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婚約破棄された伯爵を預かったのだが、胃袋をつかまれていかんともしがたい  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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36/44

幕間4

□□□□


「あれ?」


 トレイにホットワインを乗せて戻ってきたアイザックは、思わず足を止めた。

 ベッドでクロエが眠っていたからだ。


「撫でながら寝ちゃったにゃ」


 迷惑そうにシャリーが言い、毛づくろいに余念がない。


「君がなにかしたんじゃなくって? 催眠術とかかけたんじゃないの?」


 触られるのが嫌で、とアイザックが言うと、じろりとにらまれた。


「そんなのしてないにゃ。というか、あたちに報酬のホットミルクぐらいほしいにゃ」

「また今度ね」


「そう言って、いっつもくれないにゃ!」

「あんまり飲みすぎるとおなか壊すからだろ」


 うにゃにゃにゃ!とシャリーがベッドに背中をこすりつけながらウネウネする。


「やめろよ、クロエ様が起きる」

「あたちは神獣にゃ!? この女とあたちとどっちが大事にゃ!」


「クロエ様」

「人類、滅べ!」


 神獣が喚いたが、アイザックは意に介していない。

 盆を机の上に置くと、ベッドに近づいた。


 のぞきこむと、クロエはよく眠っている。

 右を横向きにして胎児のようにまるまって眠っていた。


 くすーくすーと、定期的に寝息が聞こえる彼女。

 寝姿を見るのはちょっとルール違反かな、とおもいつつも目が離せない。


 長いまつげ。

 白い頬。

 すっと伸びた鼻梁。

 薄く開いた唇は少しだけセクシーだ。


 長い髪はひとつに束ねられ、すっきりと伸びた白い首があらわになっている。


 今日はガウンを着ていない。そのせいで薄手の寝間着ごしに身体のラインが結構はっきりわかった。ゆたかな胸のふくらみに目が引き寄せられて、必死でそらす。


(……着やせするんだよなぁ、クロエ様)


 いつもは軍服なので華奢な印象なのだが。

 こんな風に薄着で無防備に眠られると、目のやり場がない。


『今日は色っぽい下着とやらをつけていないのだが』


 ふとさっき真面目な顔で言っていたクロエを思い出して苦笑いした。

 いったいどこでなにを聞きつけて来たのか。

 いやそもそもクロエは男社会で生きている。耳年増になっているのかもしれない。


「その女と《《つがい》》になるにゃ?」


 シャリーが不意にそんなことを言いだした。アイザックはクロエにキルトケットをかけてやりながら、「うん」と返事をする。


「婚約もしたし。たぶん」

「じゃあ、さっさと交尾をしてどんどん子を産むにゃ」

「は⁉」


 思わず大きな声を出してしまい、慌てて手のひらで抑える。

 だがよく眠っているのか、クロエは起きるそぶりをまったく見せなかった。


「こ、」


 交尾って。ついごくごく小さな声で叱責するが、シャリーはきょとんと眼を見開いた。


「つがいになる理由なんてそれにゃ? とにかく子孫繁栄にゃ! で、アイザックのように、あたちと話せる子を増やすにゃ」

「結局それか」


「アイザックにはわからないにゃ! 会話ができない寂しさが!」

 ふみゃふにゃ!とシャリーは怒っている。


(まあ……気持ちはわかるけど)


 人間たちとは違い、悠久の時を生きる神獣たちは娯楽に飢えている。

 王家と王都守護という形で四神は招聘されたが、本音は「幽霊騎士退治」という遊びだ。


 それとときどき、現れるアイザックのような人間と会話すること。


 いまは四神殿あわせてもアイザックしかいないので、幽霊騎士を弄んだあと、暇つぶしにやってきてはたわいもないことを話して四神は帰るのだが、帰り際にときどき、

『そろそろ子をなせ。わしらと会話のできる子をな』

 そう言われるのも事実だ。


「子どもができたとしても、ぼくみたいに話せる子じゃないかもよ? サミュエルだって君の姿すら見えないじゃないか」

「数で勝負にゃ!」


「人間はそんなにぽんぽん子どもが産めないんだよ。だいたい、産むのはクロエ様なんだし」

「だったら、この女にこだわらなくても構わないにゃ! 百人ぐらい種をつけるにゃ!」


「それが神の言うことかね」


 アイザックはあきれながら、ベッドの端にこしかけた。

 シャリーはするりとアイザックの膝の上に座る。


「人間の命は短いからにゃあ」


 ふう、とシャリーはため息をついて、すりっとアイザックの身体に頭をすりつけた。


「アイザックもきっとすぐじじぃになって死んじゃうにゃ」

「そうかもね」


 アイザックが苦笑いする。ほぼ永遠と思える時間を生きている彼らとは時間の感覚がだいぶん違う。


「だから早く次の子を作るにゃ! ほりゃ、目の前にいるにゃ! とりあえず、いま交尾しておくにゃ!」

「寝てる人にたいしてそれはないでしょ」


「さっき、あたちは起こされたにゃ!」

「長生きしているんだから、ちょっとぐらいいいじゃないか。ほんとにもう、神様だと思えないぐらい気が短いなぁ」


「アイザックはのんびり屋さんにゃ! そんなんだから、あんなボンクラ弟に家を追い出されるにゃ!」

「あー……。そうだ。あっちも裁判を早く進めないとなぁ」


 アイザックはシャリーを抱えたまま、ごろりとベッドに仰向けになった。

 すぐそばではクロエが相変わらず眠っている。


「ぎゃふんと言わせられそうにゃ?」

「まあね。医師も身柄をおさえたし」


 異変を察したのか、あるいはサミュエルとルビーが情報をいれたのか。

 国外逃亡を目論んだ医師は、ミハエルの手によって捕縛されている。


「母上の名誉は回復できると思う」

「アイザックは?」


「いまさらハミルトン家の伯爵位なんていらないし」

 シャリーの背を撫でてやりながらアイザックはつぶやく。


「むしろ滅べばいい」

「アイザックは過激にゃ」


「さっき、人類滅亡を願った神はどこの誰なんだか」

 アイザックは笑い、そして小さくあくびをした。


 だから聞こえなかったのだ。

 シャリーが「なるほど。ハミルトン家は滅べ、にゃ」と言ったことを。


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