思想伝播
11話に当たる話、新たな地下都市を投稿し忘れてたので差し込んでます!
本当にすいませんでした!
(行商……とは言えないが、あちこちに行くのは昔を思い出すな)
幌馬車に乗っているマテオは馬を走らせながら昔を思い出していた。
(三十代の半ばには持て余していた神器だが、人生何があるか分からない。まさか金稼ぎが卑しいと断じられて、処刑されかけるとは思わなかった)
ほろ苦い顔で青空を見上げ、遠くにある祖国を思う。
実はマテオの乗っている荷馬車と馬は全部ひっくるめて神器で、しかも不可思議な力で荷物をやたらと積み込むことが出来た。そのため彼が行商をやっていた若い頃は、各地で稼ぐための移動手段になっていた。
しかしある程度の纏まった金が手に入ったマテオは、大きな街で店を構えそれなりに上手くやり、神器の馬車にも乗らなくなってしまった。つい最近までは。
おかしくなったのは、金を稼ぐ。大金を得ているのは卑しい。そういった思想が祖国で流行ったせいだ。
(教会も自分たちだけが富を独占したいならそう言えばいい)
原因は明確だった。
アーリー神話体系ではない別の神話勢力の教会曰く、過ぎた金は卑しいものであり、教会が浄化を果たさなければならない。という、あまりにも見え透いた建て前を振りかざして、利益の拡大と独占に動いたのだ。
(いやはや、本当に危なかった。まさか商売敵が神器に覚醒するとは……)
マテオもその騒動に巻き込まれただけならまだよかったが、何度か揉めたことがある人物が神器に覚醒。教会と結託して彼の商店を破壊し財産を奪い去り、最後の仕上げと言わんばかりにマテオと妻を処刑しかけてしまう。
(……それはいいか。命の借りを作った商人が出来上がっただけの話だ)
築き上げた思い出の商店が破壊され、碌に関わったことがない者達がいい気味だと嗤い、末端の司祭が建て前を本気で信じ込み、商売敵が王のように振舞うどうしようもない絶望。
そんな光景をわざわざ思い出したくなかったマテオは首を振り、今現在に焦点を合わせた。
金銭でやり取りをするからこそ、マテオにとって金銭に変えられないものは非常に重い。それが己と妻の命なら、今まで秤に乗せたことがないものになる。
(さて次は……こっちの方が近道だな)
マテオが脳内で大雑把な地図とルートを作り上げると、バキバキと馬車が音を立てて変貌する。
黒と白の馬たちは内側から突き出るような外骨格を纏い、馬車は木材から肉塊に変貌して、幌はなにかの皮をそのまま被せた様な物になる。更に車輪は消え失せて百足のような足になり、悍ましい神器に変わり果てた。
そしてつい最近、神に操作されてマテオと妻を連れ去った馬車は、近道をするため森へ突っ込み、暴走と表現出来るような速度で踏破した。
木の根があろうと馬と百足の足は踏み越え、崖があろうと飛び越え、越えて越えて越え続ける。
「ああマテオさん……!」
「よく来てくださった……!」
「皆さん、お待たせしました」
馬車を元に戻して村に潜り込んだマテオは、村人達からの感謝や一種の信仰を受け取り、そのまま神へ送り込む。
神をしっかり認識していないため微々たるものだが、それでも村々を訪れれば少しずつ溜まっていくし、人口が多い街にだってマテオは潜り込んでいる。
「マテオ導師、神の御意志は……!」
「導師、我らを導いてください……!」
「その時はすぐそこまで近づいています。もう少しの辛抱です」
「おお!」
特に貴族や騎士が我儘に振舞っている街では、マテオの影響力は途轍もないことになっていた。
最初は民たちもマテオの信奉している神に従っているふりをしていれば、飢え死にしなくて済むと軽く考えていたが、複数回に渡って援助を受けるような生活を送っていると、もうマテオ抜きでは生活できないと思い知ることになる。
マテオの語る神が支配してくれれば、勝手な理屈で無礼討ちと言って騎士が剣を抜くこともなくなる。貴族が人を玩具にすることはなくなる。
そういった信仰が生まれ、小さな小さな秘密結社が国の各地に誕生してしまった。
彼の馬車は最大速度で戦闘系の神器持ちには劣る。
