それは噂話ではなく だった。
ついに証拠集めに動き出した平凡なサラリーマン達
果たして証拠はみつかるのか。
【7月21日から22日】
神川は朝一番で本社ビル近くの商談相手の事務所に行く予定があり、本社方向へ向かっていた。コインパーキングに駐車し、商談相手の事務所へ向かう。目的地をそのまま300mほど進むと我が社の本社ビルに着くので、今日が再設置の良いタイミングだと思っていた。
本社ビルを超えると細井本部長の駐車場があるので、本社の近くを横切る必要がある。
念のため少し離れた場所で早めのランチを取り、食事中に橋本部長に細井本部長が本社にいることを確認してから設置を行った。
少し躊躇う気持ちがあったが、在席確認の際に、橋本部長から、赤町さんと会議室にいると聞き、罪悪感はきれいさっぱり消え、むしろ天誅という言葉が神川の頭に浮かんだ。
次の日、神川は朝から自分のスケジュールの調整を行い、定時前の最後に本社方向の商談相手への打ち合わせを予定していた。その旨を赤町に伝え、自宅付近まで送るので、一緒に帰ろうと誘いの連絡を行った。
だが、赤町からの返答は神川の願ったものではなかった。
本社ビルから南の方角に赤町の自宅はある、神川の自宅はさらに南の方角になるので、北に住んでいる細井本部長より朝晩の送迎は簡単なはずだ。むしろ自分が行きたいと思っていたのに、赤町は子供が塾に行っているから、迎えに行ってそのまま一緒に帰るから今日は難しいという返答だった。
神川は冷静を装い、クールに仕方ないという内容の連絡を行った。
そしてそのまま本社から南の方角へ向かった。ただし冷え切った自宅には帰らず、赤町を送っていた、パーキングの近くで一旦停止していた。
既婚者の赤町の自宅付近までの送迎は危険なので、徒歩5分ほど離れたパーキングに止めて少し話してから赤町を送り出すことがいつもの流れだった。
細井本部長が同じパーキングを使うとは思わなかったが、万が一向こうがから現れれば儲けものだ。その場を押さえてやろうと思っていた。
GPSの画面を確認する。
北の方角へ向かうべき赤いポイントは神川のいる方向へ向かってきていた。
15分ほどかけて神川のいる地点から2~3分の場所現れ、停止した。
他に予定がある可能性もあるが、少し田舎のこのあたりの住宅街にわざわざ訪れるようなお店はない。
赤いポイントは30分ほどその地点に停止してから、北の方向へ向かって移動を開始した。
【7月26日】
神川は今日も決まった時間になると自分の携帯電話の表示画面を確認した。
最初の追跡から数日間たったが、今日も赤いポイントは、当然のように本社ビルから出発すると一旦、東の方角へ向かい、赤町の利用する駅の近くで停車、しばらくすると、細井本部長の自宅とは間逆の南側の方角へ動き出す。
神川は自分の感情が限界に近づいていることを感じた。
自分から赤町に連絡をしても返事がそっけない。以前のように食事に誘っても、今日は予定があるからまた次回といったようにかわされてしまう。
自分とは会えないが細井とは会えるのか。彼との時間を作ることで頭がいっぱいなのか。。
そんな考えでいっぱいになり仕事も手がつかなくなる。
今日はもう切り上げて少し飲んでから帰ろう。誰かを誘おうかと携帯電話を確認したとき、赤いポイントがいつもと少し、違うコースを走っていることに気がついた。
神川は仕事を切り上げ、急いで外へでた。
急いで駐車場へ向かい車両に乗り込み画面を確認する。
赤いポイントは、とある高速道路のインター付近で停止していた。
市内複数あるインターのうち、ここはトラックなど長距離移動をする車両が多く利用するインターで、最寄には飲食店や、ラブホテルが点在している。
そして赤いポイントはホテル街で停止していた。
10分ほど前まで移動していたということは、今はまだ到着して間もないことになる。
ここから向かっても1時間近くかかる。通常の関係ではなく、時間も限られている二人は一体どの程度の時間そこにいるのか検討がつかなかった。
ただ、神川はもう止まれなかった。
向かいながら、長谷川に連絡をした。
長谷川はその日休みだった。自宅で暇を持て余していたところに飛んでもないニュースが舞い込んできた。
長谷川の場合は、自分と違い赤町と直接の関係があるわけではない、きっと彼は面白いゴシップを見つけた。と感情が高ぶっているに違いない。あまり彼と同行はしなくなかったが、自分ひとりでこのまま追跡できるとも思えない。この後どうするか考えるより先に、追いかけずにはいられなかった。
長谷川は、細井たちに認識される可能性のある社用車ではなく、自家用車で出発した。
神川は長谷川と合流し、長谷川の車両に乗り込んだ。自分の早くなっている心臓の音が耳の横から聞こえてくるような状況になりながら、一刻一秒を自分の全身で感じていた。
神川が出発してちょうど1時間ほどたち、赤いポイントのあるホテルの入り口に到着した。
神川は念のため後部座席に移動し、二人はホテルの駐車場に入った。
