こういうのでいいんだよ
「起きてるなアラン?」
「うん。お父さん」
ニールが息子を厚着させて背負い、下手をすれば馬とそう変わらない速度をニールが叩き出しているのは、身に宿している神器のお陰だ。
しかも数々の戦場を潜り抜けたことで、神器所持者として完成しているニールの身体能力は、超人と呼べる者達の中でも最上位に位置している。
(頼むから何とかなってくれよ……!)
そんなニールとて、禁忌の地である世界中央にいる神格がまともだとは思っていなかった。
しかし前にも述べた通り、契約した神の加護が無ければアランはこの強行移動に耐えられないどころか、そのまま病で死んでしまうだろう。
だから僅かな望みに縋り、必死に足を動かし続けた。
(全部上手くいったら……その時に考えればいい)
もう一つ懸念があるとすれば、ニールと謎の神の間で成立した契約だ。
なんでもするという、有り金の全てを捧げるような契約内容で神が応えた以上は、傭兵としても反することは出来ないが、相手の望みがさっぱり分からないため不安が募った。
『なんかすげえ速いっすね。え? 思ったより名のある人だったりします?』
「自分のことを知っているから契約が成立したのでは?」
『いやあ、無垢と幼きを殺めてない限りは、基本的に対応してるもんでしてね。ぶっちゃけると呼ばれたから応じただけなんですよ』
「……?」
走っている最中も神器を介して聞こえてくる声に、ニールは軽い戸惑いを抱いた。
ラーオーン周辺でのニールは中々高名で、神が直接介入してもそれほど驚かれないだろう。だが謎の神格の言葉を信じるなら、ニールの利用価値を見出す前に助けていることになる。
これは神の行いとしては酷く不自然で、定命が行う単純な親切のようだ。
「あの……神様は……どういう神様なんでしょうか?」
『戦争と平和を司る……ってことになってるへっぽこ神だねー。感性が人間と変わらないから、かなり特殊な立ち位置にいるんだ』
アランも疑問を覚えたらしく恐る恐る尋ねた。
実際、定命と普通に会話をする神格は特殊も特殊で、大抵は言いたいことだけを言い捨てる神ばかりだ。そのため神器持ちでもないアランの問いに答える神は、あり得ないと言い切っていい程だった。
『あ、そこです。そこの川から上流に行ってもらうと、うちの眷属を案内係にしてるんで付いて行ってください。ちょーっと見た目がおっかないんですけど、歓迎の看板を持たせてるんですぐ分かると思います』
ニールは驚くべき速度を維持したまま、言われた通りに河原を疾駆する。
走って、走って、走り続ける。
すると……。
(あ、あれかあ……)
思わずニールの体から力が抜けそうになってしまう。
暗褐色の外骨格で構成された悍ましい生物が、事前の説明通り歓迎と書かれた看板を手にしている光景は中々にシュールで、一瞬だけ彼は夢を見ているのではと錯覚してしまった。
『本当はもっと森の浅いところで合流してから、崖なんかを運んでもらおうと思ったんですけど、ニールさんが思った以上に早く到着されちゃって。彼が案内しますけど、それほど遠くじゃありませんね』
(これは……思った以上に妙なことになってるかもしれん)
能天気な声を聞いたニールは、頭を掻きたい衝動に駆られた。
神器持ちの傭兵として様々な敵と戦ってきたニールでも知らない、外骨格の怪物が禁じられた地で蠢いている。しかもどうやらそれを支配している神格もいるとなれば、定命の想像を超える事態が起こっている可能性が高かった。
尤もなにかしらが起こっていようと、アランを助けるためなら全てどうでもいい話だ。
それから暫く。
案内役に先導されたニールが駆け続けると、輿を担いでいる同じ種類の怪物達に出くわした。
それに乗っている親玉ともだ。
「こ、腰が……あ、お疲れ様ですー。戦争と平和の神を一応やってるシュウイチですー」
干からびたミイラ、シュウイチが気さくに挨拶をした。
悪神と断言するには邪悪な気配がなく、さりとて善神と呼ぶには恐ろしい外見だったが、声がやたらと穏やかで、行動は腰痛を堪えている定命とそう変わらない。
「ちゃちゃっと用件を終わらせた方が安心しますよね。事前の説明通り息子さんの内臓があちこち駄目になってるので、新しくしちゃいましょう。痛くもありませんし、すぐ終わりますよー」
神に関する知識が全く当て嵌まらないシュウイチが輿から降りると、妙な取引をせずニールとアランに視線を送る。
その声音は本当に気楽なもので、単なる雑談の延長のように感じるだろう。
「それで息子は……健康になるのですね?」
「あくまで通常の人間の範疇ですけどね。酒を飲み過ぎて体調が……みたいなのは普通に起こるので、バランスのいい食事と睡眠を心掛けてください」
「は、はあ……」
「と言う訳でアラン君、手早く終わらしちゃおう」
縋っているニールにシュウイチは、敢えて能天気な声を返し続ける。
変に緊張させるのはよくないし、弱り切っているとはいえ定命の内臓を新しいものに置き換える程度は、腕を動かすくらいの労力でしかないのだ。
「アラン……」
「うん」
選択肢がない父の背から、もう死んでいるようなものだと思っている少年が降りる。
「はーい。それじゃあ服を上げてくださーい。深呼吸。吸ってー。はいてー。吸ってー。はいてー」
シュウイチがアランの腹部に手を当てると、彼らの周囲を幻想的な光が舞う。
暖かく、神聖で、周囲を柔らかく照らすような光は……単なる演出だった。
別にこのようなものがなくても、シュウイチの掌から流れる力はアランの内臓を瞬く間に新たなものへ置き換えているのだが、演出が乏しいと当人の実感が湧かないことをへっぽこ戦神は長い経験で知っている。
そして、よく分からないうちに治ったと思うより、神様の神聖パワーで治ったと思った方が予後もいいため、単なるノリとは言い難かった。
「お、おおお……!」
「わあ……!」
実際、暖かな光がアランに収束していく光景は、ニールとアランに大きな希望を抱かせた。
流石は自称、気遣いの男シュウちゃんである。
「はい終了ー。治った途端に興奮して無理するのはよくある話だから、今日はゆっくりしましょう」
「ア、アランどうだ⁉」
「お、お父さん! なんか……凄い!」
「お、お、おおおおおお!」
「ぐすっ」
光が収まった途端、ニールはアランに駆け寄ると、上手く言葉に出来ていない息子を抱きしめ、親子は涙を流し始める。
青空の向こう。宙の彼方にいる兄弟姉妹に向けて親指を上げたシュウイチは、こういうのでいいんだよ。こういうので。という意思を込めサムズアップした。




