人と神
「神よありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「いえいえー。どうかお気になさらず」
何度目かも分からない感謝の言葉が親子の口から発せられ、腰痛で呻きそうな神がその感謝を受け取る。
さて、息子であるアランが元気になって、ニールの物語はめでたしめでたし。
と言う訳にはいかない。
なにせ元々いたラーオーンが退廃と放蕩の思想を広めているため、どう考えても息子の教育環境として最悪なのだ。
ついでに述べると、秩序・善側陣営がきな臭いことを傭兵の伝手で知っている上に、シュウイチとの契約が存在するため、奇妙な神の本拠地に乗り込むことになった。
「あ、シュウイチ兄ちゃんだー」
「神様、また腰やったの?」
「僕、腰は痛めないようにするー」
「子供達に神様としての神託を伝えます。腰です。腰を労わるのです。ぐっきりいったら泣き叫ぶ羽目になりますよ」
あちこちにグロテスクな肉塊が張り巡らされている森を抜けると、子供達がシュウイチに群がって労わり始めた。
シュウイチが超重度のぎっくり腰を患っているのは、悍ましき文明に所属しているなら幼子でも知っている常識だ。
勿論この光景にニールは、深淵や宇宙を覗き込んだときのようにポカンとしたが、子供の好奇心は彼にも向けられた。
「この人たちはー?」
「だれー?」
「兄ちゃんのお客さんだねー。チビッ子部隊に通達、なにか分からないことがありそうだったら教えてあげるのだ!」
「了解!」
「はーい!」
干からびたミイラの神格が恐ろしい外骨格の化け物を連れて、子供達と普通の会話をしている。
そう言われたらどんな人間でも首を傾げるだろうが、ニールとアランの親子は実際に体験する羽目になった。
(考えない方がいいような気がしてきた……)
奇妙な文明と指導者に、ニールは思考を放棄した。
基本的に物質界では姿を保てない神格が、定命の子供と話している光景は世界の常識をぶち壊すものだ。
更に子供の側にも全く遠慮がなく、神の側もそれを当然のものと受け止めているのだから、ニールの理解を完全に超えてしまっていた。
「あ、また腰が逝った。すんません。湯治するんで案内はロザリンドさんっていう、ここの責任者の女性にお願いしときます。ぐすん。腰痛の馬鹿」
「は、はあ。分かりました」
突然、シュウイチの声が震え始めると輿の上で横になった。
どうやら自己申告通りまた腰に致命的な痛みが生じたようで、べそをかきながら世界に蔓延る腰痛という概念を呪い始めた。
「それで契約なんですけど、面倒な外敵を排除する感じで構いません?」
「全く問題ありません」
「期日とか報酬の契約内容は後で詰めましょう。近くで砂金が流れる川もあったんで、とりあえずお渡しする物には困らないです。ニールさんのお覚悟は知ってますけど、流石に無期限無報酬は外聞が悪いなんてもんじゃないんで勘弁してください」
「あー、その、はい。分かりました」
最後に大事なことをシュウイチが付け足すと、ニールの困惑はさらに深まった。
言葉通り全てを投げだすつもりで契約した彼だったが、シュウイチにすればそれほど対価が必要なものではなかった。
それ故に最近、悪神の信奉者という妙な者達が近寄ったため、戦闘に特化しているらしいニールに、期間限定で外敵の排除をお願いすることにしたのだ。
「あ、ロザリンドさんがこっちに来てる。彼女が案内してくれますので、ゆっくりしていってください。ロザリンドさん、後はお願いねー」
「はいシュウイチ様」
ロザリンドに後を託したシュウイチは輿に乗り、地下都市内に急遽作られた小さな浴場に向かう。
(変な感じだ。強いが強くない……加護か)
一方、残されたニールはロザリンドの美貌に惑わされずに、奇妙な直感を抱いていた。
強力な神器使いとも交戦して生き延びたニールは、自分の直感を信じることが多い。その直感に身を委ねると、目の前の絶世の美女は強くない筈なのに、間違いなく強いという矛盾を抱えているように思えた。
ニールはこれを、神から強力な加護を与えられているから、妙にちぐはぐなことになっていると解釈して見事に正解した。
「この地の責任者を任されていますロザリンドです。よろしくお願いします」
「ニールです。よろしくお願いします。こっちは息子のアランになります」
「は、初めまして。アランです」
ロザリンドが微笑み、アランに子供への慈しみの表情を浮かべる。
