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第二十話 三日天下

山崎。


戦は、短かった。


あまりにも短く、あまりにも早く、

すべてが決まった。


明智光秀は、敗れていた。


だが――


それは崩れではなかった。


押し切られたのでも、

逃げ場を失ったのでもない。


ただ、間に合わなかった。


それだけだった。


「……ここまでか」


光秀は静かに言った。


声に乱れはない。

息も乱れていない。


だが、時間だけが足りなかった。


都の一拍。


あの静けさ。


それを、自分の側に引き寄せきる前に、

秀吉がそれを縮めた。


信長を討った。


その一手は、確かに通った。


だが、その“意味”を都に定着させる前に、

別の意味が上書きされた。


仇討ち。


無念。


世を収める。


その三つの言葉が、あまりにも速く、

あまりにも強く、都に入った。


光秀は、空を見た。


戦の煙が、まだ薄く残っている。


「……一拍、足りなかったな」


それが、すべてだった。


羽柴秀吉は、勝っていた。


だがその勝ちは、単純ではない。


敵を討った。

仇を果たした。


それは確かだ。


だが――


「……全部ではないのう」


秀吉は小さく言った。


都は、すぐには一色にならなかった。


仇討ちの声は広がった。

だが、最初から完全に支配したわけではない。


一拍。


確かに、一拍があった。


その間に、迷いがあった。

問いがあった。


「急ぐな」


その理は、確かに都に残っていた。


秀吉は、それを知っている。


だからこそ、走った。


その一拍を、潰しにいった。


それが間に合った。


それだけだ。


「危なかったのう」


誰にも聞こえぬように呟く。


もう半刻遅れていれば。


もう一手、光秀が整えていれば。


都は、違う顔をしたかもしれぬ。


足利義昭は、報を受けていた。


「明智、討たる」


短い報。


それだけで、十分だった。


義昭は、すぐには何も言わなかった。


静かに目を閉じる。


終わった。


光秀という一手は、ここで消えた。


だが――


消えていないものがある。


「都は、どうした」


「……すぐには断じませぬでした」


その答えに、義昭はわずかに頷いた。


それでよい。


それで足りる。


光秀は敗れた。


だが、ただの逆臣として、即座に切り捨てられたわけではない。


都は、一拍置いた。


考えた。


迷った。


その事実は、消えない。


「……残ったな」


義昭は小さく言った。


それは、勝利ではない。


だが、敗北でもない。


都。


すべてが終わったあと。


人々は言う。


「羽柴が世を収めた」

「信長の仇を討った」


それが、表の顔になる。


だが同時に、こうも言う。


「しかし、すぐには決まらなかった」

「あのときは、誰もが迷っていた」


その記憶は、消えない。


それが、義昭の残したものだった。


明智光秀は、消えた。


だが、彼が通ろうとした道は、完全には消えていない。


急がぬこと。

一拍置くこと。

形を整えること。


それらは、都の中に残った。


羽柴秀吉は、天下へ向かう。


速さで。

力で。

意味で。


だが、その道の下には、

一度だけ現れた“別の理”が、薄く残っている。


信長の時代は、終わった。


光秀の試みも、終わった。


だが――


都は、何もかもを飲み込んで、

最後に自分の顔として残す。


ある公家が、こう言った。


「世は収まりましたな」


別の者が答える。


「収まりましたな」


少し間を置いて、こう続ける。


「しかし……」


その先は、言葉にならない。


だが、その言葉にならぬものこそが、

この一連の出来事のすべてだった。


都は、決めた。


だが、急いでは決めなかった。


その事実だけが、静かに残る。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


本作で描きたかったのは、本能寺の変そのものではありません。


歴史は、出来事だけで決まるものではなく、

その出来事がどのように語られ、どのように意味づけられたかによって確定していきます。


織田信長は討たれ、明智光秀は敗れました。

この結果は変わりません。


ですが、そのあいだには、本来もう少しだけ長く存在し得た時間があったのではないか。

すぐには「逆臣」と断じきれない、わずかな余白があったのではないか。


本作における足利義昭は、歴史を変えるための存在ではありません。

歴史が一つに定まるまでの“余白”を生み出そうとした存在です。


その余白の中で、光秀はただの敗者ではなく、

「別の意味を持ち得た人物」として一瞬だけ残ろうとしました。


しかし最終的に、その時間は羽柴秀吉によって縮められ、

歴史は私たちの知る形へと収束していきます。


それでも、都が一拍置いたという事実、

すぐには決めきれなかったという記憶は、完全には消えません。


この物語は、

歴史を変える話ではなく、

歴史がどのように一つに確定していくのかを描いた試みでした。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
細川先生お疲れ様でしたぁ! ずっと、別作品の方が完結すると思ってて、 遅くなりました笑 20話読み応えのある内容でした!! 本能寺の変。 結果がわかった状態で、そこに至るまでの過程を 綺麗にまとめられ…
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