第5話「アルメリア、ドレスをゲットする」
「どうしたものかしらね、これ」
着ることのできないドレスを前に、アルメリアは自分へのお世話が色々と中途半端な事に対し思い悩む。
とりあえず着る事ができないドレスは自分で手直しする事にした。今までも服の修理や手直しは自分でしていたからこれくらいはできるはずだ。
とはいえ服そのものを自分で着る事ができるように改造するのはなかなか骨が折れる。
「えーと、背中で服を止めるてるのを身体の前側に変えようかしら。リボンを移動させたら隠せそうだけれど大改造ねぇ。ああでも、新しい服って新鮮だわ」
悩んでいても仕方ないので、布から糸を抜きながら解体していく、抜いた糸の一本も無駄にはできない。できればハサミを入れるのは最小限にしたい。
ついでに自分の身体に合うようサイズも合わせながら詰めたり伸ばしたりしていく。面倒ではあっても、自分を着飾るための作業とあっては、心は浮き立つものだ。
数日かけてその作業は完了し、ようやっとアルメリアはまともなドレスを手に入れた。
袖を通し、自分でボタンを止めてドレスを着込む。髪は櫛を入れて綺麗にまとめれば、それなりの格好になった。
スカートを持って淑女の礼のマネごとをしたり、ダンスのようにターンをしてみれば、ぶわっとスカートはアルメリアの心のように舞い上がる。
ああ、新しい服って良いなぁとアルメリアは苦労の甲斐があったと深くにもちょっと涙ぐむ。いっそ全身を見てみたいと、姿見を探しにアルメリアは部屋を出た。
この屋敷は2階建てで、アルメリアが住んでいるのは屋根裏だった。
2階は両親や姉といった自分以外の家族が住む層で、書斎や寝室といったプライベートな部屋がある。
1階は客間や応接室、談話室といった対外的に使われる空間が多い。
半地下となっている地下室は使用人が働く所と階層的に分けられており。
それぞれの層の住人は交わる事すらないよう使用する階段すら決められている程、厳格に住むエリアを分けられていた。
アルメリアもそれは知っていたのだが、あえて使用人が使わない家族用の階段で1階まで降りる。適当な客室に飛び込めば姿見があった。
我が身を鏡に写して、ようやくアルメリアは満足した。どうにか貴族令嬢らしくなれたのかしら、と、やっと人に戻れたような気分だった。
しかし、格好はともかく、貴族令嬢らしい所作・仕草まではどうにもならない、そもそも手本が無いのだ。
家庭教師がついていた頃に多少のマナーは学んだものの、そこで教育は止まってしまっていたのだから。
ふと、窓を見ると一人の令嬢が侍女やメイドを引き連れて庭園に向けて歩いていた。姉のヴェロニカだった。
その歩き方は洗練されており、指先一つまで完成されたかのような優雅さだった。アルメリアは一挙手一投足まで見逃すまいと凝視する。
それだけでは足りぬとばかりに、窓から外へ出て、気配を隠して姉の後を追った。
やがて東屋に到着すると姉は着席し、メイド達は午後のお茶の用意を始める。
優雅なものね、とアルメリアは思ったが良い機会だった。彼女の仕草や行動、全てを教科書とすべく可能な限り覚えていく。
ああ、貴族令嬢とはこうしたものなのだな、と動きを脳内でシミュレーションしながら、アルメリアは姉の姿や動きにいつしか見惚れていた。
いつかは、姉と向かい合ってお茶をできるのかしら、と思い描いたりする。
「やぁ、何の見物かな? お嬢さん」
「!?」
と、自分の考えに入り込んでいると、声をかけられアルメリアは驚く。こんなに近づかれるまで気配を感じる事も反応する事もできなかった。
振り返ってみると、そこには立派な騎士服を着た青年が立っていた。
年の頃は20歳くらいだろうか、短く切りそろえた銀髪に整った顔立ちだが、騎士服には似つかわしくない、どこか軽薄な笑みを浮かべていた。
しかし、ただの騎士ではないのは一目見てわかる。服は高価な布と糸で丁寧に縫製された上質なもので、逆に腰に吊るしている剣は飾りなど施されていない、よく手入れされたものだ。
アリシアは無意識にドレスの中で腰を落とし、この相手をどうやって倒すか、という脳内シミュレーションをしてみて驚愕する。全く勝てる見込みがなかったのだ。
どのように動いても、どのように魔式を放っても、全てが見切られ反撃された挙句、一方的に倒されてしまう。密かに絶望を覚えていると、
「へぇ……」
と、面白いものを見るような目で見てくる。正直ぶしつけといっても良い視線にアルメリアは眉をひそめた。
「おいおい、生命の恩人に対してそれは無いんじゃないかな?」
「生命の、恩人?」
「そう、こないだそこの小川で溺れてたでしょ?このマントに見覚え無いかな?」
そう言われて、アルメリアは改めて彼のマントを見た。確かにそれは、先日自分が川で溺れて目覚めた時にかけられていたものだと思い出した。
「ああ、あの時の、貴方が助けてくれたのですか、ありがとうございました」
深々とお辞儀をするアルメリアに、青年は軽く手を振って応えた。
「いやいや、あの時は驚いたよ、殿下のお供で来たのは良いけど、暇だからその辺を警戒も込みで散歩してたら水の中に女の子が沈んでるんだもの」
「……あなたは?」
「名乗るのが遅れたね、俺は近衛騎士団所属のエルドリック殿下付きの護衛を担当しているクリストファーだ。さて、君の名前は?」
「……アルメリア、です。あの、殿下というのは?」
アルメリアは、一瞬アングラータの姓まで名乗ろうかと思ったが、相手が大物そうなので後々面倒な事になっても困ると思い名前だけに留めた。
「そう、ほら、あそこ」
クリストファーが指さした先には、先程の東屋で姉のヴェロニカとお茶をしている人がいた。
ヴェロニカに劣らず美しい青年で、金髪に意志の強そうな切れ長の青眼、誰がどう見ても王族といった佇まいだ。
あれが、エルドリック王子、姉の婚約者。
「まるで、届かないものを見るような目だね?君だってこの家の令嬢なんでしょ?」
クリストファーがアルメリアの胸の内を言い当てるように話しかけてきた。
だが、それに答える言葉をアルメリアは持っていない、 そもそも自分は、この家の令嬢だと胸を張って名乗れないのだから。
いたたまれなくなってアルメリアはその場から去った。
その背中を、クリストファーは興味深そうに見送った。
「この間とは別人みたいだよね……?何があったのやら。さっきは俺を殺せないかな? って一瞬思ってたみたいだし」
それは、面白い玩具を見つけたかのような目だった。
さて、服を手に入れ、貴族令嬢の仕草を覚えていって順調かと思われたアルメリアの生活だが、また問題が発生した。
また食事の用意が止まったのだ。
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