だが物資を満載している状態で、長距離の移動速度を維持する性能と、荒れ地の踏破性は最上位に位置していた。
結果、一直線で動き続ける商人が信仰と思想を伝播する。
正直なところ、神が成し遂げようとしていることに熱中はしていない。ただ、商人としてお釣りを工面しているのだ。
「いやあ、働いた働いた」
空間ごと拡張されている荷馬車の荷物を運び終えたマテオは、夜で真っ暗な世界中央の森林地帯を突き進む。
草の影に。木の影に。
川の底に。谷の底に。
あそこにも。ここにも。あっちにも。
ナニカが蠢いているが、全く気にせず馬車は森の最奥に辿り着いた。
「マテオのおっさんかよ」
「マテオさんこんばんわー」
「お疲れ様です。御大将は浴場でしょうかね?」
「時間帯を考えたら多分そうじゃね」
「ねー」
「ありがとうございます。ひょっとしてデートの邪魔をしてしまった感じです?」
「分かってんなら口にすんな」
「やだもー! カール君ったらー!」
「はっはっはっ。いやあ、お若いお若い。それでは自分はこれで失礼しますね」
グロテスクな肉塊が絡みついている木の枝から、二十代にもなっていない若い男女が声をかけた。
「これはこれは麗しき吸血貴、ノーディカ様。今日も一段とお美しい」
「あら、お帰りマテオ。貴方は本当に行動的ね」
「これ以上の丸顔になる前に運動しなければなりませんので」
「愛嬌という点じゃ今がベストね」
「おお、ありがとうございます!」
月夜に照らされている貴婦人が、お茶を飲みながらマテオを出迎える。
「ふーむ……今日は門の像ですか」
「せいかーい! いい感じっしょ!」
「服が風で動かなければ見過ごしてしまうところでした」
「だろー」
地下都市に続く、触手が蠢いている巨大な門。そこに飾られている像の一つに化けていた男と、他愛のないやり取りをする。
そして門を潜った。
「しっかりしろー! 寝るにはまだ早いぞー!」
「ア、アマゾネスって遠慮がない……がくっ」
割れた腹筋を惜しげもなく晒している女に、獅子の頭を持った獣人の男。
「二十手待ってくれ!」
「二十⁉」
大人げない老人に付き合っている若い女。
「数十年後の身長まで背を伸ばす薬を頼む」
「さ、三百年くらいその身長なんですよね?竜人の成長期を考えたら無理かなーと……」
「そんな馬鹿な……!」
やたらと尊大な小さな少女に無茶振りされている白衣の女。
他にも多数の奇抜な人間がワイワイガヤガヤと騒ぎ、賑やかな空間を形成している。
「マテオさん、お疲れ様です」
「おお、ロザリンド様。只今戻りました。御大将は恐らく浴場にいるとお聞きしましたが」
「そうですね。今日は男性陣とご一緒なので、そのまま向かわれても大丈夫ですよ」
「それはタイミングが良かった」
多種多様な人間達の中で、この地の責任者を務めているロザリンドを見つけたマテオは近寄り挨拶をする。
マテオの主は入浴に多少の手伝いが必要なため、浴場で酒を飲むような男連中と駄弁っている日もあれば、ロザリンドを筆頭とした一部の女性陣と一緒に入っていることもあった。
ロザリンドと別れたマテオは地下都市の階段を降りて、シュウイチの湯治場。本日男湯。と書かれた看板を通り過ぎる。
「御大将、戻りました」
「お帰りなさいマテオさん! いやあ、ご苦労様です! あいたたっ」
湯に浸かりながらマテオを出迎えたこの地の主、シュウイチがにこやかな声を発して腰の痛みに呻く。
だが干からび切っていた肌には僅かな艶があった。全身の痛みも何とか耐えきれる範囲に収まっている。
最盛期には全く及ばない。しかし僅かに、ほんのちょっとだけ。かつて宇宙を震撼させた醜悪なる王は力を取り戻しつつあった。
「現地の人たちはどんな感じでした?」
「スート騎士国に関しては、もう頃合いでしょうなあ」
神が信徒に問いかけたというより、世間話をする仲の良いご近所さんのような口調だ。
そして……異なる世界。異なる次元で、絶対に悍ましき文明に渡すな。どこへでも行けて思想伝播に特化しているから、滅茶苦茶になると評される男は、人を安心させるような笑みを浮かべるのだった。