秩序・善側が信仰している地母神よりよっぽど慈愛に溢れているロザリンドは、ドワーフと人間の種族が違っても善良な子供なら褒め、悪ガキならしかりつけることが出来る女だった。
「それではご案内しますね」
ロザリンドの先導でニールとアランは、邪なる神が支配する地下都市に足を踏み入れ……。
(やっぱ深く考えるのは止めておくか……)
奇妙な文明に達観することになる。
◆
「ま、マジでいてーーー……!」
親子が地下都市を歩いている最中、シュウイチは宣言した通り湯治を行なっていた。
かつて太古のドワーフが設置していた、入浴施設をなんとか復旧させて公共浴場にした小さな小さな文明の主は、少年達に外で日向ぼっこしているか、風呂に入っているかのどちらかだと思われる程度に湯治をしている。
(神の連中、しぶといと言うべきか、それとも思いのほか重症と言うべきか……まあ、俺もなんだけど)
ゆっくり温まっているシュウイチは、ロザリンドたちから聞いた情報を脳内で整理する。
ひょっとしたら敵対した神の生き残りがいるかもしれないと思っていたシュウイチは、半死半生な神の復活を企む勢力や、今現在も活動している様々な神格の存在を知り排除を企んでいた。
(単に人の信仰心に寄生して、無理矢理心臓を動かしてるってだけなら放置なんだが、復活したらまーた粛清を企むに決まってる)
瀕死の神が復活すれば、定命の信仰心で生き長らえていた事実を無かったことにするという確信がシュウイチにはあった。
そして立ち位置的にも思考的にも定命と同じシュウイチは、神が権能を振るって全ての命を絶やそうとするのなら、それをなんとしてでも阻止するつもりだった。
(でも人は俺の話を聞いてくれそうにないんだよなあ……どうしたもんか。あーあったかい)
思わずシュウイチが苦笑しそうになる。
彼は自らの醜悪な体を自覚しているし、ロザリンドが申し訳なさそうに話したこの世界の共通認識。つまり、彼方から害悪神が星を滅ぼそうと飛来して、この地の神々がそれを守ったという伝承が強く信仰されている以上は、誰も外の神の言葉に耳を傾けてはくれないだろう。
(まあ、神からすれば俺の頭がイッてるのは客観的事実だ)
再び苦笑が漏れそうになる。
広い宇宙で醜悪王の名は狂神や壊れきった神の代名詞だ。
不変の身でありながら、定命の側に立ち続けるのは異常の一言で、まともに他の神格と話が通じたのは、片手で足りる程度しかない。
それを考えると不変の世界において、シュウイチはどこまでも悪であり、醜悪なる者達の王なのだ。
(アーリー神話体系の息の根を止める。悪神共を壊滅させて邪教を根絶する。両方を成し遂げるには外に出る必要があるな)
話をややこしくしているのは、善悪両方の神が最終的に定命を滅ぼそうとしている点だ。
これが言葉通りの善なら協力できたし、定命の馬鹿騒ぎを愛おしんでずっと見ていたいという悪神がいるなら利害を一致させることが出来た。
だが現実では、シュウイチだけが様々な種の存続を願っているため、全方位の神格と殺し合いを演じる必要があった。
「失礼いたします」
どれほど悩んでいただろうか。
シュウイチはそれほど大きくない浴場に響いた、柔らかな声で意識を現実に戻す。
見るとそこには、髪を結って身を清めたロザリンドがいて、湯に浸かるため移動しているところだった。
「ニールさんとアラン君は驚いてたかな?」
「はい。それはもう」
「だよねえ」
実はぷかぷか浮いていたシュウイチの頭が、浴場の端にぶつかる前にロザリンドが胸にかき抱く。
最盛期の古代ドワーフが築いた最大拠点でもある地下都市は、ニールとアランの想像を遥かに超えるものだった。
しかもあちらこちらで肉塊や先触れが蠢いているのに、住人は当然のことと思っているものだから、余計におかしな場所になっていた。
「ところで今現在の状況は、色々とマズいような気が……」
「そんなことはないと思います」
「あ、はい」
既に同じ様なやり取りを数度繰り返しているシュウイチは、またしてもロザリンドに丸め込まれた。
シュウイチに言わせればこんなへっぽこ神のどこがいいのかねえ……と、首を傾げるしかないが、彼が思っているよりもずっと、ロザリンドはその歩んだ歴史を見ている。
だから浴場でぷかぷか浮いている神が寂しがり屋なことも、今の状況を照れながらも嬉しがっていることをお見通しだった。
「じゃあ暫くこうしていようか」
「はい。シュウイチ様」
男女の声が浴場に響く。
悍ましき文明は少しずつ。少しずつその勢力を広げ、何より神の力を取り戻していった。




