28話 婚約式会場
ルビーとサミュエルが移動しているころ。
シェードウィン公爵邸ではすでに婚約式が実施されていた。
「まああああああ! クロエお姉さま!!!!!」
衣装を着て部屋を出、懐かしい顔ぶれのメイドや執事たちに言祝がれて階下に降りている最中に、アデルの悲鳴が聞こえてきてクロエはぎょっとした。反射的に佩刀に手が伸びるが、当然今日はそんなものはない。
「かっこいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
螺旋階段の下では、アデル・ジェイド子爵令嬢とそのご友人たちが同じように絶叫し、数人が倒れて、執事に慌てて支えられていた。
「だ、大丈夫ですか⁉」
クロエは慌てて階段を駆け下りる。カッカッカッとヒールが鳴った。
今日は珍しくスカートをはいている。だがスリットが膝まで入っているタイトなものなので、動きやすいといえば動きやすい。
ちなみに上は男性物の丈の短いジャケットをリメイクして、フラワーホールに花をさしている。
「お姿がまぶしすぎて!」
「どこかに絵師は⁉ このお姿は未来永劫残さねば!」
「目に焼き付けようと思うのに、目がくらむ!」
もう玄関ホールは阿鼻叫喚図だった。
「あの、椅子があちらに用意してありますので」
クロエは手袋をはめた手で指し示す。意を汲んだ執事やメイドたちが順に腰砕けになった女子をエスコートしていった。
「クロエお姉さま、素敵です! あ、ご婚約おめでとうございます!」
アデルが自分の侍女から花束を受け取り、満面の笑顔で差し出した。
「ありがとうございます、アデル嬢。今日はとても可憐なお召し物ですね」
花束を受け取ると、メイドがさっと控えてクロエから引き取ってくれた。カードだけ引き抜いてジャケットのポケットにしまう。
「この日のために! がんばりました!」
淡い桃色のドレスはとても彼女に似合っている。
「桃の妖精のようです」
「きゃあもう! わたしまで倒れそうですわ! クロエ様のお召し物はどこでお仕立てになりましたの?」
「王太子殿下が紹介してくれました。その……。普通のドレスは似合いそうにないので」
上は男性用のジャケットをぴたりと身に沿うように仕立て、下はスリットのはいったタイトドレス。スリットも膝までなので決して下品ではない。
つい頭を掻くと、髪をセットアップしているのを忘れていた。手にやわらかいものが触り、それが髪飾りの生花だと気づいた。
「まあ、そのホールフラワーの花と同じ! 水色のカーネーションなんて珍しいですわね」
「ああ、白いカーネーションに水色を吸わせているらしいですよ」
なんか身も蓋もないことを言っているなと思ったのだが、不意にくすりとアデルが笑うから何かと思えば、彼女は背伸びをするようにしてクロエに耳打ちした。
「もうわたしは新しい婚約者もいます。あそこで戦々恐々となさっているいとこ殿にそう言ってくださいませ」
慌てて振り返ると、ミハエルだ。
壁際からこちらに来たそうな顔でのぞいているから、舌打ちして無視した。
「クロエお姉さま!」
「クロエ!」
「……冗談です。接近してよいとのことですよ、王太子殿下」
そう言うと、ミハエルは途端に嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おめでとう、クロエ! 今日もかっこいいね!」
そう言って両手に持っていた花束を差し出してきた。クロエが顔をしかめてメイドに視線を送ると、彼女は苦笑いしてミハエルからうやうやしく花束を受け取る。
「ミハエル様、お久しぶりです」
「アデル、元気だった? そうそう。君も婚約が決まったんだよね、おめでとう」
「ありがとうございます。それもこれもクロエお姉さまが支えてくださったからです」
笑顔できっぱりと言われ、ミハエルは「あはははは」と、とりあえず笑った。
「あ! アイザック、こっちこっち!」
そして玄関ホールから東に続く広間にアイザックの姿を見つけたのか、手を挙げて名を呼んだ。
クロエもそちらに顔を向ける。
招待客である燕尾服の集団に囲まれている中心。
頭一つだけ大きなアイザックが振り向き、笑顔で手を挙げた。
「へえ」
ついクロエは目をみはる。
集団に断りを入れて近づいてくるアイザック。
(馬子にも衣裳だな)
自分のことはさておき、そんなことを考えた。
今日の彼は、非常にスタンダードだ。
燕尾服に蝶ネクタイ。
だけど髪は丁寧に撫でつけられ、ピンホールにはクロエと同じ水色のカーネーションが。
金色の髪も青い瞳も変わらないのに。
まるで絵にかいたような社交界の紳士がそこにいた。
「………アイザック……卿、で、す、よ、ね?」
呆然とした顔でアデルが言うので、クロエは急いで彼女に紹介した。
「ええ、このたび婚約を……」
「え⁉ 顔に傷は⁉」
「ん? あ、なおり……ました」
そうだそんな設定だったな、と思い出す。
だがこの驚きはアデルだけではないようだ。
椅子に座ってクロエを愛でていた女子たちもあっけにとられた顔をしている。
「そ……そうですか、いやあの……、すみません、大変失礼を」
アデルが逆に慌てだすから、クロエとアイザックで「とんでもない」となだめる。
「ですが、いつもとなんだか格好が違うので。こうやってみると男前だな、アイク」
空気を換えようとクロエが言う。
アイザックは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑みを浮かべてクロエを見た。
「クロエ様はとても美しい。いつもの軍服もいいですが、そのドレスもきれいですね」
今度はクロエがきょとんとする番だった。
(きれい)
カッコいいという言葉は、いやというほど聞いた。
いまではクロエのおっかけというと、アデルが代名詞のようになっているが、軍学校のころから隣の女子高の生徒がクロエをこっそりのぞいているのは知っていた。
かっこいい。凛々しい。勇ましい。
シャワーのように受けて成長した。
だけど。
(きれいと言われたのは初めてかもしれん)
なんとなくこそばゆいな、と身を縮めているうちに、アデルとアイザックが競うように「いかに今日のクロエが良いか」ということを言い始めていたたまれなくなってきた。
だが、そのことがきっかけになったらしい。
「この方ならクロエ様をお任せしても大丈夫ですわ!」
なぜかアデルとその友達たちに太鼓判を押された。




