第三十五話 将軍、電子の海に 理 を視る
明治、大正、昭和――。
「近代」という名の巨大な奔流は、義昭が想像したよりも遥かに速く、遥かに冷徹にこの国を書き換えていった。
かつて秀吉が欲した 数字による支配 は、今や 演算という名の不可視の法となり、三成が夢見た 全土の計測 は、手のひらの中の端末 によって完結している。
足利義昭の魂は、時の彼方から、現代という名の 完成された停滞 を眺めていた。
「……なるほど。筑前守(秀吉)も驚くだろうな」
東京、夜の喧騒。
人々は整然と組まれた運行計画に従い、目に見えぬ序列を気にしながら、光り輝く檻の中を回遊している。
戦国のような剥き出しの死はない。だが、そこには家康が作った江戸の泰平よりも、さらに巧妙で、さらに逃げ場のない管理の網が張り巡らされていた。
「人は、自由を手に入れたふりをして、自ら進んで『正解』という名の檻に飛び込んでいるのか。理屈に合わぬものを排除し、効率の悪い感情を殺し……。佐吉(三成)よ、貴殿が目指した『一点の曇りもない世』は、これほどまでに息苦しいものだったぞ」
義昭は、スマートフォンを凝視しながら歩く若者たちの群れを見つめた。
彼らは、かつての武士たちが命を懸けて守った 個の歪み を、 最適化 という名の甘い言葉で、無意識のうちに削り落とされている。
「……だが、それでも消せぬものがある」
義昭は、街の片隅、古い書店の棚に置かれた一冊の歴史書に目を留めた。
そこには、敗北者として、愚か者として記された己の名がある。
しかし、その歪んだ歴史の記述を読み、何かに抗うように拳を握りしめる一人の少年がいた。
「それでよい。……理屈では説明のつかぬ憤り、何者にも管理されたくないという幼き衝動。それこそが、私が五百年前に遺した最後の『火種』だ」
義昭の幻影は、少年の背中にそっと手を置くように、悪戯っぽく微笑んだ。
「近代という名の怪物は、すべてを飲み込もうとするだろう。だが、どんなに完璧な計算式であっても、一人の人間の『熱』までは解けない。……少年よ。お前の中にあるその『不純物』を、決して手放すな」
電子の海が街を覆い、すべてが数値へと変換されていく静かな夜。
義昭の視線は、もはや過去ではなく、まだ見ぬ「歴史の確定」に抗おうとする者たちの内なる闇へと向けられていた。
かつて将軍であった男は、今もなお、この効率化された世界に対する最大の 異物 として、私たちのすぐ側に座しているのである。




