肉落ち触手
三話連続投稿の三話目になります
大陸の勢力は基本的に南北に分かれており、秩序・善を尊ぶ北側の国と、混沌・悪を尊ぶ南側で長年争っている。そして攻め入るのは南部側なのだが、彼らから見ると世界中央に存在する毒森は本当に、心の底から邪魔だった。
この森さえなければ敵が待ち構えている防衛線を無視した機動戦が行えるのに……と思ったことは一度や二度ではない。
しかし発想を転換して、森の中央を無理矢理でも突破できたなら、平穏を享受している国に奇襲できるのではないかとも考えた。
もしこれできちんとしたルートを開拓できたなら、毒森からあらゆる国に異形の軍勢が雪崩れ込めるため、戦略は大きな転換を迎えることが出来るだろう。
その結果、邪教が支配する国で調査隊が編成され、二百人程の大人数が毒森の中心付近まで強行することになった。
「偉大なる地下都市を見つけ、眠っている金銀財宝を我らのものにするのだ!」
その調査隊の中には、暗黒に魂を売り渡して変異したドワーフ。通称ダークドワーフも混ざっていた。
元々財宝に目が無いドワーフが、更に欲望を高めて堕落した彼らは殆ど強盗と変わらない種族と化し、攻め滅ぼした街の財貨を根こそぎ奪い去る悪徳に耽っている。
そんなダークドワーフだがある程度の伝承は残っているようで、かつて世界の中央で栄えた地下都市の財宝を夢見て、森を掻き分けていた。
(上の連中め。好き勝手言ってくれる)
尤も参加しているダークドワーフの全員が愚かと言う訳ではない。
赤毛の髭もじゃで逞しく、邪悪なる印を背に刻んでいるダークドワーフ、ギゲルが支配階級の同族を罵る。
財宝が欲しくて堪らないのは身分差が無い共通の考えだ。
しかし実際に動員されて森に送り込まれ、場合によっては命を落とすことも十分考えられる末端のダークドワーフにすれば、不確かな情報で危険な目に会わせるな。と思うだけだ。
それに、である。
(殺したいが殺すと帰還する可能性が減る……)
ギゲルは通常の人間種だけではなく、同胞であるダークドワーフに殺意を宿しつつも、それをなんとか理性で抑え込む。
暗黒・邪なる神の興味をひき、恩寵を頂くのなら弱肉強食の理に従うのが一番手っ取り早い。
それ故に南側の都市では敵味方関係なく、陥れ、殺し、生贄に捧げるのが日常で、ギゲルも可能ならば今現在もそうしたかった。
だがそれは、危険な場所に赴くのに戦力を減らす悪手に他ならず、調査隊は仲間内で殺意を向けながらも、与えられた任務をこなすために黙々と進み続ける。
これがどこぞのへっぽこ神ならば、殺し合いで恩寵を取り合うなよとドン引きしただろう。しかし良きと言われている神すら弱者に興味がないため、頑張っている定命を応援するシュウイチが異端なだけだ。
(豊穣と川の女、ロザリンド。どれほどの美しさだったか興味があるな)
ギゲルは殺意を抑え込むため、全く別のことを考え始めた。
古代と現代。ドワーフとダークドワーフを問わず彼らは石に記録を刻み込むため、当時の記録にやたらと残っている女、ロザリンドは有名だ。
曰く、神器を持つに相応しい存在。
曰く、使徒すら認めた美貌。
曰く、今後現れない最も美しき女。
曰く、ひょっとすると地母神に連なるかもしれない。
曰く、中央の事故で失われたのは残念極まる。
などなど、古代ドワーフが刻んだロザリンドの記録は、必ずその美しさを称え、彼女が失われたことに対する悲嘆が連なっている。
そして色欲も暴走しているダークドワーフは美女に目が無いのだが、流石にもう何百年も前に失われた女を求めることはなく、どれほどの美貌だったかという興味だけが同族間で交わされるだけだ。
(とっととこんな森から去りたい)
上流階級への文句と現実逃避気味な想像から脱却したギゲルは、ようやく現実を直視し始める。
流石に二百人で動けば野生動物は手出しをしてこないが、それでも木々や草の隙間から危険な生き物が、ギゲルたちの様子を窺っているのはしょっちゅうで、一つ間違えただけで誰かが犠牲になるだろう。
(転移魔法を早く開発しろ!)
