24話 証拠
そうして四人はしばらくたわいもないことを話ながら食事を楽しんだのだが、ミハエルがワインを三杯飲み干したころに、副隊長が切り出した。
「アイザック殿のご母堂様の……医者の件ですが」
三人はなんとなくカトラリーを置き、副隊長を見た。
「出身は、ハンブラン領。名前はすでにご存じでしょうが、ロバート・ベーコン。父親も医師をしておりました。シラー大学を24歳で卒業し、その後、王立病院に勤務。そのため経歴を探るのも非常に簡単でした」
「結婚歴は?」
ミハエルが四杯目のワインを口に含みながら尋ねる。
「ありません。故郷の医院は弟が継いでいる模様です」
「ありがちな話だな。都会に出した長男のほうが戻らない」
クロエがつぶやく。
「26歳のときに、王立病院を退職して、独立します。そしてハミルトン家の侍医となりました。きっかけは嫁いでこられた方、つまりアイザック殿のご母堂様が大変病弱であり、急な診察に対応できるように、とのことです」
「つまり開業医?」
ミハエルが小首をかしげる。副隊長が首をふった。
「医院は構えていません。ハミルトン家と、それからいくつかの貴族を順繰りに診察して回る訪問医のような感じです」
「ではやはり、アイクのご母堂が若いころからの知り合い、ということになるのか」
ちょっと分が悪いな、とクロエは口の端を下げる。
「ですが、雇い始めのころは、晩年ほど足しげく通ってはいません。定期的な診察と薬の調合。それを二か月に一度だったと、当時の使用人が言っています」
副隊長はひとつ息を吐いた。
「古老の使用人ほど、『奥様が不貞などするもんですか』とあきれておるようです。というのも、ハミルトン家に足しげく通っていたのはやはり奥方が晩年時。容体がどんどん悪くなる時期です。これはもう当然と言えば当然でしょう」
「医師なのだからなぁ」
「そんな死の間際の患者と肉体関係にはならんだろう。普通に考えれば」
「いや、王太子殿下なら……」
「わたしだってそれぐらいの分別はある」
不毛な言い合いになりそうになったので、副隊長は咳ばらいをした。
「そしてもうひとつ、面白い記録を発見しました」
「面白い記録?」
クロエが目をまたたかせる。副隊長はうなずいた。
「王立病院を退職し、訪問医となりましたが、当時患者の要望の多くは子どもの病気を診てほしいというものだったようです」
「子ども……。なるほどな。アイザックのご母堂が珍しいのか」
「そりゃそうだろうな。医者を急に呼ぶ理由は子どもの発熱か、高齢者の発作だ」
クロエとミハエルは顔を見合わせて言う。
「ロバート・ベーコンの専門は内科。王立病院でも成人の内科を担当していたため、独立当初、相当苦労したようです。特に耳鼻科」
「あー……」
「中耳炎とかなるからなぁ、子ども」
ミハエルとクロエが同時に顔をしかめた。
「そこで、彼は一年間、学びなおしのために大学に行っているのです」
「勤勉だな」
「そこは評価しよう」
ミハエルとクロエは頷きあう。
「その大学の伝手をたどり、半年ですが隣国に留学もしております」
「なにを目指そうとしているのだ」
「極めたいタイプなのだろう」
クロエとミハエルが言う。副隊長はちょっとだけ前のめりになった。
「で、その留学費用ですが、彼は奨学金を借りておりまして、いまだに返済をしているのです」
「へえ」
「いや、医学部はカネがかかるからな」
「ですが、半年ほど前。きれいに返済されました。どうやら誰かから多額の報酬をもらったようなのです」
クロエとミハエル、それからアイザックの三人は顔を見合わせる。
「……嘘の証人になるかわりに、カネをもらったのか」
クロエが言うと、副隊長は「推測ですがそうでしょう」とうなずいた。
「そしてもうひとつ不思議なこと。それは留学時期です」
「時期?」
「ええ。彼は1年間留学しています。出入国の記録も確保しました。そして留学準備のために、このころはほとんどハミルトン家に出入りしていないのです」
「1年間の留学……」
アイザックがつぶやく。
「つまり、あれか」
クロエが目を見開いた。
「妊娠期間が合わない、ということか。そのころ彼はこの国にいない」
「そうです。日時をはっきりさせればもっと確実でしょう」
「そのことについては、わたしが証人を確保した」
はいっ!とミハエルが挙手をする。
「産婆だ。彼女は今、キクナ領で引退生活を送っている。そして彼女はアイザックのご母堂に関する詳細なカルテを持っているらしい」
「カルテ?」
アイザックが尋ねる。ミハエルがうなずいた。
「自分が病弱であることに悩んだ彼女は、果たしてうまく伯爵の子を妊娠できるか不安だったようだ。そこで産婆に相談した」
ミハエルは椅子の背に上半身を預けた。
「産婆はタイミング療法を勧めた。月経の時期から排卵時機を予測し、この日とこの日、それからこの日に伯爵とことをなせ、と」
クロエは仰天した。
「そんなことがわかるのか!」
「らしいぞ」
「知らなかった。勉強になった」
「今後に生かすか?」
ミハエルがからかうように笑うが、顔を赤くしたのはアイザックだけで、クロエは「うむ」と大真面目に頷いている。
「まあ、ということでアイザックのご母堂はそのアドバイスに従ってことをなしたそうで。産婆のカルテには、ご母堂と伯爵がことをなした記録や回数、日程が詳細に残されているらしい」
「………………なんというか、ありがたいのですが……。両親のかようなことは複雑です」
気づけばアイザックがうなだれている。
「まあ……うん」
クロエもさすがに気の毒になってきた。
確かにこれでご母堂の名誉は回復するだろうが、別のひめごとがひのもとにさらされることになるのだから。




