とある親子
ラーオーンが退廃国家と呼ばれるようになったのは何時からだっただろうか。
世界の南側。つまり混沌や暗黒に与するこの国家は、それに相応しく周辺各国との争いを繰り返し、弱肉強食の掟に従っていた。
「……」
無言で歩く四十代前半の男も傭兵として戦い続け、ラーオーンの黒獅子と称えられたこともあった。
だが、くすんだ赤毛に無精髭。疲れ切ったようなブラウンの瞳にかつての覇気はなく、顔の皺には苦悩が刻まれていた。
名をニール。
変貌しつつある国家に対応できない、不器用な傭兵だ。
「きゃははは!」
「わはははは!」
扇情的な服を纏った女達と、薄着な男達の笑い声が響いてもニールの表情は変わらないが、かつては屈強な傭兵達が集い、周辺各国を畏れさせた武力国家ラーオーンは変わり果てた。
武力だけでは限界があると考えた指導者たちが、享楽や放蕩を司る神を奉じて隣国を吸収しようと画策。それが上手くいきすぎ、酒池肉林の思想で隣国を染め上げることに成功したラーオーンは、仮想敵国が消滅してしまった。
そうなると当然、ラーオーンはリソースを軍から思想伝播に振り分けてしまい、多くの傭兵が契約を打ち切られることになる。
「ふう……」
溜息を吐くニールは神器を所持しているため契約は切られなかったが、それでも最盛期の収入に比べると微々たるものだ。
そして通常の傭兵なら他の国に移住するだろうが、ニールは二つの理由で不可能だった。
一つは、活躍に相応しい恨みを買っているため、余所で雇ってもらおうとするならかなり長距離を移動する必要があること。
そしてもう一つは……。
「帰った」
「ごほっ。お帰りなさいお父さん」
「薬は飲んだか?」
「うん」
病弱な息子が、長旅に耐えられる可能性が限りなく低いことだ。
アランと名付けられた息子は十歳を僅かに超えたばかりで、髪や瞳の色は父と同じだが皮膚は青白い。それに顔には生気が無く、服の下は肋骨が浮き上がっているような少年だった。
(何が神器だ! 役に立たねえ!)
ニールはあと何年生きられるか分からない息子を助けられない。
傭兵として最前線で戦ったニールの神器は槍で、癒しの力を齎すものではない。それに国も戦争をしなくなったため、ニールへの給金をかなり渋っており、この親子は先が無い袋小路にいた。
「ごめんねお父さん……」
「どうした?」
「僕が……僕がこんなのだから……」
「馬鹿言ってんじゃねえ。そんなこと考えてると余計に具合が悪くなるだけだ」
「でも……」
「それ以上言うとはたくぞ」
アランが暗い顔で呟くと、ニールが親としての怒気を見せる。
なるほど、無慈悲な客観視をすると確かにアランが動けないことで、ニールの選択肢は潰れている。
だが親であるニールは確かな愛情を持っており、自分を卑下する息子を叱った。
アランの母は病弱な息子と、稼ぎの悪くなったアランを見限って出て行った女だが、この少年にとって幸いだったのは父の感性がかなりまともだったことだろう。
傭兵として各地を転戦しつつも血に酔うこともなく、あくまで最古の職業をしているという自己認識が崩れていないニールだからこそ、なんとか父らしい行動を出来ていた。
しかし、国の方針とニールの望みはどこまでもすれ違う。
「契約を解除するだと⁉」
国の王城に呼ばれたニールが役人に怒髪天を衝く形相で怒鳴る。
「お前の功績は素晴らしいが、上の者達は今の情勢で高い契約金を支払う必要性を感じていない」
「馬鹿な遊びで脳みそまで腐っちまったのか⁉ 」
この役人の言葉が全てだった。
先程も述べたが思想で隣国を染め上げているラーオーンは仮想敵が消失しているため、ニールの価値が激減している状態だ。
しかしながらニールはかなり長期の契約を結んでいて、ラーオーンは本来ならきちんと契約通りの金を払う必要がある。