またギゲルの意識が想像の領域に旅立つ。
南側の勢力の多くが、中央の森林地帯を無視するため、指定した地点を繋げて一瞬で移動できる転移魔法の開発に躍起になっており、もしそれが完成すれば鬱陶しい森を抜ける必要が無くなる。
ただ、幾つかの実験が成功したという噂が流れているものの、軍勢を移動させるほどの大規模な転移魔法は、神の領域に足を踏み入れる必要があるため、完成するのはまだ先の話になるだろう。
さて……。
ギゲル達に不備があったとすれば、悪神の印を全員が体の何処かに刻んでいたことだろう。
誰かを殺して血塗られた祭壇に捧げるのは、ギゲルのみならず南側ではごくありふれた行為で、捧げられるのは抵抗できない幼子である場合が多い。
そして悪印から彼らが行ったことがある程度ながらも読み取られ、殺害という神託が下された。
音もなく。気配もなく複数のナニカが木の影で蠢き、這い、包囲網を狭めていった。
「ん?」
異変が起こったのは、三十歩ほどで渡りきれる浅い川をギゲルたちが渡った直後だ。
天の美が森の奥から現れた。
見慣れていた古代のドワーフですら、気合を入れねばなんでも言うことを聞いてしまいそうになり、地母神の生まれ変わりとまで称えた女。
そんな女、ロザリンドが薄い白の衣を纏って体の起伏を起伏を露わにしているものだから、長く森を掻き分けていたギゲル達の目は一瞬で血走った。
しかし、理性は囁く。
なぜこんな森に、これほどの女が?
「偉大なる肉の御方の言葉をお伝えます。無垢と幼きを殺す者は滅ぼすべし。以上になります」
森で蠢いていたナニカ。先触れにとって、ロザリンドが伝えた神の判断は絶対だった。
巨体にも拘らずいつの間にか悪なる信奉者たちの背後に接近していた先触れが、最も近くにいた男の背に外骨格から伸びた刃を突き立てた。
「な、なんだあ⁉」
「ば、化け物だ!」
「やれ! やっちまえ!」
悪の信奉者たちは、自分たちの常識や知識に当て嵌まらない、五体の先触れによる奇襲で慌てふためいたが、それでも調査隊に任命される力量はあったようで、すぐさま反撃の準備を整えた。
しかも幾人かは、ロザリンドが怪物を操っているのではないかという理性と、どうしてもこの女を捕らえたいという欲求が合致して襲い掛かる。
ダークドワーフのギゲルもその欲求に突き動かされたのだが……。
「神器展開」
「げっ⁉」
「神器⁉」
「嘘だろ⁉」
ロザリンドの呟きと共に現れた神器に、多くの人間が戦いの場なのに罵倒の声を上げる。
神器を持つ人間は通常の定命とは一線を画す戦闘力を持つ場合が多く、戦闘に特化している神器なら、言葉通りの一騎当千と化す場合もあった。
尤も、水瓶なら少し話が変わる。
「水瓶⁉ なら大したことはねえ!」
「そいつを捕まえろ!」
これが剣や槍なら悪の信奉者たちも慄いただろうが、青い水瓶はどう見ても後方支援や内政に関わる神器だ。
あるいはそう思い込みたかった信奉者たちの考え通り、実際にロザリンドの水瓶は戦闘に全く向かず、清らかな霊的な水で場を清めたり、大地に豊穣の力を与えるのが主な役割だった。
今は違う。
悍ましいことが起こった。
まるで蛸壺から這い出てくるように、青い水瓶から特殊な蠢く者たちが零れ落ちた。
軟体と外骨格の強靭さが合わさった、刺々しくも柔らかく揺らめいている触手が得物を探す。
もしタコに骨があればこうなるだろうと思われる骨格は剥き出しで、頭蓋骨を模したような外骨格も露わになっている。
それなのに逞しい胴や足はどこか人間のようで、アンバランスな醜悪さを醸し出し、人の世にあってはならない威容を誇示していた。
