43話 お参り
会場中で悲鳴が上がる。
クロエは立ち上がり、佩刀の柄に手をかけて幽騎士の前に飛び出した。
だが、なんだか様子がおかしい。
ステンドグラスを破って入ってきた、というよりは。
馬も騎士も、投げ込まれた感じだ。
その証拠に、幽騎士と馬は慌てて立ち上がり、「なんだここ」とばかりに周囲をきょろきょろ見回している。
「ゆ、幽騎士か?」
仕方なく、クロエは聞いてみた。
「いかにもである! むむ、貴様、我に歯向かうのか⁉」
「そ、そうだが……」
そうだよな? 治安維持だものな?とクロエは自問自答した。
「片腹痛い! この場にいる全員に天誅をくだしてやる!!!」
ようやく目的を思い出したとばかりに騎士は叫んだ。
そして馬の鞍にとりつく。
クロエに背を向けて、必死によじ登ろうとしているので、「ここを背中から斬ってはどうだろう」という考えもよぎったが、「やはり卑怯だな」とやめる。
「いざ尋常に!」
「うむ」
クロエは剣を構える。
手綱を操って幽騎士が突進してきた。
やはり勝負はこうでなくては。
幽霊騎士は大上段で構えたまま、騎乗から剣を振り下ろしてくる。
クロエはそれを待ち構え、刃で受けた。そのまま上に跳躍して手首を返す。
刃が旋回して幽霊騎士の首に食い込む。
ふっと息を吐いて振りぬく。
ごろん、と。
幽霊騎士の頭はヘルメットごと床に落ちて跳ねた。
「無念」
言うなり、騎士は黒い霧となって消える。
馬は首なしの騎士を乗せたまま竿立ちになって雄たけびをあげるが、こちらは神殿騎士たちが投擲した槍によって討伐された。
「まだどこぞに幽騎士がいるかもしれん!」
「警護せよ!」
神殿騎士が警笛を鳴らし、会場を慌ただしく出て行く。
「金虎様、どうぞお怒りを鎮めてください」
神官たちは相変わらず香炉をふりふり、広間中を歩き回る。クロエはそれを一瞥し、「猫クッキーのほうが効果あるのに」と思った。
「大丈夫ですか、クロエ様」
剣を鞘に戻していると、アイザックが駆け寄ってきた。うむ、とうなずいているとアデルと婚約者までやってきてくれる。
「大丈夫でしたか⁉」
「アデル子爵令嬢、花をありがとう。大丈夫です」
クロエは彼女が大事に持っていてくれた花束を受け取り、ぽいっとばかりに花冠を頭に乗せた。
「では、行こうか、アイク」
「行くって……」
「え? 祭壇にお参りして献花するのだろう?」
クロエはきょとんとした顔で彼を見上げた。
「そ……う、ですが」
会場は右往左往する神殿騎士と、逃げ惑う参加者たち、それから香油をふりまくる神官たちでごった返している。
「幸いなことに、いまなら誰も祭壇にいない。今がチャンスだ。ゆっくり献花と行こう」
クロエが言うと、アイザックははじけるように笑った。
「なんだ? なにかおかしいか?」
「いいえ、全然。では参りましょう、クロエ様」
「うむ」
こうしてふたりは、走り回る参加者の間を縫いながら腕を組んで祭壇まで行き、献花をして「幸せな結婚生活になりますように」とお願いをしたのだった。




