17話 クロエに隠していたこと
その日の夜。
クロエはアイザックの首根っこを捕まえて王城に突入し、王太子ミハエルの寝室に飛び込んだ。
「どういうことなのですか、これは!」
ベッドの中で目を丸くしているミハエルにクロエは命じた。
「説明しろ! そこに座れ!」
「はいはい。え、なに。アイザック。これどゆことよ。その包帯もなに。あ、変装? いいじゃーん」
「黙れ!」
「はいはい。もー、クロエは怒りっぽいんだから」
ミハエルはもそもそとベッドから這い出ると、ナイトキャップをかぶったまま、クロエが指さす椅子に腰かけた。それを確認し、アイザックがおそるおそると言った風に口を開く。
「その……。包帯を巻いて変装をして……。幽騎士退治に出かけたのですが、ぼくの危機にシャリーが来てしまって」
「シャリー? え。まさかと思うけど」
「ええ、猫のほうじゃなくて……。虎の方で」
しょぼんと肩を落とすアイザックの顔半分は律儀にもまだ包帯巻いたまま。その隣では怒髪天をつかんばかりのクロエが仁王立ちしている。
「貴様らが隠していることを洗いざらい白状しろ!」
「まあまあ、落ち着きなよ、クロエ。いやそりゃ、君との仲だからこの時間に来てもいいけど、本来は……」
「本来もくそもあるか! だいたいそのナイトキャップが絶妙に腹立つ!」
「これ、髪に良いんだよ? なんなら君にもプレゼント……」
「いらん!」
クロエに一喝され、ミハエルは両手を上げた。
「まあ……。じゃあ、ふたりとも座りなよ。あ、あっちのソファに移動しようか」
ミハエルが顎でソファセットを示し、クロエは舌打ちしながら足を向けた。その後ろをトボトボとアイザックがついていく。口にこそしなかったが、ミハエルは『看守と囚人みたい』と思った。
「で⁉」
ミハエルとアイザックが座るのを見計らい、クロエは足を組んで凄んだ。
「どこまでが真実で、どこまでが嘘で! 隠していることはなんだ!」
「わー……尋問みたい」
「口を慎め、王太子!」
「はいはい。もう、そんなつんけんしないでよ。あのさ、君に説明したことに嘘はないよ。な? アイザック」
話を振られ、アイザックは素直に首を縦に振った。
「母の不貞を疑われ、庶子の疑義が出たため、ぼくはルビーとの婚約が破棄になりました」
「湖水地方に向けて出発しようとした矢先に襲われたのが嘘なのだな⁉ どう考えても傷の治りが早すぎる」
冷淡にクロエに言われ、アイザックは首を横に振った。
「それは違います、本当に襲われました。傷の治りについては……あれはシャリーです」
「シャリー? やはりあの猫はただ可愛いだけではなかったか!」
クロエが目を細める。
「クロエ様もご覧になったとおり、本来は虎で……。その金虎神殿の神獣であるトラなのです」
「………………」
「いや、わかります。気持ちはわかります」
アイザックは早口で言葉を継いだ。
「伝説のお話だとお思いでしょう。ですが、本当なのです。現王家とこの国を呪いから守るため、当時の神官は四匹の神獣を召喚し、東西南北の守りにあたらせたのです。ハミルトン伯爵家は当時から金虎神殿につかえる神官を輩出していて、神獣のお世話をしていました」
「あの可愛い猫、シャリーはその神獣である、と」
「そうです。現在、あのように神殿から出てきてしまって職務を放棄しているため……」
「幽騎士が西区にばかり集中して現れるようになってしまったのさ」
ひょいと肩をすくめてミハエルが言う。
少しずつだが。
クロエは理解し始めた。
「……ようするに、アイザックが神殿から追放されたがために、神獣も仕事をボイコットしている、と。結果的に結界が甘くなり、西区に幽騎士が跋扈し始めた。そういうことか?」
「その通りです、クロエ様」
ほっとしたように頬を緩めたが、アイザックの表情はすぐに曇る。
「シャリーには何度も神殿に戻るようにと伝えたのですが……。『アイザックのいない神殿はつまらない』と。その……会話ができるのはぼくだけなもので」
「ハミルトン伯爵家には神獣と会話できるものが出てくるそうだ」
注釈を入れるミハエルを一瞥し、クロエはアイザックに尋ねた。
「それは……代々そうなのか?」
「いえ、ごくまれに生まれる、というだけで。ずっとではありません。ただ、ハミルトン家の長男にはこの情報が語り継がれ、神獣と会話ができる者が産まれれば、神殿に仕えるように指導するのです」
「……ん?」
クロエはふと思い出して足を解いた。前のめりになり、アイザックとミハエルに言う。
「ならばこれ、話は早いではないか。アイザックは母上の不貞を疑われているが、正真正銘のハミルトン家の嫡子。なぜなら神獣と会話ができ、かつなつかれている」
だがアイザックとミハエルは顔を見合わせた。
「その……ハミルトン家にこのような能力者が産まれることは極秘事項なのです。事実、王家に連なるクロエ様もご存じなかったでしょう?」
「わたしが知ったのは偶然といえば偶然なのだ。アイザックが窮地に陥り、それで相談されたからにすぎない」
「なぜ隠す必要があるのだ。どうどうと発表してはどうだ?」
不思議そうなクロエに、アイザックは苦笑した。
「それを信じる人がいらっしゃると思いますか? 神獣が人前に姿を見せるのは稀だし、ぼくが神獣と会話していたとしても、ただの独り言に見えるでしょう。ぼくが苦し紛れに嘘を言っていると言われればそれまでだ」
「あ」
クロエは声を漏らして口を閉じる。
言われればそうだ。
普段は白猫に話しかけているようにしか見えない。自分だってあの大型の金虎と遭遇しなければ信じなかった。
「可愛く賢いシャリーにお願いして本来の姿で出現してもらってはどうか? 事実、先ほどはアイクの危機に現れてくれたのだし」
「それはそれで問題があるのです」
アイザックが肩を落とす。
ミハエルも苦笑いした。
「求めに応じて神獣を出現させることができ、しかも意思疎通が可能。これほどに偉大で神格化できそうな人材。ともすればこれ」
ミハエルはソファに深くもたれ、目を細めた。
「王になりかわる資質を持っている」
「あー………」
クロエは頭を抱えたくなってきた。
なるほど、ハミルトン伯爵家が代々秘してきたわけがようやくわかった。
現王権ににらまれたくないからだ。
ミハエルの言う通りだろう。
神獣と会話ができ、意のままに行動させることができるなら。
それこそ「王」ではないだろうか。
ぞくり、と。
一瞬だけ鳥肌だつ。
王家側に立つクロエが言うのもなんだが。
現王権は疑り深い。
前王権に代々呪われ続けているのだから当然だ。
前王家から王権を簒奪したのだからもっともだ。
自分たちのように誰かが王位を狙っている。
そう思っていても不思議ではない。