しかも神器自体にも異変が起こっていた。
外骨格のタコたちが零れ落ちると、水瓶も擬態を解いた巨大なタコのように変貌し、ロザリンドの右手に絡みつく。
それだけに留まらず首、腕、肩、胸、腹に触手が伸び、彼女の皮膚との境が分からなくなるような癒着まで果たした。
「行きなさい」
そして全体的に青と濃い青が混ざっている十数体の蠢く者。深き手足と名付けられた存在たちが、主であるロザリンドの号令で一斉に悪なる信奉者に襲い掛かる。
「ひっ⁉」
明らかに悪神が生み出した産物と、それを信奉しているらしき女を見たギゲル達は、思った以上に危険な存在と対峙していることにようやく気が付き僅かな悲鳴を漏らす。
こうなっては、生け捕りを考える余裕もない……どころか命もない。
『……』
深き手足が無機質なタコの瞳を輝かせながら、左右から三本ずつ伸びる触手を動かし、敵の首に絡みつかせる。
ゴキンッ。と鈍い音が連続して発生した。
人間の身長を容易く超えている大柄な深き手足から伸びた触手は、なんの苦労もせず首の骨をへし折り、休むことなく次々に獲物へ襲い掛かる。
しかも速い。
川の水や深さを無視しているように、長い腕の触手と足で移動する怪物達は、自らのテリトリーで最大の能力を発揮していた。
「この野郎!」
悪しき信奉者の一人が剣を深き手足に叩きつけようとした。
邪なる神の印を頂いている信奉者は、そこらの兵士なら容易く蹴散らせるが、ここにいるのはどう見てもそこらの兵士ではなかった。
「へ?」
せめて深き手足に傷が出来て血でも流れれば、ここまで間抜けな声を男も漏らさなかっただろう。
現実は触手を覆うような刺々しい外骨格に剣が阻まれるどころか、柔らかそうな部分に当たったのに、ぶにょりとした感触で弾かれただけだ。
しかも逆に、外骨格を纏った触手が槍のように伸び、男の首をへし折る。
正面では深き手足に縊り殺され、背後は先触れが刃を突き立てられ、悪神の信奉者たちは淡々と処理されてしまう。
「ひいいいいっ⁉」
こちらの攻撃は通用せず、一方的に殺されている者達が恐慌を起こすが、中にはまだギリギリ理性を保ち、ロザリンドこそが司令塔だと判断して駆けた者達がいた。
「おおおおおおお!」
十人ほどの男が雄たけびを上げ、前方の深き手足を何とか潜り抜け、捨て身でロザリンドに肉薄する。
……のは願望だった。
プシュウウウウッ。と、彼らが今までの人生で一度も聞いたことが無い音が川に響くと、それが信奉者たちの最後の合図になった。
生態武装と化してロザリンドの腕に巻き付いているタコから勢いよく水が発射されると、それは弾丸のように男たちの眉間を貫き、的確な損傷を脳幹に与えて命を終わらせる。
「……」
「ひいいいいいいいいい⁉」
無言の死体がどさりと川に倒れ伏すと、男たちが堪らず絶叫を上げた。
先触れが軽く腕を振るうような動作をするだけで人体は惨殺され、深き手足は川を汚さず絞殺死体を生み出し、率いる悪女は僅かな出血だけを伴う屍を作る。
二百対十数体という話にならない数の差があるのに、圧倒的な個によって本来はあり得ない包囲殲滅が行われていた。
「た、助けてくれ! 降参する!」
そうなると一部は武器を捨てて跪き、意思疎通が出来そうなロザリンドに向かって慈悲を乞う者が現れ始める。
無論、彼らだって脳がまともに働いていたら、自分の行いを馬鹿にしただろうが、生死の境にいると人は合理や道理を無視してしまうものだ。
「ぐげっ⁉」
