一回?あたし達が行った時は月に二回は来てたわよ?」
「本当ですか!?」
「ああ、何か、染料とか、素材とか珍しいのが入ったら持ってくるって話に変わったらしいね。頻度が増えた方が便利だってわかったんだろうね」
「前任の室長さんが交渉係をされていましたね。それまで交渉係をされていた方は商人見習いになられていましたよ」
「木こりのおじさんが商人に…」
王都に来てから一度も帰っていない村の近況をこんな所で知る事になるとは。
何かを作るより整備とか素材集めの方が性に合っていた私は、魔法具の整備関係の仕事をしようと十三の時王都に出てきた。そして、下町の魔法具店に雇われて修理を請け負っていたら、前室長に偶然会って勧誘され今に至る。縁とはわからないものだ。
「聖剣の手入れ素材で揉めて気づいたら半日経ってた事もあったんだろ?」
「あれは…前室長が新たに発見されたある薬草の効能をご存じないから…」
「おや、確かに頑固そうですね」
「う……」
心配してた集団生活は、むしろ心地よく感じる事が増えていった。
「うーん…魔王に近づいている筈なのに魔物が少ない気がする」
「言われてみりゃ、確かにそうだな」
「被害が少ないに越したことはありませんが」
「ちょぉっと引っ掛かるわね」
魔王は覚醒してから棲みかを離れるまでに約一年を要す。何故かはまだ解明されていないが一年以内であれば人的被害はかなり抑えられる。もちろん、活性化した魔物への対策は必須であるがそれは騎士団や傭兵、冒険者で対応している。旅をはじめて八ヶ月が過ぎた頃、魔王がいる『瘴気の森』(魔王が生まれるとその周囲は強制的に瘴気に包まれる)から一番近い場所にある村についたが、村の人達も無事避難が完了していた。村の半分は瘴気に包まれていて、壊れている家もあった。
ニタァ
今代の魔王はオーガが進化したオーガキングだった。
青い体躯に鋭い角が三本、通常のオーガより一回り小さいのにその強さはオーガ百体を相手にするより厄介だった。過去の記録では魔王は複数の同族を引き連れているとあったが、今回の魔王は同族含めてあらゆる生き物を残虐に殺し尽くしていた。オーガも他の魔物も動物も関係なかった。避難が完了していなかったら村人は全員殺されていただろう。
魔王との戦いは苛烈を極めた。
周囲にあった山の内四つを更地にして、クレーターを幾つも作り、瘴気の泉は干上がった。何より堪えたのは身体の欠損さえ修復できる最高品質のポーション“女神の涙”を八瓶使用しなくてはならなかった。障壁展開魔法具(固定式)と前室長と腕が鈍らないよう作った防具がなければとうに死んでいる私は戦闘に混じっても邪魔にしかならない。できることは、魔法具で張った認識阻害の結界の中に死に物狂いで負傷した仲間を引きずり込んで、口にポーションを捩じ込んで、突貫作業で作った魔障壁発動魔法具(魔王相手には二回防ぐのが限界)を持たせてまた魔王の元に送り出すことだった。
七日目の黄昏時、魔石の交換が間に合わなかった為に、認識阻害の結界が緩んだ。私の気配に魔王が気を取られた瞬間に神官が拘束の術式を使い、戦士が再生の要となっている魔法石にヒビを入れ、魔法使いが渾身の爆炎魔法を放って砕き、勇者が聖剣で真っ二つにした。
勇者と二人で満身創痍で動けない三人を村まで運び回復してから城へ魔王討伐が完了したと報告。
「やっと、終わりましたね」
疲労からすやすやと眠る四人を見て、頬に何かが伝う感覚がした。
「よかった……本当に、よかった…っ」
目が覚めた時に温かい料理をとキッチンを拝借したものの、何の味見をしてもいつもより少ししょっぱくて困ってしまった。
帰還してから勇者一行はパーティーとかパーティーとか凱旋パレードとかパーティーとかで忙しそうだった。
私はというと。
「十七時。聖剣様、また明日よろしくお願いします」
午前九時から十七時までの『聖剣管理室』の仕事に戻った。元々出張扱いだったので当然である。いや、まあ、宰相から「本当に良いのか?今ならもっと花形に移動も可能だぞ?」とか上司から「パレードでないの?君だって勇者パーティーの一員だったじゃないか。ドレスならどんなに高くても経費で落ちるよ?」と再三確認されたがそれこそ業務外も良いところである。