それに反して契約金を出し渋っている以上、非は国家にあるのだが、頭が退廃と放蕩に毒されている役人たちにはまともな思考力が欠落していた。
結局、ニールは殆ど脅迫のような交渉を行なったが意味はなく、国との契約を無理矢理打ち切られることになった。
「くそったれ!」
ニールが悪態を吐いても意味はない。
普通の傭兵なら国を変えるし、安定した生活を求めるなら兵士になるだろう。
だが息子であるアランの薬代は単なる兵士の給金では賄えないため、簡潔に述べるとこの親子は完全に詰んだ。
何処へも行けない。金を稼げない。それなのにアランの病気は治らない。
最早、その時が来るのを待つしかなかった。
そして、その時はニールが思っていたよりもずっと早くやって来た。
「ごほっ⁉」
「アラン⁉」
抑えきれない怒りと絶望を宿していたニールが家に戻った途端、せき込んだアランの口から少なくない量の血が吐き出される。
しかもアランの顔には明らかな死相が浮かんでいて、もう少年に残された時間がないことは明らかだ。
「しっかりしろアラン! 薬は⁉ 薬は飲んだのか⁉」
「ごぼっ⁉ ごほっ!」
ニールが慌て、アランが何とか最後の言葉を残そうとするが、こみ上げてくる血のせいで上手く話すことが出来ない。
「神様! いや、誰だっていい! 俺がなんでもするから息子だけは助けてくれ!」
ニールは今にも命が尽きそうな息子を救えるのなら、なにもかも捧げるつもりで天に叫んだ。
本当に運が良かった。
『えー、本日は当サービスをご利用いただき誠にありがとうございます。今現在、単純神様反応と事前に録音した音声で対応しております。繋がるまで今しばらくお待ちください。ピッピッ』
「は?」
「え? あ、あれ?」
ニールとアランは聞き覚えのない声に困惑したが、先程までせき込んでいたアランが普通に話せて、しかも顔色が多少はよくなったことに対してはもっと戸惑った。
『ピッピッ……いでででででっ⁉ し、失礼しました。ちょっと腰の具合が悪くて……! ふー。はい、戦争と平和の神シュウイチです。息子さんの病気を何とかしてほしいというお願いで間違いありませんか?』
「誰だか知らないがアンタか⁉ アンタが息子を助けてくれてるのか⁉」
『あ、そうです。戦争ってのは疫病もちょーっと掠ってるんで、息子さんの病気を一時的になんとかする程度のご利益はありますよ』
能天気な声に、ニールは藁にも縋る思いで叫ぶが、見過ごせない言葉が混ざっていた。
「一時的⁉」
『内臓があちこちマズいんですよ。これを完全に治療したい場合は、こっちに来てもらう必要があるなあ……座標を神器に送りますけど来れそうです? もうちょい信仰パワーが溜まったら転移で医者を派遣できるんですけど、今ちょっと無理そうなんすよ。あ、息子さんには加護を与えて、生命力を底上げするんで、移動中はなんとかなる筈です』
「そこへ行けばいいんだな⁉ いや、いいんですね⁉」
一時的という単語に血の気が引いたニールだが、まだきちんと可能性が残っていることで希望を見出す。
『そうなりますね。根本的な治療じゃなくて加護を与え続けて対処する場合、俺になにかあったら止まるので……うん。やっぱりお勧めはこっち来てもらうことになります。えー、では医療説明に移ります。お子さんの内臓が危険なので、新しいものに取り換える必要があります。でもご安心ください。うちのは人体に完全フィットして副作用も無し! 時間も朝飯食ってる間に終わります!』
無茶苦茶なことを言っている声だったが、今現在の加護が無ければすぐさまアランが死ぬ可能性があるニールに選択肢はない。
神器に送られてきた座標が禁忌の地、世界中央地帯であってもだ。
「アラン、準備しろ」
「う、うん」
こうして傭兵の父と病弱な息子は、悍ましき神が待つ地に向かうのであった。
シュウちゃん「鬱シナリオは悪い文明!」




