21話 淑女たちの申し出
(そうか、彼女も自由恋愛の末、このありさまだったな)
ちらりと副隊長に視線を向けると、彼は無表情でその視線を受け止めた。「ですよね」と言わんばかりに見返してくる。
「かまわん、通せ」
クロエが許可を出し、立ち上がると同時に小柄な女性数人が駆け込んできてびっくりする。
え、ひとりじゃなかったのか、と思うが、それもそうかと思い直す。
深窓の令嬢が王城内とはいえ、男性ばかりがいる駐屯地に来るのだ。侍女やメイドを連れてくるのは当然だろう。
(いや……だがしかし、侍女やメイドには見えんな。ん? 彼女たち、見覚えがあるような)
クロエは目をまたたかせた。
入室してきたのは四人。
そのいずれもが育ちのよさそうな娘たちだ。
「クロエお姉様、お久しゅうごさいますわ!」
一番に抱き着いてきたのはアデルだ。
まだ少女といっても差し支えの無いほど細くてちいさい。こんなので走ったり馬に乗ったりできるのかとクロエはいつもひやひやする。がっしりつかまれたら腕がぽきっといきそうだし、鷹に肩をつかまれてそのまま飛んでいきそうだ。
「これはこれは、私の可愛い子爵令嬢。本日はいかがなさいましたか」
抱き着かれたまま、その背を撫でてやる。
本来であれば公爵の身分であるクロエのほうが断然身分が高いのだが。
あのあほ王太子の後始末のため、「心の傷を癒すのが私の仕事です。それまでは私のことを姉だと思って、なんでも自由に申し出てください」と伝えている。
そのせいで、すっかりなつかれた。
お茶会だの買い物だのにやたらめったら誘われる。これも彼女が結婚するまでの辛抱だと思い、心身の鍛錬だととらえていた。
「お姉さま、お仕事中にごめんなさい! でもどうしても確認がしたくて……! わたしと志を同じくするお友達と一緒に参りましたの!」
ぱっと顔を上げてアデルが真剣な面持ちで言う。
(志を同じ……? ああ、どこかで見たことがあると思ったら。子爵令嬢の友達か)
クロエは他の三人に顔を向けた。
お茶会や買い物についてきていたような気がする。
「ごきげんよう」
クロエが声をかけると、驚いたことにひとりが卒倒した。
「はあ⁉ ちょ……! 副隊長、椅子を!」
「かしこまりました」
テキパキと副隊長がその女子を助け起こして椅子に座らせる。ほかのふたりも顔を赤くしてのぼせ上っていた。
「窓を! 窓を開けるのだ!」
「かしこまりました」
え、暑いのか、この部屋、とクロエはとまどう。とりあえずクロエはアデルに抱き着かれているから暑いことこのうえないが。
「どうやら皆さん、体調不良のようだが……。それを押してのいかなる用件でしょうか」
「お姉さまの刺激が強すぎたようですわ。……いえ、そうじゃなくて!」
アデルはクロエから離れた。
同時に足音も軽く令嬢たちが駆け寄って来る。
「ご婚約なさったとうかがいました」
真剣なまなざしでアデルが言った。令嬢たちも固唾をのんでクロエを見つめている。
「そう……ですね。婚約式の案内を今度子爵令嬢にもお送りします。というか、予備がまだあったかな。ああ、よければお友達もご一緒に。ええ⁉」
途端にまたひとり卒倒する。副隊長が淡々と椅子に座らせる様は、傷病兵をいたわる衛生兵のごとくだ。
「まあ、皆さま、しっかりなさって!」
「はい、アデル様!」
「でもクロエ様のお姿がまぶしすぎる上に婚約式に招かれるなんて!!!」
「なんてうれしいことでしょう!!!」
「きゃあ! 気をしっかり!」
なぜか令嬢たちは一塊になって励ましあっている。
「その……なにが」
いま自分は何に巻き込まれているのだと戸惑っていたら、アデルがきっとまなじりを上げてクロエを見た。
「ご結婚なさったらお仕事はおやめになるのですか⁉」
「え?」
「朱紅隊の隊長です! ご結婚なさったら家庭をお持ちになるのでしょう? お子様のこともございますし……。お仕事、おやめに……」
「いや、やめるつもりはありませんが」
「え?」
「結婚しようが、婿を迎えようが、子を産もうが仕事は続けます」
少なくとも女性隊員だけで一個小隊作るまでは、岩にかじりついてでもいるつもりだ。
「皆さま、お聞きになって⁉」
「クロエ様! ありがとうございます! 感謝しかございませんわ!」
「うれしい! ほっといたしました!」
女子たちは手を取り合ってキャッキャと笑いあっている。
ルールのわからないゲームに巻き込まれたような顔のクロエに、アデルが代表して言った。
「王宮でなにか催事がありましたら、女性の警備はすべて朱紅隊が担当になったでしょう?」
「そう……ですね」
そのための朱紅隊だ。
少なくともクロエはそう思っている。
「いままでの近衛兵は粗野で乱暴で……。なにか相談ごとがあっても『これだから女は』って言われたりしてたんです」
「そうなんですか?」
それは初耳だ。だがクロエ以外は普通のことだったのだろう。女子たちはそれぞれにうなずきあった。
「その……お手洗いのことなんて聞けませんでしたし」
「移動中に通路を止められて、その理由を尋ねても無視されたり……」
「ひどいときには口にするのも憚るような言葉を投げられたり」
「少なくとも殿方と同じ扱いをうけたことはございませんでした」
あっけにとられる。
男性と女性で警備に差があったということか。
いや、警備というより、態度に差があった、のだろう。
「クロエお姉さまが担当してくださってからは、乱暴な護衛騎士など見かけませんでしたし」
「いずれもが態度も言葉遣いもやわらかく……」
「こちらがまごつくと『どうなさいましたか』と優しくお声がけを」
それは普通だ、と言いたいのだが。
心底喜んでいる女子たちを見ているとクロエの心がどんどん沈む。
か弱い女よりも強い筋力を見せつけての、横柄な態度や不機嫌な態度。それをひけらかし、「男の言い分を無条件に聞くように」と差し向ける。
くそが、と言いたい。
「……その、私自身は結婚等で仕事を辞めるつもりはありませんので」
クロエが苦々しい思いで言葉を絞り出したのだが、一斉に視線を向けられて口をつぐむ。
「それはクロエお姉さまはそうかもしれません!」
「ですが相手の殿方はどうでしょうか!」
「そうですわ! あのアイザック・ニコライアン殿ですよね⁉」
なんか圧を感じてクロエは背をそらせる。
「そう……ですが」
「アイザック殿もクロエお姉さまと同じ意見ですか⁉」
アデルに言われて一瞬きょとんとなった。
(……そんなところまで話を詰めていなかったな)
ぼくと結婚してもいいのか、と何度も確認されたが、「どんな結婚生活をしたいか」とは言われなかった。
「ほら! ほらほらほらほら! クロエお姉さまはアイザック殿にたぶらかされている可能性もございますわ!」
王太子ミハエルにたぶらかされたアデルが言うのだから説得力が増す。
「そこでわたしたち、ぜひアイザック殿に会って面接をいたしましょう、と!」
「その許可をいただくためにここに馳せ参じたのです!」
真剣なまなざしで女子たちがクロエに詰め寄る。




