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生々流転 ~未来のエージェント、魂だけで江戸に潜入し、滅びの運命を書き換える~  作者: 弓藤 千人


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第2話 最高傑作 〜光を求め、肉体を捨てる〜

 翌朝06:00。  

 不快なアラーム音ではなく、AIが計算した最適なタイミングで照明が点灯し、俺は目を覚ました。

 睡眠効率98%。体調は万全だ。


 洗面台の鏡が自動的に肌の状態をスキャンし、適量の洗浄ジェルを吐き出す。

 水を使わないナノ洗浄ジェルが、肌の上でパチパチと弾け、汚れと共に気化していく。


 完璧に管理された朝。

 俺は、オーダー通りに用意された「はちみつ入りのヨーグルト」をスプーンですくい、口に運んだ。

 甘い。脳に糖分が染み渡り、仕事のスイッチが入った。


「……行くか」


 最後のひと口を飲み込み、俺は立ち上がる。

 隊服の襟を正し、何も持たずに部屋を出た。向かう先は司令室。


 長い廊下を抜け、俺は再び司令室の最奥へと辿り着いた。 行き止まりの壁。

 昨日と同じように、天井のセンサーが青白い光を放つ。


『生体認証、完了』 『エージェント・メグル。入室を許可します』


 無機質なアナウンスと共に、合金の壁が透明化し、道が開かれた。  

 俺は一歩、その空間へと踏み入る。

 ドーム状の部屋には、すでに無数の光の粒子が舞っていた。  

 俺の気配を感じ取ったのか、粒子たちは瞬時に収束し、穏やかな老人の姿を形成する。


「おはよう。メグル」


 マスターは、まるで実の息子を迎えるような温かい声で微笑んだ。


「昨夜はよく眠れたかね?」


「ええ、おかげさまで。最高の目覚めでした」


 俺は姿勢を正し、短く一礼する。

 マスターのホログラムは満足げに頷くと、すぐに表情を引き締めた。

 柔和な目元に、鋭い指揮官の光が宿る。


「では、早速だが本題に入ろう」


 マスターが軽く手を振ると、空中に複雑な相関図と、古びた日本地図が浮かび上がった。  

 そこには『1714』という数字と共に、不吉な赤色でマーキングされたエリアがある。


「今回の任務は、政府上層部からの特命だ」


 マスターは重々しく切り出した。


「断たれた『魂の循環』を取り戻すのだ。現代の出生率がなぜ0.004%なのか……政府の調査により、その原因は環境でも肉体でもないことが判明した。新たな命として宿るべき『魂』そのものが、この世界から枯渇してしまったのだ」


「魂の枯渇……?」


「そうだ。そして判明した原因が、1714年の江戸に存在するある組織だ」


 地図上に、どす黒い(もや)のようなアイコンが表示される。


「その組織の名は、『御魂改役(みたまあらためやく)』」


 聞いたことのない名だ。  

 俺は脳内検索をかけたが、公式な歴史データには存在しない組織だった。


「奴らは歴史の闇に隠れたカルト集団だ。死者の魂を鎮めると謳いながら、その実、魂を『消滅』させている」


「消滅……?」


 俺は思わず聞き返した。死ぬことよりも恐ろしい響きだ。


「本来、魂は生々流転(せいせいるてん)の理に従い、死ねばまた新たな命として生まれ変わる。だが奴らは、その循環を断ち切り、魂を無へと帰しているのだ。奴らが活動すればするほど、未来へ繋がるはずの魂が減っていく」


 マスターの声には、静かな怒りと悲しみが滲んでいた。


「許せませんね」


 俺は拳を握りしめた。  

 俺たちが必死に守ろうとしている未来を、過去の妄信者たちが食いつぶしている。  

 それは明確な「悪」だ。


「俺がやるべきことは?」


「『御魂改役』の壊滅だ。奴らを排除し、魂の消滅を食い止めろ」


「了解です」


 迷いはない。  

 滅びゆく種を救うためだ。歴史のガン細胞は切除しなければならない。


「現地での協力者はいますか? まさか、たった一人で組織を相手にするわけでは?」


「うむ。手配はしてある」


 地図上の江戸城付近に、青いマーカーが灯った。


「当時の政府である『幕府軍』に接触せよ。彼らは正規の統治機構であり、必死に魂の循環を守ろうとしている正義の側だ。上層部にはすでに話を通している。お前は幕府軍の特殊部隊として迎え入れられるはずだ」


「幕府軍に加勢し、カルトを討つ……了解です」


 構図はシンプルだ。  

 正規軍と共に、魂を消滅させるテロリストを制圧する。


「転送の前に、この任務における最大の『制約』を伝えねばならない」


「制約?」


時間跳躍(タイムスリップ)において、物理的な肉体は時空の壁を超えられない。送ることができるのは、『魂』のみだ」


 マスターは空中に浮かぶ人体のホログラムを指差した。肉体が粒子となって消え、光る魂だけが過去へと飛んでいく映像だ。


「つまり、俺のこの体は置いていくと? 向こうで誰かの身体を借りるのですか」


「いや、それも不可能だ。()()()()()()すでに魂が宿っている人間に、別の魂を上書きすることはできない。お前がその時代に存在するためには、『新たな命』として誕生する以外にないのだ」


「……誕生、ですか」


 俺は眉をひそめた。意味するところは理解できるが、計算が合わない。


「ですが、ターゲットである『御魂改役』が活動するのは1714年です。1714年に赤子として生まれても、戦える年齢になる頃には手遅れでは?」


 俺の懸念に対し、マスターは緩く首を横に振った。


「問題ない。『御魂改役』が本格的に動き出し、歴史を決定的に歪めるのは、もっと先のことだ。お前が成長し、戦えるようになるまでの猶予は計算に入れている」


 マスターは、まるで孫の将来を諭す祖父のような、穏やかな口調で続けた。


「16だ。16歳になったら江戸へ向かえ」


「16歳……」


「そうだ。それまでは、生を受けたその家で『普通』に暮らしなさい。その時代の親に甘え、友と遊び、健やかに育て。そして身体が出来上がった時……それが、お前の戦いの始まりだ」


