それぞれの都合
一見すると騎士だが、よく見ると外骨格で構成されている化け物。
一見すると馬だが、よく見ると肉塊を無理矢理形にしている化け物。
そんな組み合わせをした存在、布告官が王都の前で叫んだのだ。
「悪神の眷属か⁉」
「悪魔だ! 悪魔が出たぞー!」
「逃げろー!」
「囲めー!」
周辺にいた人間は逃げ、代わりに武器を携えた衛兵たちがわらわらと出てくる。
ただ衛兵が様子をしっかり確認すると妙なことに気が付く。
媚びず堂々とした雰囲気の布告官は見た目が醜悪なのにどこか気品があり、持っている白い旗を誇らし気に掲げている様は、確かな【格】を感じさせた。
「我が名は布告官。偉大なる大王陛下の使者にして声。口。スート騎士国への宣戦布告を告げに来た」
喉が潰れたような声の割にははっきり聞こえるが、その中身はきちんと理解されなかった。
「せん、宣戦布告?」
「あ、はあ?」
混沌や魔に属する勢力は、律儀に宣戦布告などせず当然のように襲い掛かってくる。
それなのにどう見たって化け物に属する布告官が名乗り、宣戦布告まで口にするのは衛兵の理解を超えていた。
「然り。貴国が企んでいるのは単なる隣国への軍事侵攻に非ず。人類を守る防衛線の攻撃は、それすなわち秩序の崩壊に直結する行ない。言語道断。更には民を蔑ろにするならば不要と断じるしかない。故に我らが大王は貴国への宣戦布告を決断された」
通常、宣戦布告に伴う大義は屁理屈や難癖といったものが殆どで、正論が含まれているのは僅かだろう。
だがこの件に関してのみ述べると化け物が正しいという、斜め上の事態が発生していた。
「……」
衛兵も困惑するしかない。
普通の使者がスート騎士国を罵るような正論を口にしたら、そんなことはないと激昂したのは間違いないだろう。
そしてこれが、人間の世を破壊してやる! 皆殺しだ! と言われたなら、やはり悪魔の手先だと思えるが、外骨格の化け物がまともなことを口にしたら、色々とギャップが起きるのだ。
(いっそ暴れてほしいんだが……)
混乱している衛兵の脳裏に願望が浮かぶ。
堂々と宣戦布告をしにきた化け物をどうにかするのは、衛兵の持っている権限では足りなさすぎる。
それならいっそ暴れてくれた方が、祖国のために命を捨てて戦えるので分かりやすかった。
「必要とあれば貴国の王と文武百官の前で再び宣戦布告するがいかが?」
衛兵たちは心の中で繋がった。
そう言われても……困る。
まさか王の前に化け物を連れて行く訳にはいかないが、宣戦布告は一大事だ。せめてなにかしらの権限を持つ者がここに来て、王に直接報告をしてもらいたかった。
「少々……お待ちを」
絞り出した衛兵の声は、超人の如き感覚を持っている布告官でなければ聞き逃していただろう。
「ぶふ? 化け物が我が国に宣戦布告? 中央国の王シュウイチ? ……う、うん?」
報告はすぐさまスート騎士国国王ロジェリオと大臣たちまで届けられたが、困惑以外の反応を出来る筈がない。
「まず偵察を行なうのは当然として……」
「陛下、悪神の類の侵攻と考え、周辺各国に援軍を求めるべきかと」
「う……む?」
家臣たちが現実的な提案をすると、頷きかけたロジェリオの脳に様々な考えが湧き出た。
(援軍はいつ来る?それに最近はどこの国も付き合いが悪い。鉱山を狙っている国からは怪しんでいる使者が来たからほぼ無理。他国にいきなり援軍を頼むと軽くみられる。隣に攻め込むための軍勢はほぼ整っている。そしてだらだらと援軍を待って失陥した土地を奪い返すなどすれば、どこぞの国の属国扱いを受けるのでは?)
