悍ましき文明の日常
三話連続投稿の一話目になります
ロザリンドの朝は早い。
自らの神器である水瓶に水を生成してそれを浴び、霊的な水気を霧散させて身支度を整える。
その直後の姿は慣れている筈のドワーフの女司祭たちが感嘆の溜息を漏らすほどに美しく、朝日と共に輝いているように見えた。
それが終わるとシュウイチ特製。というか眷属特製の歯ブラシで口内を清める。
毒森の民に服となる糸を提供した蜘蛛型眷属だが、殺菌作用のある糸も吐き出せる万能生物なせいで、シュウイチに拝まれて人間用の歯ブラシを作る羽目になっていた。
以前にも述べたが、どんな狭い場所だろうと潜り込んで獲物を仕留める生物が……である。
「おはようございますシュウイチ様」
「おはよー」
次はのんびりと動き始めたシュウイチへの挨拶だ。
腰痛をどうにかしようとしている戦神は昨晩、寝る際に三角形に切り出した木材で僅かに足を上げ、腰の反りを減らそうと頑張っていた。
「そちらの方は?」
「ご紹介しましょう。蠢く者達の外科医さんです」
「まあ、よろしくお願いいたします」
ロザリンドはシュウイチの後ろに控えている見慣れない存在に視線を向けると、へっぽこ戦神が自信満々に紹介した。
外骨格のカマキリの足のようなもので支えられているのは人の五倍はありそうな大きさの卵で、外科医の称号は全く相応しくないように思える。
だが卵の中身は様々な臓器、手足、目や歯が収納されており、蠢く者達がなんらかの理由で再生できない重傷を負った場合に、肉体を補修することが出来た。
そしてこの卵、どうやら明確な意思があるらしく、ロザリンドの挨拶に軽く身動ぎして、うっす。よろしくお願いします。とでも言うような反応を示した。
「えー、では皆さん。歯が無くなってしんどい……という方は並んでください。この名医にかかれば数秒で新しい歯を入れてくれますよ。しかもなんとタダ!」
「ぼく! ぼくがやる!」
「うん? 乳歯が抜けただけのような……先生、どうっすか?」
『……』
「やっぱそうっすよね。アッ君の歯はちゃんと生えてる来るから、もう無くなっちゃった大人用なんだ」
「ええー。なんかスースーするのに」
「我慢だ若者。そして毎日の歯磨きを忘れずにね」
シュウイチと子供が漫才を繰り広げる横で、毒森の民はまたあの神様がなにか始めたなと言う顔で受け入れる。
ただ、なんでも食べなければ生きていけない毒森の民にとって、歯が無いのは生存に直結するため、ぜひ欲しいのが本音だった。
「じゃ、じゃあ自分が頂きたいです」
断るとどうなるかが分からない恐怖と、歯が齎す実益の半分半分が混ざった男が立候補し卵の前に立つ。
すると卵の殻がそのまま伸びて管になり男の歯茎に接触。その管を歯……のような物が通っていく。
というのも歯茎に接触する筈の部分がミミズのように蠢いていて、単なる無機物の歯ではなく生物的な歯擬きと表現出来るものなのだ。
そして歯擬きはミミズのような部分が溶けて歯茎と一体化し、生態パーツとしての役割を完了した。
「お、おお!」
「こりゃ凄い……!」
「ぼくも! ぼくもー!」
民も詳細を知れば、うげっと思っただろうが、よく分からないうちに完了したため、なにか凄い力で新しい歯が出来たと感嘆する。
そうなると我も我もと人々が卵の前に並び、新しい歯を埋め込まれていく。
なお人体には害がないし、特別な力を授かる訳でもないので、完全なシュウイチの善意である。
(清らかさが戻りつつある)
シュウイチの善意を見届けたロザリンドは、地下都市付近の森と川を歩きながら、蠢く肉塊が木に纏わりつき、地に根を張り、川で蠢いている光景に感動した。
ただただ醜悪な森だが、炸裂した魔力による汚染が濾過され、付近の川に至ってはきちんとした清流になっているのだ。
「お疲れ様です」
ロザリンドが歩いている最中に出くわした先触れに頭を下げると、屈強な先触れもまた頭を下げた。
よっぽど特別な個体でもない限り、蠢く者達は通常の信徒であると自認しており、ロザリンドを集合意識から外れている仲間だと認識している。
そんな蠢く者達の一部である先触れもまた例外ではなく、村の安全のために巡回しつつもロザリンドを歓迎するような意志を見せていた。
一方、ロザリンドから見れば蠢く者達は信徒として先輩にあたるため、敬意を示す必要がある存在だ。
「実りはどうでしょうか?」
『……』
「それはよかったです」
不思議なことにロザリンドと先触れは会話を成立させているようだ。
その内容は、豊穣と川を司る神器の力を使ったロザリンドが、食用可能な植物に影響を及ぼして、収穫量を増やしたことについてだ。
先触れが見たところ、神器の力は自然に悪影響を及ぼしていないのに、食用可能な植物は急成長しているため、後は適当に大型の動物を狩って肉にすれば、とりあえず食料に困ることはなかった。
それにこの先触れは非常に大きな猪を肩に担いでいて、村の人間が見たら大喜びするだろう。
「あ、ロザリンドさんだー!」
「こんにちはー!」
「はい、こんにちは。ふふふ」
ロザリンドが森から地下都市に戻ると、子供達が直ぐに囲んで四方八方から声をかける。
そして母性を持て余し気味なロザリンドは、まさしく地母神の如き慈しみの表情を浮かべ、群がる子供達の頭を一人一人撫でていった。
「ご飯はちゃんと食べてるかしら?」
「うん! 持ち上げたら分かるよ!」
「まあ本当。前より重くなったみたい」
「でしょー!」
ロザリンドは子供達が可愛らしくて堪らないのだろう。
つい最近も抱き上げて、体重をしっかり分かっているのにまた同じ行動を繰り返し、子供達の言っていることを肯定した。
醜悪にして悍ましき文明は、名に反してかなり穏やかな日常を過ごしていた。