 それは、エージェントに対する命令というよりは、人生の「猶予期間(モラトリアム)」を与えられたような響きだった。


「……了解しました」


 俺は深く頷いた。

 16年間の潜伏期間。

 気が遠くなるような話だが、人類を救うための準備期間だと思えば耐えられる。


「装備などの持ち込みは不可能だが、鍛錬する時間なら十分にあるはずだ」


 俺はふと浮かんだ疑問を口にした。


「マスター。俺の肉体はどうなるのですか?  魂が抜けた後、ただの抜け殻になって腐っていくのでは……」


「心配はいらない」


 マスターは即座に否定した。


「魂の転送が完了した瞬間、ポッド内は完全な密閉状態となり、時間の流れが遮断される。お前の魂が戻るまで、肉体はナノレベルで凍結保存される。変化もしなければ、朽ちることもない」


「なるほど。」


 俺は安堵の息を吐いた。だが、ここで最も重要な疑問が残る。


「……そもそも、戻ることはできるのですか?」


 俺はマスターの目を真っ直ぐに見つめた。一方通行の片道切符。任務を終えても帰れず、過去の住人として死んでいく──そんな結末も覚悟していたからだ。


「可能だ」


 マスターは力強く頷いた。


「今回の転送プログラムは、任務の進行度とリンクしている。お前がターゲットである『御魂改役』を壊滅させ、任務を完遂したとシステムが判断すれば……それがトリガーだ」


「トリガー?」


「ああ。任務を遂行すれば、引力に引かれるように、お前の魂は自然とこの肉体へと引き戻される。逆を言えば──任務を果たすまでは、決して帰ることはできない」


「シンプルでいい。敵を倒せば家に帰れる。そういうことですね」


「その通りだ。歴史の修正には強力なエネルギーが必要だが、お前の『達成』がその鍵となる」


 マスターは満足げに頷き、そして指を立てた。


「ただし、歴史への干渉について一つ釘を刺しておこう」


 マスターが指先を動かすと、空中に川の流れのような映像が浮かんだ。  

所々で小さな石が投げ込まれて波紋が起きるが、大河の流れは変わらずに続いている。


「歴史とは、この大河のようなものだ。小石を投げ込めば波紋は広がるが、流れそのものは変わらない。これが歴史の持つ強固な『復元力』だ」


「つまり、些細な事では未来は変わらないと?」


「そうだ。些細な変化は、誤差として修正される。だが──堤防を破壊するような真似をすれば、話は別だ」


 マスターの視線が鋭くなる。


「不必要な大岩を投げ込み、流れを乱すことは許されない。お前の目的は、あくまでターゲットの排除のみ。それ以外のことには干渉せず、なるべくあるがまま、その時代の流れに身を任せなさい」


「了解。  ターゲット以外は『歴史通り』に振る舞え、ということですね」


「うむ。……そして、そのために守るべき絶対の禁則がある」


 マスターは人差し指を立て、静かに、けれど強い口調で告げた。


「自分が未来人であることを、誰にも明かしてはならない」


「誰にも、とは?」


「育ての親にもだ」


 俺は息を呑んだ。これから20年近く世話になる両親にさえ、嘘をつき続けろというのか。


「当時の人間として生き、完全に溶け込め。『自分は未来から来た』などと口走れば、周囲の調和を乱し、予期せぬ歴史の歪みを生むリスクがある。よいな、メグル。江戸の地を踏むまでは、ただの子供として生きるのだ」


「……了解しました。」


「ああ。……それと最後にもう一つ。これが最大のリスクだ」


 マスターの表情が真剣味を帯びる。


「『自我の希釈』に気をつけろ」


「希釈?」


「赤子の脳は未発達だ。どれほど強固な訓練を受けたお前の精神でも、肉体の本能には抗えない。成長の過程で、膨大な『新しい記憶』が流れ込んでくる。下手をすれば、お前は自分がエージェントであることを忘れ、本当にただの江戸の子供になってしまう可能性がある」


 ぞくり、と背筋が冷えた。任務の失敗以前に、自分という存在が消えてなくなる恐怖。


「対策は?」


「すでに行っている」


 マスターは迷いのない瞳で即答した。


「お前自身だ、メグル」


「俺……?」


「そうだ。お前は今日まで、来る日も来る日も過酷な鍛錬と学習に励んできた。その鋼のような精神、そして任務への執念……それは決して、脳の未熟さに上書きされるものではない」


 マスターは、我が子を誇るように深く頷いた。


「日々、己を律し続けてきたお前ならば問題はない。たとえ一時的に記憶が混濁しようとも、その魂に刻まれた『芯』は決して揺らがないと、私が保証しよう」


「……ふっ、精神論ですか」


 俺はフッと笑い、自分の胸を拳で叩いた。


「ですが、悪くない。愚問でしたね。俺はあなたの最高傑作だ。どんな時代、どんな肉体になろうとも、俺の(コア)は変わりませんよ」


「……ふふ、頼もしいな」


 マスターは満足げに目を細めた。


「では、出発はいつですか?」


 俺の問いに、マスターは部屋の奥──白く輝くポッドへと視線を向けた。


「準備は整っている。……どうする?」


「今すぐです。」


 俺は短く答え、光の溢れるポッドへと歩き出した。





第2話、ご覧いただきありがとうございます。

ここから舞台は一気に江戸時代へと移ります。

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