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9話 依頼された任務内容

 その数十分後、クロエは王太子ミハエルの執務室にいた。


「は? 歓楽街の警備ですか? 朱紅隊が?」

「そう」


「朱紅隊が、歓楽街の警備?」

「うん」


「歓楽街の? 警備を朱紅隊が」

「いや、何回言い直しても一緒だし」


 けらけらと笑うミハエルの顔をひっぱたくのも忘れ、クロエは立ち尽くしていた。


「いやもちろん、近衛隊の本分は王家の護衛だってことはわかっているよ? 戦時でも平時でも」 


 執務机から立ち上がる音にクロエは正気に返った。


「わかっているのならどういうことなのです」

 なんか喉がカラカラになり、クロエは咳ばらいをした。


「歓楽街の警備であれば王都警備隊が行っているでしょう」

「それが、管轄外というかさ、本来はこれ、神殿騎士の領分になりそうなんだけど」


「神殿騎士。ということは、幽騎士ですか」


 クロエの背筋に緊張が走った。

 王都の治安に関することは王都警備隊が受け持ち、それでも鎮圧が難しいことが生じたら、国王が命じる騎士団が対処にあたる。


 そして王都で発生する幽騎士騒ぎについては、その原因があやかしという種類のために、神殿所属の神殿騎士団が対処することになっている。


「というか……珍しいですね。この数十年幽騎士は出現していないと聞いていますが」


 幽騎士というのは、前王家の呪いだと言われている。


 現在のグノマリア家に王権がうつったのが今から300年前。

 それまでに王権を握っていたティード王家との間に血みどろの争いが行われたのはどの史書にも書かれていることだ。


 そしてティード家はグノマリア家に呪いをかけた。


 ……と、信じた当時の国王は王都によっつの神殿を立てた。


 西に金虎神殿。

 東に不死鳥神殿。

 北に銀狐神殿。

 南に雷獣神殿。


 それぞれに霊験あらたかな神獣を祀り、神官を配置。その神官からなる神殿騎士を配備し、王都であやかし騒ぎがあればすぐに対処できるようにしたという。


 新王権樹立直後は、遺恨を持った幽騎士が王都を跋扈し、王都民を虐殺したり、重要人物に憑依して王家転覆を狙ったようだが、その数も少しずつ減少。


 いまとなっては数十年とその姿をみたものはいないほどだと聞く。


「いま、情報制限をかけているが、歓楽街で娼婦や男娼が数日おきに殺されている」


 ミハエルは執務机の端っこにお尻をのせ、クロエと向き合った。


「一刀のもとに切り伏せられている者が大半だが、なかにはまだ息のあった者もいてね、王都警備隊が話を聞いたところによると……」

「可哀そうに。治療に専念させてやればいいのに」


「まあ、それもそうなんだけど。その被害者によれば、甲冑を着て燃える馬に乗る骸骨にやられた、と」


 まさに幽騎士の外見だ。

 彼らは復讐に燃えた馬に乗り、肉を失って骸骨だけになっても甲冑と剣を持って王家簒奪を行ったグノマリア家を許していない。


「ではますます神殿騎士が対応にあたればよろしいではないですか」

「それが歓楽街ってのが問題でさ」


「どこが」

「これがこう……酔客だったらさ、まだ神殿騎士も動いてくれるかもしれないけど、娼婦と男娼というのが」


「なにが問題です。彼らとて立派な納税者。王都民です」

「だけどさ、神が示すところから外れてるわけじゃない?」


「どこがです。神はおっしゃいました。『地を耕せ、汗をかけ』と。労働とは神が命じられたことです」

「いやそれ、地を耕せって言ってるじゃん?」


「では私も、それから王太子も労働者ではありませんな。耕しておらぬ段階で神殿騎士も神官も同様です」

「そんな詭弁吐かないでよ」


「詭弁というなら神殿騎士が言うのが詭弁でしょう。娼婦も男娼も身体をはって仕事をしているのです。私も身体をはって王家の女子方を守っております」

「それ暗に、わたしは違うって言ってるよね」


「とにかく神殿騎士は職務放棄ではないですか?」

「いやそのさ、娼婦や男娼と関わることで……その魂の堕落っていうの? そういうのが始まるんだ、と」


「忍耐が足らん!」


 クロエはこぶしを机に叩きつけた。「ひ」と王太子が飛び上がる。


「女の乳や、男の尻をみただけで戦闘意欲がなくなるなど言語道断! 山にでもこもって修行をしなおすべきだ! それを王太子は指弾すべきではないのですか!」


「そりゃクロエが指揮している朱紅隊ならすごい訓練しててさ、そんな誘惑なんて打ち勝つんだろうけどさ」


「むろん! 我が隊にかような軟弱者はおりません! 娼婦と男娼が群れとなって裸で誘惑しようとも、我が隊員は無表情でやりすごすでしょう!」


「だから適任かなって」

 しまったと思った時には、ミハエルがにっこりと自分を見て微笑んでいた。


「それにほら、娼婦だと女性同士のほうが安心するじゃない? 娼婦も男娼も職業柄王都警備隊とか神殿騎士を敵視しててさ。証言したり助けを求めたりしないみたいなんだよ」


「ですが、うちの本分は王家の守護を……!」


「幽騎士が脅かしているのは王家の命なんだから。まわりまわってわたしたちを護衛していることになるじゃん?」


「詭弁だ!」

「そうかなぁ」


 ああ、この頭をかち割ってやったらさぞかしスッとするのだろうな、とにらみつけたが、大きく深呼吸を三回した。


「頻度と期間はいかばかり」

「ありがとう!」


 ぴょこんとミハエルは飛び上がった。


「もちろん神殿も幽騎士がどうして現れたかの究明に急いでいるところだから! そんなに時間と手間はとらせないから!」

「だからいかばかりかっ」


「いまのところ、予定は1か月。毎晩歓楽街を回ってもらうのは……」

「無理!」


「だから三日に一回で! でも不定期で!」

「ややこしいな……っ」


「だって定期的にやってたら幽騎士も『あ、今日はあいつらいるし』って思うかもしれないじゃん?」

「なんだそれ」


「だからタイムスケジュール等はこっちが一応作成してみる。で、そっちに送るから不具合あったら連絡してよ」

「そのかわり、ひとつ実行していただきたいことがございます」


「ん? なになに。なんでもやるよ?」

「軽いな……。うちの駐屯地に女性トイレと女性の更衣室を作ってくれるよう、王妃陛下にお願いしてくださいませんか」


「母上に? 財務庁は?」

「この数年、何度予算計上してもはねられ、嘆願しても断られております」


「あー……そういうことね」


 ミハエルは珍しく視線を宙にさまよわせ、数秒黙った。

 だがすぐに、にぱりと笑う。


「いいよ。議会に提案するか……それとも母上と僕の連名で設置するか考えてみる」

「……ありが、とうございます……」


 まさかすんなり了承されるとは思わなかった。

 

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