ある程度の敷地面積だったが、見覚えのある高級車がホテルへの入り口のすぐに横に見つかった。
長谷川はそのままホテルの入り口を通り過ぎ、ひとつ奥の駐車場区画に車両を停止した。
白い高級車が二人の左前方に見える位置だ。
長谷川も後部座席に移動し、二人は息を潜めるた。
赤町が家族にどういう言い訳をしたのかわからないが、二人は夜の23時を過ぎてもでてこなかった。
もう5時間くらいホテルにいるってことやんな。長谷川は神川に聞いた。
「そういうことですね。」神川はGPSの履歴画面を見せながら答えた。
赤町同様に、神川、長谷川にも家庭がある。
普段から一定の頻度で飲み歩いている二人はお互いの家族に遅くなること、それぞれと一緒に出かけていることを説明し、難を逃れていた。
冷え切っているとはいえ、自分の妻が、仕事にでて夜中まで帰ってこない。
夫としては、そこに何かあることを疑っているに違いないと神川は思った。
自分にも飛び火がこないようになどと考えていると、ようやく動きがあった。
ホテルの入り口から細井と赤町が出てきた。遠くて聞こえないが何か話しながらでてきた。細井も助手席側に歩き、助手席のドアを開け、赤町をエスコートしていた。
その一部始終を神川は、写真の連射機能を使いながら収めた。
隣で長谷川も動画を取っている。
細井の車がホテルの駐車場を後にしたことを確認し、二人は撮影した動画と写真を送りあい、映像を確認した。
完全に二人がホテルからでてきた写真がそこに残った。
神川は、車からおり、車両が止まっていた場所を移しながら、敷地の外にあるホテルの看板も写真に収めた。
これであとから見てもどこにいたのかはっきりとわかる。そう説明する神川が長谷川は少し怖くなった。
ただその恐怖の感情より他人の不倫現場を押さえた。それも自分の上司の。
その高揚感がはるかに勝っていた。
【7月27日】
神川と長谷川は、昨日の出来事の一部始終を楠山と橋本部長にも共有した。
昨日参加できなかったメンバーにもメッセージグループでスクープ写真を共有した。
その日は4人であつまることになった。
万が一でも誰かに聞かれないように、個室を予約し昨日の経緯を改めて説明した。
これが本当に起きた話だということを実感した。
そしてこれからどうしていくのか相談した。
誰からとなく、今しばらく証拠集めをしないかということになった。
一晩の過ちだと言い逃れができないように、実際に関係があると第三者からみてもわかる量の証拠を集めようということになった。
そしてそれは満場一致で可決された。
まず神川がGPSの画面を確認する。
ここに集まる前に確認した画面では、今日もお決まりのコースを移動していた。
細井本部長は来月に青木さんと再婚を予定しており、神川、楠本、長谷川の三人は結婚式に招待をされている。その結婚式を控えている細井本部長が、毎日のように別の女性と密会している。
神川が昨日の証拠を青木さんに郵送するのはどうかともちかけた。
「その場合、結婚破棄になる可能性はあるけど、やりすぎになると、逆に名誉毀損とかで訴えられる可能性があるから控えた方がいいと思うよ」橋本部長が答える。
誰が送ったかばれなければいいのではないかという意見もでたが、万が一でもばれた場合、訴えられたり、もし細井本部長が赤町と神川の関係を聞かされていた場合、神川の家庭も崩壊する可能性があることを指摘すると神川もどうにか納得したようだった。
この話を皮切りに、万が一、何らの理由で、計画や、実行犯がばれた際のリスクについて考えた。
まずこれから行うのは犯罪行為ではないので、国家権力つまり警察の介入はないはずだ。
指紋をとられたり、写真の現像元から送った人物の特定は、素人には難しいだろうという結論にたどり着いた。
楽観的に考えるなら、文面を同封し赤町の夫から来たかのようにみせればいい。神川はそういったが、社内での処罰を期待する橋本部長はきちんと考えようと結論までは出さなかった。
長谷川が、昨年我が社を退社した中田のことを口にだした。
中田は西エリアのリーダーだった人物で、次期マネージャーの席を狙える男だった。
細井が本部長になり、企業改革に努めていたころ、中田は現場を無視したやり方に納得ができず何度も細井本部長に意義を申し立てたが、聞き入れてもらえず、それどころが出る杭は打たれるというという言葉の通り、出世コースからはずされることになりこの会社を後にした人物だった。
中田は現在、独立し、自分自身が食べていける程度の営業活動で生計をたてていた。
時間的に融通が利きやすいこと、細井本部長に良い印象を受けていないこと、それどころか敵意を持っていることを三人に説明した。
中田は元々、橋本部長のグループにいたことから、橋本が今回の件が片付いたら是非情報共有してやろうと言った。
今は秘密裏に動いているため、情報漏えいを防ぐため、仲間は自分たち4人だけにしようということになった。万が一でも情報が漏れた際は自分たちが、潰されるリスクがあるからだ。
楠本は橋本部長が全員にリスクを大きく説明し、情報漏えいのリスクを減らそうとしていることがわかった。
