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婚約破棄された伯爵を預かったのだが、胃袋をつかまれていかんともしがたい  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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16話 退治

「待て!」 


 クロエが抜刀した。

 だがそれより早くアイザックがなにかを放ったのが見えた。


 炎のたてがみを持つ馬がいななきを上げる。骸骨騎士が強く手綱をひいたからだ。

 そのせいで足がとめられ、女は這う這うの体で一番近くの倉庫まで移動する。


「クロエ様! 笛!」

「あ⁉ ああ!」


 慌てて首からさげていた笛を思い切り吹く。


 吹きながら骸骨騎士を見た。

 アイザックが投げたのは、投げ縄だと気づく。骸骨騎士の首に絡みついているからだ。


 縄の両端に重しをつけた投げ縄のようだ。

 首にかかると同時に遠心力でぐるぐると骸骨騎士を締め上げる。


 骸骨騎士はそれをほどこうと手綱を離し、両手で首に絡む縄をつかむ。

 その時にはもうアイザックは骸骨騎士のところまで近づいており、足をつかんで一気に騎乗から引きずり下ろした。


 音を立てて骸骨騎士は地面に放り出される。


『おのれ!』

 骸骨騎士は素早く立ち上がった。


『逆臣の徒め! 天誅を受けるがいい!』


 剣に手をかける前にアイザックは間合いを詰め、どんっと両手で骸骨騎士の柄を突いた。


 剣を抜けないようにしてから、足払いをかける。


 一度目は持ちこたえた骸骨騎士だが、二度目の足払いで仰向けに転倒する。

 転倒した直後に柄に手をかけ、アイザックは骸骨騎士から剣を奪い取り、そのまま仰向けの骸骨騎士の胸に突きさした。


 絶命の声を上げ、骸骨騎士はそのまま動かなくなる。

 アイザックの動きと手際に呆然としていたクロエだったが。

 その目の前で骸骨騎士はゆっくりと霧散した。


(あれが……幽騎士……?)


 突如馬がいななきを上げたことで我に返る。

 主を失って怒り狂ったのか、後ろ足で立ち上がった。


 相当な大きさだ。

 大きく振り上げた前足でアイザックの頭を蹴割ろうとしている。


「アイザック!」 


 思わず悲鳴のような声が出た。

 彼の手にはもう剣がない。

 骸骨騎士が消滅したと同時に消えたのだろう。


 とっさにアイザックは後ろに逃げる。


 ガツンっと重い音をたてて、鼻先すれすれを馬の前足が通過した。

 一撃を免れた。よかった。そう気づいた瞬間、クロエは貧血を起こすかと思った。


 馬は再度いななきをあげ、跳ねた。前足と後ろ足を使ってアイザックを攻撃する。


 抜刀してクロエが手助けに入ろうとした直後。


 腹に響く咆哮がとどろいた。

 馬もクロエも思わず動きを止める。

 髪が、肌が。びりびりと震えた。


 実際、倉庫の窓ガラスにひびが入る。

 そして東の空から、それは現れた。


「……虎?」

 クロエは呆然と見上げる。


 のしり、と。

 倉庫の屋根を泰然と歩くのは馬ほどの大きさもある金色の虎だった。


 虎は同じく金色の瞳で眼窩を睥睨すると、馬に狙いをつけたようだ。

 もう一度咆哮を上げると、その大きさからは考えられないほどの敏捷さで屋根から跳躍した。


 月光がかげる。

 だが明度が落ちない。

 それは虎の被毛が金色だからだ。

 それ自体が発光している。


 虎は着地するや否や、鱗粉のような光をまき散らしながら、馬の胴体めがけて前足を繰り出した。

 馬はそれを跳ねてよける。


 ぐるりと馬体を反転させる、後ろ足で虎の顎を蹴りつけようとしたが、虎はしなやかに上体をかがめてよけ、その低い態勢のまま馬に近づくと、一気に飛び上がって馬の喉元に食らいついた。


 馬はいなないて逃げ出そうとしたが、虎は食らいついたまま離さない。ふっふっと呼吸をもらして首を左右にふると、馬は前足を屈した。


 そこを虎は見逃さない。


 首をさらに横に振って馬の頭を石畳みに叩きつけ、さらに牙を深く差し込んだようだ。


 ぼきり、と。

 馬の首が折れる音がし、そのまま骸骨騎士同様、黒霧となって消えた。


「ありがとう、助かったよ」


 アイザックがやわらかな声で虎に話しかけた。

 呆然としていたクロエだが、アイザックは砕けた様子で虎に手を伸ばす。


「アイク! あぶない!」


 思わず悲鳴を上げたが、アイザックはきょとんした様子でクロエを見る。


 それに構わず、虎は顎から喉にかけて血で毛皮を汚しながらも、目を細めてアイザックの手のひらに自分から頭を押し付けにいった。なんならゴロゴロと喉も鳴らしている。


「うわ、ちょっと……なにその汚れ方」

「うにゃあ」


「自分でどっか水浴びしてこいよ?」

「うぎゃ!」


「そのまま帰宅したらクロエ様のお屋敷を汚すだろ」

「ニギャ!」


「いや、だめ。いれないから」

「ニギャギャ!」


「クッキー、やらないよ?」

「ニギャギャギャ!」


「いくら抗議してもだめ。わかった? シャリー」

「シャリー⁉」


 思わずクロエが大声をあげたころには。

 警笛を聞いて駆け付けた隊員が虎を撫でているアイザックを見て、悲鳴を上げた。


「あ、あわわわわ。シャリー、ほら早く!」

「うにゃにゃ!」


 虎はそのままぴょんと屋根に飛び乗り、西の方向へと屋根伝いに駆けて逃げて行った。


「た……隊長、あ、あれはなんですか……」

「……私もわからん。わかり次第、説明はするが」


 またもやクラクラと貧血を起こす直前のようになりながらも、クロエは部下に告げた。


「アイクが幽騎士を退治した。今宵はこれにて解散とする。笛を鳴らせ」


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