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12話 猫用クッキー

「お帰りなさいませ」

 自宅門扉前では、警備兵が敬礼をするからクロエも答礼をした。


「うむ。報告は?」

「特になにもございません」


 まだ若い。十代後半のこの警備兵は緊張しているのか、敬礼の姿勢を崩さぬままだ。


「なおれ。そうか、小間使いもヨハンナ刀自も外出はなかったか?」

「はい。今日は業者の搬入もございませんでした」


「そうか。あ、これ。あとで食しなさい」

「え⁉ あ……りがとうございます」


 警備兵は、ブラウニーの入った袋を前に盛大に戸惑ったあと、年相応の顔でうれしげに笑い、おずおずと受け取った。


「では交代までよろしく頼む」

「はい! あ、あの!」


 門扉を開けて入ろうとしたら声をかけられたので、振り返る。警備兵は両手で袋を握り締めたまま、クロエを見ていた。


「明後日の飲み会に隊長はご参加なさいますか?」

「いや、欠席だ」


 途端にしょぼんとするので、目をまたたかせた。


「なにか相談事か?」

「いえ! ……いつも参加なさらないので」


「上官がいたら邪魔だろう」

「そのようなことは!」


「餞別は副隊長に預けている。また日があえば参加しよう。ありがとう」

「こちらこそ! これ、ありがとうございます!」


 クロエは手を挙げて応じ、家に向かう。

 今日も室内の光が中庭に漏れ出している。庭の草木を光がつやつやと照らすさまを見ながら、扉を開けた。


「おかえりなさいませ」

 慣れた感じでアイザックが出てきた。


「ただいま戻った。これ、途中の店で買ったクッキーとブラウニー」


 上着と一緒に紙袋を手渡すと、アイザックがにっこりと笑った。


「では本日のデザートと一緒に出しましょう。炊事場でちょうどいい茶葉を見つけたんです」

「良い茶葉?」


「隠すようにおいてあったので。ひょっとしたらメイドさんたちのお楽しみだったのかもしれません」

「なんと」


 いままで自分だけが飲ませてもらっていなかったとは。

 愕然としていたら、がざりと袋を開く音がしたので、クロエは付け加えた。


「あ。その白っぽいクッキーは猫用だそうだ。シャリーに」


 やってくれ、と言わない間に、すととととととと、とすごい勢いでシャリーが居間から飛び出してきた。


「んなぁおぅん」


 向かい合って立つクロエとアイザックの間を、シャリーは8の字を描くように鳴きながら歩く。しかもスリっと通り過ぎざまに身を寄せ、かつちらりと上目遣いに見てくるではないか!!!!!


(猫が……! 猫が、スリッて!!!!!)


 あまりの嬉しさに棒立ちになり、次のスリッを待っていたら、アイザックが「こら」と叱った。


「クロエ様が困ってらっしゃるだろう」

「困ってなどおらぬ!」

「うな!」


「これはなんと言うておるのだ!」


「お菓子が欲しいらしいんですけど。だめだよ、シャリー。まだクロエ様も召し上がって……」

「即刻与えよ!」


「え? いいんですか」

「うな、うな!」

「えー? もうシャリー、君だめだよ、それ」


 珍しくむすっとした顔で注意したあと、アイザックはクロエの上着を肘にかけたまま、紙袋から白いビスケットを取り出した。


 猫もクロエもわくわくした目でクッキーをみつめる。


 もちろん猫は食べられると期待し、クロエは美味しそうに食べるのを間近で見られると喜んだ。


「はい、どうぞ」

「え?」


 アイザックはにこりと笑って白いクッキーをクロエに差し出すから戸惑う。だがアイザックもその反応に困惑しているようだ。


「え? ご自身で与えるために買ってこられたのでは?」

「やっていいのか? 私が?」


「誰がやっても別に……」

「いいのか? 怒らないか?」


「こんなに欲しがってますし」

「いや私がやるなど畏れ多い」


「なにに対して。というか、いまのこの現状を怒ってますけど」


 気づけばウニャからギニャッに鳴き声が変っていて、後ろ足で立ち上がりアイザックの手からクッキーを奪おうと手を伸ばしている。


 その手が。


(丸い! 猫の手って丸い! 丸くてふくふくしている!)


 犬とは大違いだ。犬の手は、のしっとしていて、爪はつねにはえている。

 だが猫。あの丸くてふくふくしたマシュマロのような手に爪はない。


(いかんいかん。よだれが!)


 可愛すぎてよだれが垂れるところだった。

 気を引き締めてから、アイザックから猫用クッキーを受け取る。


 膝を曲げて座ると、シェリーが「なに、こっちの人がくれるの⁉」とばかりにすぐに近寄ってきた。


「はい、どうぞ」


 鼻先に差し出すと、シャリーは口を開け、ぱくりとくわえ込んだ。


(牙、ちっさ! ってか口の端が裂ける! うわわわ)


 かわいいいいいいいいいい。

 さあ、いまから食べるところをしっかり見るぞ、と思ったのに。

 シャリーはクッキーを咥えて走って逃げてしまった。


「あ……」

「こら、シャリー! どこに……っ」


「いや、いい。風呂に行く……」

「クロエ様、まだ一枚ありますから!」


「ああ、そうだな……」

「今度はクロエ様の前で食べるようにいいますから!」


「いや、いいんだ……。猫族には嫌われているから……」

「そんなことありませんって!」


「風呂に行く……」

「行って……らっしゃいませ……」


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