何より、聖剣が魔王討伐後、勇者から手入れされるのを嫌がったのである。魔物討伐(魔王がいなくても魔物はいる)やパレードには付き合うようだが、その後の手入れになると、触れる手を弾く、重くなって床から離れないなど全力で抗議し、最終的には自ら錆び付くという暴挙に出てしまった。旅の間は時々なら手入れさせていたのに。
「…そんなに彼女がいいの?わかるけど」
項垂れながらも深く納得した様子で勇者が言い、使用後は『聖剣管理室』に帰される事となった。
「よ、英雄、晩飯一緒にどうだ?三ヶ月ぶりに全員揃うぞ」
部屋を出ると戦士様が待っていた。彼は何故か魔王討伐を成し遂げてから私の事を「英雄」と呼ぶ。神官様は「英雄さん」、魔法使い様は「英雄ちゃん」と皆面白そうに呼んでくる。英雄はあなた方でしょうと返しても楽しそうに笑うだけだ。
「この前あいつと買い物行ったんだろ?」
「勇者様の事ですか?ええ、パーティーに出る服を選んで欲しいと」
「へぇ、仲良くなったもんだ」
ニヤリ、と笑う彼は少し意地悪そうで、内心を見透かされているような気がして居心地が悪い。
勇者一行とは不思議と縁が続いた。全員揃ってとは、中々行かないが食事をしたり買い物をしたり、王城の作法について相談を受けたり、何かからの避難先として『聖剣管理室』を訪れたり、お茶をしたり…親しい友人がいない私にとってそれはとても眩しくて楽しい時間となった。最初は誘われるがままであったが、次第に自分から誘う事もあり、それは旅をして一番の変化かもしれなかった。
「…あの、ベーコンとチーズのスコーンを焼いたのですが食べますか」
「食べます!!!」
少々以前より不自由な身となった勇者に時折差し入れをするようにもなった。何を持ってきても目を輝かせる彼は人をやる気にさせる才能があるのかもしれない。そして、勇者は甘いものも食べるけど、ベーコンとかタマゴとかの方が好きなようだ。
「勇者がユーティクス公爵家のご令嬢との縁談お断りしたそうだ!」
『聖剣管理室』に向かう途中に噂話が耳にはいる事は少なくない。
褒賞として、身分も見目も教養も揃った令嬢令息との縁談を随分と勧められている勇者一行だが、誰一人応じていない。受け取ったのは褒賞金と、戦士は極上の肉、魔法使いは最高品質の魔宝石、神官は最高級の酒。そして勇者は、褒美を押し付けないこと、だった。
「ふふ、頑張って下さいね」
最近話すようになった、可愛くてとんでもなく仕事に厳しいと有名な総務の女の子から書類を受け取って記入する。ふと、聖剣の契約書について勇者に説明した時の事を思い出す。あの時の呆気に取られた勇者の顔は少し面白かったなと今なら思う。
「好きです!結婚して下さい!」
魔王討伐して三年、勇者は二度目のプロポーズをした。結局、魔王討伐をした直後はバタついてプロポーズ所ではなく、落ち着いた頃には勢いに任せてプロポーズする度胸はなくなっていた。すでに一回容赦なく断られた事を思い出して、「もう少し仲良くなってから…」と食事に誘ったり買い物の荷物持ちをしたり、仲間との飲み会に誘ったり(一番成功率が高い)…地道な努力を続けた。そして仲間達に「いい加減腹を括って砕け散れ!!!」と背中を押されて、近場で一番難易度の高いダンジョンの最深部まで潜ってボスをボコボコにして手に入れた魔宝石で作った指輪を懐に入れた。花束を用意するか悩んだが「どうしても枯らしてしまうので苦手」と以前話していたのを思い出し止めた。
「よかった」
「?」
「勇者様、こちらを」
そういって差し出されたのは、花嫁欄が記入済みの婚姻届。総務の女の子に周りにバレないようこっそり渡して貰うのは少しドキドキした。
「……え、あ、ええええぇええ!!!?」
勇者は魔物に背後から襲われた時だって、予想外な魔法を使われた時でさえ出なかった絶叫を響かせた。
「勇者様?あら…」
実は結構前から勇者に絆されていた彼女は待たせたお詫びにプロポーズしようと婚姻届を書いていて奇しくも本日渡す予定だった。
「…ふふ、勇者様、お目覚めになったらサインお願いします」
驚きすぎて立ったまま気絶してしまった勇者が彼女の気持ちを知るのはもう少し後になりそうだ。
おしまい