下々の人間を軽く見過ぎているロジェリオだが、思考能力はある程度存在する。
現在の情勢を考えると、援軍を頼んでも様々な理由で遅れる可能性が高く、スート騎士国の面子も傷ついてしまう。
それなら精強で無比の力を持つ騎士団の動員が終わっているのだから、変に足並みを合わせるのではなく今すぐ行動を起こすべきではないかと考えた。
「援軍はいつ来ると思う?」
「それは……」
ロジェリオの質問に家臣も言葉を濁すしかない。
つい最近、人類の防衛線はダークドワーフや巨人悪魔に襲撃されたばかりで、隣国はスート騎士国の企みに気が付いている節がある。
そして最大勢力のリーア聖国は世界の北側で結構な距離があるため、物理的にかなり厳しい。
「よろしい。偵察を行ないつつ援軍もある程度は求めるが、基本は我が騎士団での粉砕を目指す」
「はっ!」
現実と国家の面子の両方がロジェリオの方針を肯定していた。
ちなみにスート騎士国に狙われていた隣国だが、ロジェリオ達は気付かれたかも……程度に思っていた。しかし実際は曖昧な判断ではなく、スート騎士国の明確な動員と国境付近をうろちょろしている偵察隊の存在。ついでに幾つかのスパイ網で、隣国はっきりと自分達を狙っていると判断していた。
故に人類防衛線を構築する国家連合は、スート騎士国へ抗議するための使者を送っている最中だったし、なんなら一部は軍を動員して対抗する準備を整えていた。
「あのぉ……使者を名乗る魔族はどうしましょうか?」
「……」
これで解散! といった雰囲気が流れていたのに家臣の一人がぶち壊した。
混沌や悪の勢力が使者を派遣するのは異例も異例で、秩序に属する者達はそもそも想定していないほどだ。
そして常識的に考えるなら殺すべきなのだが、秩序の慣例では王の言葉を代弁した者を害すると、絶滅戦争を宣言するのに等しく、これまた常識が邪魔してしまう。
「……最低限の保険と保証は必要かと」
「ふーむ……そうだな」
恐る恐る言葉を発する家臣に、ロジェリオも曖昧な表情で頷いた。
混沌と悪に与する勢力でも、中には戦場で捕らえた人質を身代金で解放してくれることはある。それを考えると相手は一応使者を派遣して形式を整えているため、最悪誰かが捕まった場合の保険として、切り殺すのはマズいように思えてくる。
なんのことはない。
結局のところ彼らも、万が一負けた時のことを考えて、自分の命を無意識に守ろうとしているだけの話なのだ。
それを彼らが信奉する神が許すかは……別問題だ。
スート騎士国の貴族達が作り上げた神格が。
◆
森が光った。
夥しい目が動いていた。
森が蠢いた。
数多の体が動いていた。
恐るべき大小様々な外骨格の怪物達が食料を運ぶ。
面子、見栄。それらは満ち足りているから選択肢に入るものだ。
今日死ぬ。明日死ぬといった生活を送っている者には存在しない。
辺境に住む者達は怪物が運んできたものだろうが食べる。
そうでなければ死ぬから。生きていけないから。
蠢く者たちを束ねる集合意識は見たくない。
飢え細った子供が死ぬ様を。
売り飛ばされて故郷に戻れぬ少女など。
子と年寄りを間引かねばらない大人など。
善意の触手があっという間にスート騎士国を絡め取る。
「な、なんだよありゃあ……」
街の城壁で兵士が呟いた。
大型の攻城兵器のような外骨格生物が歩き、軍の主力を構成する二万から三万の兵力もまた、人と昆虫、更には爬虫類を掛け合わせたような存在だ。
腕から生えている剣、棘、鎌。
鋭い毒蛇の牙。肉食獣の牙。肉食魚の牙。
ぎょろぎょろと動いている単眼。複眼。
キチン質の骨格。翼。四足、あるいは二足、個体によっては六足以上。
フワフワと浮いている。地を這っている。歩いている。
なによりも誰よりも、何処よりも醜悪でありながら、人の世の存続を願う軍勢が神に率いられて行軍していた。




