商人と貧しき者達
前話の後書きで書いた通り、ちょい時間を飛ばしてます。
戦乱が近づいてきていた。それは誰もが肌で感じていることだ。
リーア聖国で行われている……と表現していいのだろうか。統制が取れていない異端狩りは世界に大きな波紋を広げ、あらゆる国家が大きく動くきっかけになった。
スート騎士国と呼ばれる秩序側の勢力も同じだ。
名前の通り強力な騎士団を抱えているこの国では軍備のために重い税が課せられ、何があってもすぐさま動ける体制を整えていた。
尤もこれが全てではない。
元々異様なまでに身分差が激しいこの国では、貴族と騎士階級。それに貧民しかいないと揶揄されていた。
貴族と騎士は自らが特別だと確信して富を費やし、やたらと華美な宮殿。鎧。街を誇りながら、その下では貧しい者達がその日を精一杯暮らしているのだ。
それなのに更なる税を課されたものだから、あちこちの村が限界ギリギリだった。
そんなスート騎士国の辺境。世界の中央に近い寒村。
「よっこいしょ」
四十代後半の男性。肥えている訳ではないが丸顔で、薄く色素のない髪を短く切り揃えた男が馬車から降りる。
瞳の色もはっきりしない程に目は細く笑みを浮かべ、随分と人当たりのよさそうな商人に見える服装をしていた。
「ああ、マテオさんっ……!」
「よくぞまた来てくださった!」
「どうもどうも皆さん。またお会いできて嬉しいです」
男、マテオが村に近寄ると貧しい村人たちが一斉に近寄ってきて、切羽詰まった顔で歓迎する。
彼らがマテオに向ける顔は神に縋る信者に近く、もし人が好さそうな商人風の男が何かを頼めば、すぐさま実行してくれるだろう。
「少ないですが足しにしてください」
「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
マテオがそう言うと、不思議なことに黒と白の馬たちに繋がれたなんの変哲もない幌馬車から、複数の木箱が勝手に転がり落ちて村人たちの前で止まる。
その中には食料がぎっしりと詰め込まれていて、村人たちの生命線になっていた。
ついでに述べるとかなり特殊な魔術が組まれており村人達以外。もっと言えば税を取り立てる者には認識されない特別製だ
「わたくしは、皆でご飯を食べましょう。という平和の神の教えに従っているだけですので、どうかお気になさらず」
「マテオさんが信仰されているのですから、立派な神様なんでしょうなあ」
「いやあ、家内と一緒に溶けた金貨を口に流し込まれる寸前で助けられましてね。頭が上がらないのなんの」
「ははあ。それはまた危なかったですな」
ニコニコ顔のマテオの冗談……に村人は適当な相槌をする。
物質界に神が直接影響を与えないのは寒村でも知っている常識だ。なにせどれだけ祈っても。どれだけお願いしても、神は村人を助けてくれないのだ。
つまりマテオが助けられたと口にしても冗談にしか受け止められない。ないが……。
「平和の神に感謝いたします」
その教えのお陰で命を長らえているのだから、村人たちはその平和の神とやらに祈る。
なんとか子供を売り飛ばさずに済んでいる。老人を山に捨てずに暮らしていける。
それも全て平和の神のお陰ではないか。と。
「それではわたくし、他の村にも行ってきますので」
「はい。本当にありがとうございます」
「いえいえー」
穏やか。にこやか。人に警戒心を抱かせない男は、なにかを要求することなく馬車に乗り込み、次の村に進む。
次の村に。
また次の村に。
そのまた次の村に。
そして今度は小さな街に潜り込んだ。
荘厳な領主の館に反比例して貧しい人々が街を歩く中、マテオは人通りが少ない裏町に馬車を止め、貧しい身なりの者達が木箱を運び出す様子を眺める。
「あんたのおかげでこの小さい街も何とかなってるが……いい加減に本当の目的を教えてくれねえか?」
ここからの顔役なのだろうか。
顔に傷が目立つ中年が廃墟に近い家にマテオを招くと、その人生のせいで善意を全く信じていない故に目的を尋ねた。
「まあ、怪しいのは間違いないんですけど、北側では一二を争うくらいこの国が酷くてですねえ。ちょーっと見てられないくらいでしょ?」
「それはそうだが……」
マテオの言葉に顔役が言葉を濁す。
庶民はただでさえ貧しかったのに重税で更に搾り取られている。ましてや王都から遠い辺境ともなれば、マテオの手助けがなければ目を覆う惨事になっていただろう。
「わたくし共の神は、どうしてもそういった類のことが嫌いなようでしてね」
「だからそれが信じられねえって言ってる」
「はははははは。いや、仰る通り」
「ああ?」
マテオが口を開いた途端に顔役が否定すると、人のよさそうな商人は思わずといった様子で笑い出した。
普通に生きていると、神は自分を助けてくれないとは思っても、疑うまではいかない。しかし色々なことを見るような人生を送ると、神への疑念が積み重なっていくものである。
「ですが神とて沢山いるんです。飢え死にする人々を救いたいという神が一柱いてもいいではないですか。ま、わたくしの方は商人としてきちんと利益をいただきますが」
「最初からそう言え」
いい感じで締めようとしたマテオだったが、顔役が全く信じていないことに苦笑を浮かべると、納得されやすい話をすることにした。
「陣地取りをしてる。とでも言えばいいでしょうか」
「うん?」
「神器使いや上の方々にはよく知られてるんですが、敵対的な信仰の中心地では神器が十全に機能を発揮しないのですよ。ちょっと考えたことはありませんか? 最精鋭の神器使いを揃えて敵国の王都に潜入したら、首脳陣を斬首できるんじゃないかって。実はこれ、さっき言ったのが理由で上手くいかなくて」
「……つまり今現在、この周辺は」
「我が神寄りになっている陣地ですな」
軽い調子で話し始めたマテオとは正反対に、顔役の口が乾いていく。
それが意味することは、神器使いによる激突が含まれている戦争だ。
「……それを俺に言うってことは」
「単純にもうどうしようもない段階であることと、周辺を支配下に置いた後に協力してくれる人がいると嬉しいのです」
「ああ? 協力だって?」
「逆らう奴は皆殺しだー。とか思われると、うちの神様は普通に傷つくと思うので勘弁してあげてください」
戦争という秘中の秘を漏らされた顔役は、協力という単語に戸惑った。
勝者とは弱者を縛り、命じ、反すれば皆殺しにする者を言う。ましてや異なる教えを信じている国を、どうして神が許すのだ。
「これは直接体験される方が早いですなあ。ははははは」
マテオが朗らかに笑う。
その服の下では戦争と平和の神の信徒を表す、dの形に似た装飾品が揺れていた。
サラエボ事件直後のドミノ倒し(*'ω'*)
煮ても焼いても食えそうにない商人が肉落ちしてるだなんて。ふふ(*'ω'*)