ただ楠本は、ゴシップネタとしては非常に面白いこの不倫騒動について、会社や、青木に伝えることは果たして正義なのか決めかねていた。
それを三人に意見したが、仕事をせずに指示ばかりであることや、部下を評価していないこと、先日の面談のことを言われ、楠本も言い返せなかった。
情報を知ってしまった楠本をメンバーから外すと、爆弾の投下前に細井本部長へ、密告される恐れがある、神川は、楠本の怒りの火種に油をそそぐ必要があるな。と感じていた。
話をこちらに戻すために神川は携帯の画面を確認した。
赤町の自宅付近に赤いポイントが止まっていた。神川は全員に状況を説明して明日からまた追跡できる時に追跡してみようということになり後は単純に仕事の愚痴を肴にしたいつもの飲み会になっていた。
【7月29日】
楽しかった飲み会から2日明け、楠山は今日も業務に追われていた。元々効率の良いタイプではないが、持ち前の明るさと人当たりのよさで、多くの顧客の心をつかんでいた。
そんな楠山にとって、先日の話は驚愕だった。
ドラマの世界だと思っていたことが自分の隣でおきていたのだ。
正直なところ彼はまだ現実として受け入れられないでいた。
できれば今からでもみんな仲の良いあの時にのような関係になれれば良いのにとさえ思ってた。
だから彼は、楠山の暴走を少しでも和らげることができないかと思慮していた。
そんな彼にとって、今日の神川からの電話は、それはもうどう対応すべきか皆目検討のつかないものだった。
「楠山さんもう仕事終わりました?」
定時をかなり過ぎていたが、彼らの業務上、数時間程度の残業はざらにあるため、神川は丁寧に確認してくれた。
彼は定時に仕事を終わらせ、連日、赤いポイントが止まっている赤町の自宅付近へむかって車を走らせていた。
予定通り赤いポイントは、駅の方角へ向かった後、神川のいる方角へ向かってくる。
先に到着していた神川はまず、コインパーキングに駐車し、徒歩で目的地へ向かっていた。
携帯の画面を確認するといつもと少し違う場所に赤いポイントは止まっていた。
それでも赤町の自宅の徒歩圏内だ。
このあたりに詳しいわけではない神川だが、ローカルスーパーがあったことを思い出し、スーパーに向かって歩いていた。彼の予想通りスーパーの駐車場の一角に見覚えのある白い高級車が止まっており、中に人影も見える。
神川は物影に隠れながら、中の様子が見える位置まで近づいた。
はっきり見えるわけではなかったが、二人の楽しそうな顔が見える気がした。
次第に彼は自分では到底こらえきれない怒りの感情に支配されていた。
今すぐにでも問い詰めてやりたい。その気持ちで爆発しそうになっていた。
神川は自分を抑えることができず、細井と赤町のもとに歩みを詰め寄っていた。
そのとき、赤町が車から降りてきた。神川に気がついたわけではなく、単純に帰路につくためだったようで、二人はまだ神川に気がついていなかった。すぐそばに来たとき赤町と目があった。
驚いた表情を見せたが、かまってはいられず、そのまま細井に向かって最大限の優しさを被って問いかけた。
「二人で何してるんですか?」
驚いた表情のまま、細井が口を開いた「赤町さんが相談あるっていうことやったから、ついでに送って来たんやで。逆にこんなところで何してるの?」
ここで神川の説明は終わった。楠山はその後が気になり問い詰める。「え?その後はどうなったんですか?」
ちょっと近くに用事があってといった内容の回答をしたと思う。
神川は感情が高ぶっており、自分がどういった回答をしたかはっきりと思い出せないという状況だった。
神川は赤町にメッセージアプリで本当は何をしていたか問い詰めたが、旦那の相談をしてただけだ。
神川は何をしていたのか?といったやりとりがあったことを聞いた。
楠山はもうそんな現場に直接立ち会うべきではないことを神川に伝えた。
もし何かあってもいけないし、変に警戒されてしまうと証拠集めができなくなると説明した。
神川もそれには納得したようで、できるだけ我慢すると言ってきたので、できるだけではなく絶対にするなと念をおした。
楠本は悩んでいた。このままいくと確実に細井本部長は攻撃を受けることになる。
世話になった過去を考えると、ここまでの攻撃を行うことは気が引ける。
ただ確かに神川たちの考えもわかる。
暴走といってもいいような指示をし、自身は女性にうつつを抜かしている。
彼の役職と立場を考えれば、注意できる人間もいない。注意したところで、窓際部署への転属などの冷遇が待っている。それに神川や長谷川を裏切る勇気もなかった。
自分が細井本部長に知らせたところで、何らかの形で処罰を受けた際、裏切り者のレッテルを貼られる自分には結局次の時代の波に乗り損ねる未来が見えた。
楠山は黙認することにした。仲間のように振る舞いながら、積極的に参加はせず、情報を把握の上、今後の流れを見極めようとおもった。
時が着たら、チャンスがきたら、うまく立ち回る自信があったからだ。
ただ彼の思惑は外れることになる。