肉落ち傭兵
「……妙だ」
「ああ。集落はこれで三つ目なのに誰もいない」
「それなのに最近まで生活していた痕跡がある」
カスパーを筆頭とした五人の聖騎士。否、元聖騎士は訝しい状況に直面していた。
彼らの思惑通り、異端者の集落を複数個所見つけたのにもぬけの殻だったのだ。
これが野生生物や人間同士の争いで壊滅したなら、破壊の痕跡があってしかるべきなのに、ある日突然消え失せたかのようで、元聖騎士たちを困惑させていた。
「この地の野生生物は強い……異端者たちが一か所に集結して身を寄せ合ってるのか?」
「恐らくそうだろう」
「ああ。同意する」
カスパーが非常に簡単な推測をした。
身を守るために群れるのは種族を問わない行動だし、この地の野生生物が凶暴なことも合わさると、小さな集落が統合するのはそれ程妙な話ではないだろう。
「思ったよりも楽になりそうだが……」
カスパーの語尾が少々弱くなる。
普通に考えると、ゴミが一か所に纏まっているのは素晴らしいことだが、元聖騎士たちは少々事情が異なった。
様々な試練を潜り抜けてこそ、神への忠誠と信仰を示せると思っていたカスパーからすれば、纏まっているゴミを焼却するのは容易い作業になってしまい、とてもではないが使命を果たしているとは言い難いのだ。
「森が終われば南下して背徳者たちを狩ろう」
「そうだな。そうしよう」
仲間の提案にカスパーは力強く頷いた。
敵地のど真ん中。悪が支配する領域で異端者を狩り浄化を果たしたなら、神は多少なりとも認めてくださる。神器持ちを殺したらこれ以上ない。
そういった考えを持った元聖騎士たちは南下のついでに、一か所に集まっているだろう異端者たちを探すことにした。
「しかしこの動物共はどうにかならないのか」
うんざりとしたカスパーの声に仲間達が頷いて同意する。
ずかずかと森を進んでいる彼らは、野生生物の縄張りを荒らしまわっているに等しく、既に何度も襲撃を受けていた。
「ガアアアアアアアアアア!」
その中の一匹。
正気を失った狼男のような赤苔が、大口を開けて元聖騎士たちを肉塊にするため突撃する。
常人を遥かに超えた脚力。膂力。なにより殺傷力。
これを受けて人種が無事で済むはずがない。
「はあ……」
野生生物に全く興味がないカスパーの大きな溜息が吐かれるのと、大きな破裂音は同時だった。
剣すら抜いていないカスパーの右拳が、赤苔の胸郭にめり込むと、そのまま心臓もまとめて潰し一撃で屠る。
その衝撃は恐ろしいもので、手足が前に突き出される形で赤苔の体は吹き飛び、胸には大きな穴が開いている程だ。
「獣如きが」
カスパーが短く吐き捨てる。
聖騎士が想定しているのは超常の悪魔であり、異端の神器持ちだ。
この地の頂点捕食者だろうが野生生物など下の下で、聖騎士の敵と認識もされなかった。
「これもまた試練か……」
練り上げに練り上げた武と信仰を活かす機会が訪れず祖国を出奔したのに、最初の相手が獣なのは悲しいが、それも神の与える試練だと思ったカスパーたちは歩み続ける。
尤も彼らに嘆く資格はなく、あるとすればリーア聖国の指導者達だろう。
百人の兵士に匹敵すると謳われ、場合によってはその通りの活躍ができる聖騎士は、一人を育成するのに莫大なコストが費やされているし、聖句が刻まれた剣と鎧は限られた職人と司祭の手によるものだ。
それが来るべき日まで我慢できず、カスパーを含めた五名が離脱したのだから、彼らに呪詛を送っても咎められないだろう。
さて、そんな彼らが……。
「っ!」
輝く剣を抜き放って木を駆け上がった。
言葉通りだ。手でよじ登るのではなく、超人そのものの動きで平地で走るかのように木を駆け上がり、五つの刃が振るわれる。
「……なんだこいつは?」
「生物……ではあるが……」
「悪魔……違うな。物質界に存在している」
「この地にいる固有の種だろうか?」