その場違いな行動はすぐさま、死という形で帰って来た。
実はロザリンドの眷属と呼べる深き手足は彼女に影響されてかなり慈悲深く、子供が触手を引っ張り始めたら喜んで遊びに付き合うような性格をしている。
だがそれ故にこそ、無垢や幼きを生贄に捧げる男たちに一切の情けが無く、憎悪すら込めて始末していった。
「これは……」
ロザリンドが訝し気に呟くと、深き手足と先触れが霊的な加護を全開にして備えた。
死した者達の魂が結集して一塊になると、大気が渦巻きその中心点で形になる。
『オオオオオオオオオオオ!』
そこらの木よりも大きな背丈と、支えるに足る強靭な脚。屈強過ぎる腕。
頭からは太い角が二本生え、毛が無い体は黒く輝いている。
一応人型で巨人に見える悪魔が、信奉者たちの魂を貪って物質界に現れたのだ。
通常、物質界に現れない悪魔は定命とは一線を画す力を持ち、魔界と呼ばれる世界で活動しているが、近年はやたらと暗黒の儀式が行われているため、邪悪なる印や魂を介して現れることがある。
今回も似たようなもので、元々捨て駒だった調査隊が死ねば、生贄として悪魔に魂を貪り食われる組みになっていた。
まあ、力が明らかに不足していたが。
「はあ!」
『ガッ⁉』
言葉は短かった。
ロザリンドに巻き付いていた神器生物であるタコの触手が一瞬で膨張すると、ロザリンドの腕を覆う巨大な拳となり、彼女の振りかぶった拳が巨人悪魔の向う脛に直撃。
馬鹿げたことに大人と赤子よりも背丈が違う、それも定命の拳を受けた向う脛は即座にへし折れ、悪魔巨人は両腕を地面についてしまう。
更にロザリンドは素早く動くと今度は悪魔巨人の腕を拳でへし折り……。
「とどめです!」
衝撃波が川を揺らすほどの勢いで、起き上がれなくなった悪魔巨人の頭をぶん殴った。
すると悪魔巨人の頭部はなんの抵抗も出来ず弾げ、現実世界から消え去ってしまう。
呆気ない。あまりにも呆気ない決着だが、ロザリンドに加護を与えているのは宇宙に名を轟かせた戦神、醜悪王である。
その信徒で、しかも醜悪王の力が宿った生物神器を持つ彼女が、たかが悪魔如きに手古摺る筈はなかった。
「ひっ⁉ ひいいいいいっ⁉」
ギゲルは一応の仲間を殺され、更に現れた悪魔すら殺されたことで恐慌状態に陥る。
「お、俺はダークドワーフだ! そ、そ、そこらの人間種よりもよっぽど役に立つ!」
それでもギゲルの口は命乞いをする。
暗黒や混沌に与する者達にも武人気質で、命乞いをしないような者もいるが、ギゲルはそれから漏れるらしい。
「ダークドワーフ?」
「そ、そうだ!」
ギゲルから見たら正体不明の女、ロザリンドがピクリと反応したことで、彼はひょっとしたら助かることが出来るのではないかと淡い期待を抱いた。
勿論、現実逃避だ。
ロザリンドが反応したのは、自らの種の名だけだ。
彼女が軽く腕を振るうとタコから触手が伸び、ギゲルの首を容易くへし折った。
それだけだ。
二百人程の悪神の信奉者は、たった数十体の怪物達の手にかかり命を落とすことになった。
深き手足。
このユニットは渡河、上陸によるペナルティーを受けない。
このユニットは川、浅瀬、海洋の戦いでボーナスを得る。
このユニットは、弱点“首”。呼吸生態を持つユニットに戦闘ボーナスを得る。
-どうか息が吸えますように。どうか深き手足に見つかりませんように。どうか楽に死ねますように-
この方向性で突っ走っていいか不安なので、もし面白いと思ってくださったらブックマーク、下の☆☆☆☆☆☆☆☆☆で評価していただけると作者が本当に助かります!




