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序章
湖桜の高祖父は、とても長生きな人だった。湖桜がまだ4歳だった頃まで生きており、その長寿の血筋は代々続いているという。
実際、先月には曾祖父が茶寿(108歳)を迎えたばかりだった。
けれども、高祖父の記憶は湖桜にとってぼんやりとしており、その顔さえはっきりとは思い出せない。
ただ、一つだけ、幼いの心に強く残っている光景があった。
それは、高祖父がいつ湖桜も庭の桜の木を、どこか寂しそうに見つめていたということだった。
ある日、幼い湖桜はその姿を見て、無邪気に尋ねたことがある。「ひいひいおじいさまは、桜が嫌いなの?」
すると高祖父は静かに湖桜を見つめ、かすかに微笑みながらこう答えた。
「悔いのないように生きなさい。そうでないと、桜が見られなくなってしまうよ。」
その声は驚くほど温かく、安心感に満ちていたという。
その冬、高祖父は穏やかに息を引き取った。世界最高齢記録を更新するほどの長寿を誇ったその人が、どんな悔いを抱えていたのか、湖桜には知るよしもない。
ただ、あのときの言葉だけが、今も湖桜の心に鮮明に残っている。