「それにしてはおぞましいが……」
ドサリと地面に落下した物を見た聖騎士達は口々に疑問を漏らす。
暗褐色の外骨格。平均的な人種を超えた巨躯。浮き出た肋骨や至る所の生体的装甲。両手と頭をカスパーたちの刃で断たれたことで、噴き出る赤黒い血液。
つまりは先触れに気が付きあっという間に打倒したカスパーたちは、知識に全く当て嵌まらない存在を見て大いに困惑してしまう。
「……これこそが神のお導きなのでは?」
カスパーの言葉に仲間達がハッとする。
信仰とは人を愚かで考え無しにする術なのだろうか。
勝手に国から出奔した彼らの頭の中では、今この地に自分たちがいるのは、この醜い生物を調べて対処しろと、神からの神託を受けたのだと変換されていた。
……。
彼らに不幸があるとするなら、先触れの生命力を知らなかったことだ。
四肢と頭を切断されているにも拘らず、瀕死どころか普通に生命活動を続行できる先触れは、死んだふりをして情報を主に送り続ける程度の知能がある。
ついでに述べるとカスパーたちは、先触れの主を害した怨敵。アーリー神話体系の臭いをぷんぷんさせているときたものだ。
駆ける。
蠢く。
周囲で活動していた先触れ達が木々を飛び回り、地を這い、草を掻き分けて走る。
だがそれよりも。
更に更に速かった。
「いよっと」
軽い掛け声と共に、男が大きな跳躍から着地してカスパーたちの前に辿り着く。
くすんだ赤毛に無精髭。ブラウンの瞳。最低限の急所しか守っていない革鎧。そしてどこか余裕を感じさせる自然体な表情。
「こいつ……ラーオーンのニールか!」
「異端に死を!」
「異教徒死すべし!」
「そう言えるお前さんらはリーアの関係者……聖騎士ってやつか?」
先触れを切り刻んだときとは比べ物にならない緊張が聖騎士を襲う。
ラーオーンの傭兵ニールは、聖騎士たちにとって一応の仮想敵とも呼べる存在だ。
なにせ南側の領域で二十年近く活動している、戦闘特化の神器持ちともなれば、当然リーア聖国にも人相書きが出回っている。
そのため詳しい戦績や戦闘スタイルも調べられているが、流石にこんな森の中で出くわすのは想定外といっていい。
余談だが“一応”の仮想敵として定められている理由は、リーア聖国の仮想敵筆頭が近隣諸国。つまり秩序側に属する神器持ちこそが、最大の標的だからである。
一方、ニールから見ても得られる情報は多い。
アーリー神話体系の臭い。どう見ても特注の鎧と剣。鍛え抜かれた肉体。更に北側の人間なのに、自分の人相と所属を知っている情報収集能力。そして人間種。
これからか導き出されるのは、噂だけ聞いたことがあるリーア聖国の最精鋭、聖騎士である可能性が最も高かった。
ただ、ニールには他にもはっきりさせておかなければならない事柄がある。
「暴走した馬鹿の独断かい? アーリー神様もアホの面倒は見切れんと放り捨てたらしい」
「貴様ああああああああああああああ!」
(その反応が見たかった)
皮肉気な笑みを浮かべたニールが挑発すると、神に関しての事柄に脊髄反射しか出来ないカスパーたちが激昂する。
だが嘲笑しているニールの表情の下はどこまでも冷徹だった。
聖騎士やリーア聖国が組織的に動いているにしては明らかに小規模で、怨敵である醜悪王を討伐。または調査をするためなら国家の総力を挙げている筈なのだ。
そして伝え聞く聖騎士ならあらゆる状況に対応できるだろうが、それでも森を調査するには数が足りていなさすぎる。
推測としては聖騎士すらも使い捨ての駒に出来る程、リーア聖国が強力になっている。もしくはアホが独断で南下し、異端者狩りをしようとしていることが考えられた。
答えは前線で様々な敵と戦ってきたニールでさえ騙せる演技の天才でもない限り……後者だ。
「異端者を殺せええええ!」
交渉の余地は元々ないのだ。
