22話 ルビー嬢が流す噂
「いや……そのような、あの。では皆さん、やはり婚約式に来ていただいて、実際にアイク……アイザックに会ってみてください。その……巷にはひどい噂が流れていますが、それは嘘なのだとわかるでしょう。あ、副隊長。私のカバンを……」
「こちらでしょうか」
「うむ」
副隊長からカバンを受け取り、中から封筒をつかみ取る。本当は親族に渡そうと思っていた封筒だが、まだ宛名を書いてなくてよかった。母を招くと歌と踊りがうるさい。母方は結婚式当日でいいだろう。
「こちら、招待状です」
「まあ! 直筆!」
手渡すとまたひとり女子が倒れた。
「……その、クロエお姉さまは社交界にあまりお顔を出されないのであれですけど……」
大事に招待状を受け取ったアデルが、口ごもる。「なんですか?」と促すと、決意したように顎を上げてクロエを見上げた。
「わたしはクロエお姉さまの意見を尊重したいと思いますし、クロエお姉さまが選んだ人なら、大丈夫だと……思いたいです。ですが、社交界でのアイザック殿の評判は……けして良いものではありません」
「それは、彼の母君のことがあって、ですか?」
「はい」
クロエはちらりと副隊長に視線を向ける。彼も渋い顔をしていた。
「その醜聞が出る前のアイザック殿でしたらなんの申し分もございませんでしたわ。当時の婚約者であったルビー嬢もそれはそれは自慢なさっていて」
「ひけらかしておりましたわよね」
「それなのに、いまでは手のひらを返したように」
クロエはため息をついた。
「ああ……。いまではサミュエル殿と婚約を結びなおしたとか」
「サミュエル殿、見目麗しいですからね」
「アイザック殿の顔がかようになって……それもあってもう未練はまったくなさそう」
「ん? 顔?」
クロエが眉を寄せると、女子たちいたわるような視線をクロエに向けて来た。
「襲撃事件で顔に大層な傷を負われたとか」
「なんでも……その、他人に見せられぬから包帯で隠しているのでしょう?」
「クロエお姉さまはアイザック殿の内面に惹かれたのですよね。さすがお姉さま」
あいまいに頷きながら、「あ」と声を上げそうになった。
そうだ。
アイザックの素性を隠すために、顔を負傷したということにして包帯で隠していたのだ。
(あれが……尾ひれはひれついているのか?)
困ったなと思いながら、クロエは言う。
「その傷もだいぶん治っている。あまり……気になる傷もない」
だが女子たちは強がりだとでも思っているのだろう、あいまいに濁される。
「その、社交界ではもうそのような話が出回っているのですか?」
早いな、と思ってクロエは尋ねた。
確かに王太子はいち早く「アイザックが襲撃され、保護し、クロエと婚約」というなんだかよくわからない情報を公開した。
「顔に傷」とは公表していなかったが、例の歓楽街での警備に同行したことが影響したに違いない。あのとき、アイザックは顔に包帯を巻いて変装していたのだから。
(しまったな……。変装が悪かったか)
いや、そもそもクロエの家に来た時から、ショールを巻いたりロバに乗ったりと、なんだかやつは目立っていた。
「ルビー嬢が……ねぇ?」
「いろんなところでふれまわっています」
「なんだか訳知り顔で」
「『親の因果が子に祟って、顔に醜いけがまで作って』って。……そこまで言います? かりにも元婚約者でしょうに」
女子たちがうなずきあっている。
アイザックの元婚約者である彼女は、どこかでアイザックの容姿を聞きつけたのか。そもそも聞きつけるもなにも、あれは目立った……。
顔に傷。普通であれば黙っているところを。
ルビー嬢は鬼の首をとったように悪しざまに言っている、らしい。
(噂を広めているのは……ルビー嬢。嘘にだまされて婚約破棄したのかと思ったが、だました側なのかもしれんな)
クロエが顎をつまんで考えていたら、ごん、と音がした。
「黙考なさっているお姿もうるわしい」
そんな言葉を残し、女子たち全員が卒倒したためだった。




