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あすの湖へ桜より  作者: 久知梨之花
第一章 時を超える春
5/8

春の足音

椿の顔はむすっとしていて、どうやら抵抗できなかったらしい。

「……惣樂そうらくさんには逆らえない。」

その言葉を聞いた瞬間、湖桜の頭の中に「?」がいくつも浮かんだ。

(え……この子が“さん”付けられる相手なの?)

まるで幼女のような容姿に、てっきり年下の子かと思っていた湖桜は、目を丸くしてしまう。惣樂はその帽子の下から覗く大きな瞳で湖桜をじっと見つめ、ぱちぱちと何度か瞬きをしたあと、椿の背に隠れるように顔を寄せた。


「……ごっつい!」

「ご、ごっつい…?」

湖桜の頭の中には再び「?」が浮かんでいた。


「ごっついびっくりした〜!おねーさん幽霊?死神?亡霊?妖怪?」

「え!?」

ニッコリした顔で凄いワードが出てくる子供に驚きを隠せない。


「惣樂さん、この子がびっくりしてるから。少し落ち着いて。」

青年がその場をなだめる。


「えー!だって背格好とか顔の感じとか、さーちゃんにそっくりなんやもん。さーちゃんがそのまま帰ってきたみたいでびっくりしたわー!なー!つーくん!」

椿は黙って頷いた。


惣樂の言葉は少年のように軽やかだったが、その声の奥にふっとかげりが差す。

「……まさか、ほんまにさーちゃんが戻ってきたんやないか……とか、思ってしもたよ。ねぇ、もえちゃん?」

「うん。私もちょっと心臓止まるかと思った…。」

そう言って現れたのは、落ち着いた雰囲気をまとった女性だった。

柔らかな髪を後ろでまとめ、上品な身のこなしで湖桜の前に座ると、にこっと微笑んで手を差し出した。

「初めまして。私は根津もえ黄。ここの茶屋で働いてるの。あなたのお名前を教えてくれる?」

「……え、あ、はい……私は、湖桜こはる。望月湖桜といいます。」

突然の賑やかな展開に、湖桜は返事が遅れてしまった。


しかし、その名を口にした瞬間、再び場の空気が凍りつくように静まり返った。


「……望月?」


誰が最初に声を漏らしたのか、はっきりとはわからなかった。

だが、その言葉が引き金のようにして、全員の視線が湖桜に集まった。


「さーちゃんと一緒やね。」

先ほどまで話題にのぼっていた、“桜”という名の少女の苗字は望月。

そして、彼女もまた“望月”と名乗った。


偶然にしては、あまりにもできすぎている――誰の目にも、そう映っていた。


青年が、ふと湖桜を見つめる。その視線は驚きというよりも、何かを探るような、静かな光を宿していた。


室内に、言葉にならない戸惑いと、目に見えない波紋が、静かに広がっていった。

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