憤怒の形相でカスパーたちが迫ると同時に、ニールは軽く腕を振るような動作で神器を展開した。
刺々しい見た目で、刃すらも黒一色の槍。長さはニールの身長とそう変わらず、今まで数々の強敵を貫いてきたものだ。
槍がぐにゃりと蠢いた。
刃は生物的な針のようなものに変わり、槍のあちこちから外骨格の生物的な脚が突き出て蠢き始める。
その矛先。否、針先をニールが地面に突き刺すと更なる冒涜が起こった。
「っ⁉」
地面が弾けると、悍ましい生物が十数体現れカスパーたちに殺到した。
一応は人型。
黒い甲冑のような外骨格の装甲。
逞しい脚。
鋭い鋏になっている手。
更には撓る尾の先端の毒針。
なにより蠍の如き頭部。
「邪教徒め!」
カスパーたちが罵るのは無理もない。
それほど大柄ではなく、通常の人種とそう変わらない大きさだが、それでも蠍を無理矢理人型にしたような生物に嫌悪感を抱かない者はいないだろう。
『ギギャアアアアアアア!』
ニールの希望で、雇われ蠍と名付けられた者達が奇声を発し、正気のない怪物そのものの姿でカスパーたちを屠るために突撃する。
「けだものめ!」
それを聖騎士は迎撃するために輝く剣を振り下ろし……血の気が引いた。
雇われ蠍があと一歩踏み出していれば斬り捨てていた筈の間合い。その直前で雇われ蠍が足を止めているのはなぜ?
先程まで発していた奇声が止まっているのはなぜ?
正気を失っていた獣の如き姿から、冷徹な戦士のような雰囲気に一変しているのはなぜ?
答えは簡単。
騎士とは違い傭兵とは生き汚く、利用できるものならなんでも利用して、契約を果たす者だからだ。
相手が騙されてくれるなら、理性のない獣の真似くらいはするだろう。
「きょっ⁉」
「ジャーーーーック⁉」
急停止から一瞬で急加速した雇われ蠍の鋏が、剣を振り下ろして死に体になった男の顔を挟み込んで潰してしまう。
周囲に響くのは奇妙な断末魔を発した聖騎士の声と、仲間の名を呼ぶ声だけだ。
「おのれええええええ!」
聖なる力を全開にした聖騎士の一人が、渾身の力で剣を振り下ろす。
リーア聖国が誇る鍛冶師達が生み出した剣を、修練を積み重ねた聖騎士が振り下ろすのだから、事実として雇われ蠍の外骨格を切断できる一撃だった。
雇われ蠍に技術がなければの話である。
「そんな馬鹿な⁉」
聖騎士が戦いの最中に驚くのは無理もない。
幾ら戦士としての雰囲気を雇われ蠍が醸し出しているとはいえ、それでも若干ながら丸みを帯びた鋏で剣を受け流し、間合いを取って仕切り直す姿は歴戦の戦士そのものだ。
「我々は聖騎士なのだぞ⁉ こんな獣如きが……!」
同等という言葉を何とか飲み込む。
幼き日より才能があると見込まれ、同じ志を持つ者達と切磋琢磨し、そして異端と悪の神器持ちを狩るための最高戦力、聖騎士に任命されたのに、悍ましい化け物が同等の技量を持つなど断じて認める訳にはいかなかった……が事実だ。
雇われ蠍が相手の技量に合わせた能力に変化をするのではなく、単に元々の実力が聖騎士と同等なのである。
しかも一人が減って四人になった聖騎士と、十数体は蠢いている雇われ蠍の戦力差は軽く三倍以上。
そして傭兵に一対一の正々堂々などという単語は存在しない。
「くそっ!」
聖騎士は囲まれ、あらゆるものに警戒した。
これ見よがしに撓っている雇われ蠍の尾からは、どう考えても毒液しかありえないものが滴っているし、両手の鋏を注意して、なんなら人体を容易く砕けそうな脚も見定める必要がある。
尤も本命は雇われ蠍ではない。
ニールの仕事は多い。
アーリー神話体系を信奉している者達の目的を探り、雇われ蠍の軽いテストをすること。
そしてここ2,3年は実戦から遠ざかり、神器も変貌している自分の確認だ。
馬鹿げた速度の……。
息子を背負っていない、完全戦闘状態のニールが槍を構えて突っ込んだ
神器持ちを想定した聖騎士?
北側の温いいざこざで争う神器持ちと、南で戦う者を一緒にするべきではない。
弱ければ死ぬ。勝たなければ稼げない。生き残れない。
ましてや真っ先に狙われ、最大勢力として扱われ、どんな死地だろうが投入される傭兵こそがニールだ。
天才とは言い難い。
最強ではない。
至高には程遠い。
主の神は最盛期に全く及ばない。
だが二十年近くを戦い続けた戦闘特化の神器持ちに、物質界で活動している戦神の恩寵が与えられているのだから……。
下手をすれば飛翔する弓矢よりも速い槍が、正確に聖騎士の喉を刺し貫いた。
残り三人。
否、二人。
伸びた槍は喉に留まらず、上方向へと軌道を変え奥にいた聖騎士の頭蓋に直撃。鋭さと異様な膂力が合わさって粉砕し、脳を森にぶちまける。
「お、おおおおおおおおおおお!」
「せやああああああああ!」
瞬く間に仲間を殺されたカスパーと、残った聖騎士が剣を振るう。
生存本能に従った生涯最高の一撃。一閃。
「っ⁉」
それはニールが槍を引き、盾とされた仲間で鈍る。
冷静に見れば喉に槍を突き刺された聖騎士は助からない。
だが苦楽を共にした仲間の命を割り切り、そして自らの一撃が止めになっても敵に切りかかれる存在がどれほどいるだろうか。
その躊躇。一瞬があれば十分過ぎた。
ニールは盾となった聖騎士を蹴りカスパーの方に放り出すと、やはり異常な速度で槍を構え、もう片方の聖騎士を即座に始末した。
「ひ、卑怯な!」
カスパーの絶叫にニールは失笑することもない。
女子供を盾にしたならともかく、先程まで戦っていた男を利用して何が悪いと言うのか。
最低限度の人としてのルールの中で戦い、生きて契約を全うし、金を稼ぎ家へ帰る。それが傭兵の全てだ。
再び放たれたニールの一撃は、呆気なくカスパーの頭部を粉砕した。
カスパーの名が歴史に轟くことはない。
ニールを苦戦させることも無理だ。
神の偉業を見ることも叶わない。
叫べば、夢を抱けば、妄信すれば活躍できると思うのは子供の夢に等しい。
「まあ、神器持ちでもなければこんなものか」
聖騎士一人一人の思い。カスパーの名すらも知らないニールが傭兵としての仕事を果たした。それだけの話なのだ。
歴史と文明において殆ど全てがそうであるように、五人が消え去るように命を落としたのであった。
◆
雇われ蠍
このユニットは戦闘力を偽装する。
このユニットは戦闘技量を持つユニットにボーナスを得る。
このユニットは毒耐性のないユニットにボーナスを得る。
このユニットは知性を持つユニットにボーナスを得る。
‐人がやられて嫌なことを理解している化け物なんて最悪だ‐




