それは 恋ではなく だった。
とある企業ででた不倫にかかわる噂話。
平凡なサラリーマンたちが上司の色恋沙汰の噂話を耳にした。
人間関係が入り乱れる世の中の一般企業の実話
【長谷川 敦の場合】
ただいまー
「リーダー今日の商談はどうでしたか?」
若手の山本が相変わらずの明るい笑顔で聞いてくる。
リーダーというのは、俺が勤めている会社の支店長の役職名である。俺はここ南第3エリア営業所の支店長をしている。
もともとまじめでなかったが、何とか入った底辺の大学では、まじめとはほど遠い友人が多く、夜の店でボーイをして遊び続ける毎日だった。
毎日でかけていたことで、大学から少しずつ足が遠のき最終的には中退をしてしまった。
親はそこまで気にするそぶりを見せなかったが、大学中退は、就職が条件であった。
当然のように夜の店で働いていたが、若い時代はよかったものの、妹が結婚、出産をしたことで、自分もそろそろきちんとしたところに就職しないと。と思っていたときに、たまたま即日勤務の中途採用を募集していたこの会社に、いつからでも働くことができる身軽な状況であったことが功を奏し就職することができた。
かれこれ15年ほど勤務をしているが、もともとのベンチャー企業であった頃はよかったものの、今や30店舗を超える営業所をもつ上場企業になっており、上場が決まった少し前から「勢い」だけではこれ以上の出世が望めず、自分より5年もあとに入ってきた後輩も今や自分と同じ役職についているような状況だった。
俺の部署では関西を中心に東西南北、それぞれ4つのエリアに分けられており、さらいにその1つのエリアに4~6の支店がそれぞれの店舗でサービスを提供している。そのエリアの北、東エリアを管理している大川部長、南、西エリアを管理している二村部長、さらに大川部長の上には、細井マネージャー、二村部長の上には、吉村マネージャーがおり、この二人のマネージャーが次期本部長の席を狙いそれぞれの成績を競い合っていた。
俺の不幸は、当時直属の上司だった吉村が退職したことだった。理由は最近はやりのパワーハラスメント。吉村は自分の意に沿わないことや、支店の成績が落ち込むとその支店のリーダーに容赦なく攻撃を仕掛けてくる人間だった。俺も当然攻撃対象であったが、これも仕事と我慢してきた。そして幸い吉村の出世に続いて、今の役職についていた。
しかし吉村はほかのリーダーによって、今までの所業を告発され、いとも簡単にこの会社をさっていった。この告発があり、自動的に細井マネージャーが、細井本部長に昇進した。
俺の所属している部署は、細井本部長が統括することになった。これはチャンスと思った。なぜなら俺は、細井本部長と同じく野球経験者で、社内チームに所属しており、普段から良好な関係を築いていた。
現実は甘くなかった。昇格した細井は、「理論派」まさに勢い任せの俺とは間逆の性格だった。本部長になった細井とはプライベートでは取り繕い良好な関係を維持したが、仕事中は決して良好な関係ではなくなった。彼は、ON、OFFがはっきりしているのだろうが、いい思いをしていないこちらは内心、気持ちの良いものではなかった。
そんな時、橋本部長から面白い話をきいた。
橋本部長は細井本部長の先輩社員だった。ただ別部署ということもあり、直接的な影響はない。それどころか橋本部長が企画した新規事業をことごとく却下していたのは細井本部長だった。もともと俺と同じように勢いでここまできた橋本さんだが、その嗅覚は確かなもので、彼が所属している部署は、小さいながらも好成績をあげている。
橋本部長は俺が入社したその次の年、社内での不倫が発覚し、処罰された経験がある。本人は既婚者で、相手の女性は未婚者だった。当然本人たちは否定をしていたが、厳重処罰された。本人は今も否定をしているが、俺は内心怪しいなと思っていた。
それはともあれ、橋本部長が教えてくれた「面白い話」は俺が数日前に神川君に聞いた内容と同じものであった。
【楠山 文彦の場合】
Trrrr…
もしもーし ちょっと神川さん聞いてくださいよ!今日、面談やったんですけど、意味わからんこと指摘されたから途中で帰ってやりましたよ。
僕、楠川 文彦は、北第一営業所のリーダーをしている。大学を卒業し新卒入社ではや10年。幸い営業職が向いていたようで、周りより少し早いタイミングでリーダーを任されている。といっても30店舗ほどある支店でリーダー職を務めているのはほとんどが同年代の社員ばかりのまだまだ、成長中の企業である。
元々別部署にいた僕を細井本部長が引き抜き、ここまで出世させてくれた。プライベートでも食事に行ったり、休みの日に遊びにでかける仲なので、ありがたいかぎりだ。
電話の相手の神川さんは、南第1営業所のリーダーで僕より2つ年上だが、中途採用で、僕が今の部署に異動になった際に、最初に配属になった支店に中途入社してきた。
右も左もわからない中、頑張ってきた。そんなこともあり神川さんとも、良好な関係ができている。歳も近いということもあり、今のようにお互いに仕事やプライベートの愚痴をこぼしあっている。
今日は細井本部長、二村部長、大川部長との面談だった。簡単にいうと昇格試験のようなものである。僕はここ2年ほど、リーダー職の中ではダントツの成績を残していた。昨年昇格したかったが、今の等級になって初年度ということもあり、あと1年がんばれと言われていたので、今日の面談で成績以外の部分でダメだしをされ、推薦しないと言われたため、面談中に社会人とは思えない捨て台詞をはいて退出したのだ。
一通り、今日の面談の文句を聞いた後、神川さんが噂話を披露してくれた。
「知ってる?細井部長と、赤町さん話?」
話?なんですか?僕はものすごく胸が高鳴ったことを覚えている。神川さんが続けた。「本社の事務の上田さんに聞いたんやけど、細井部長とイベント企画部の赤町さん怪しい関係らしいで」
怪しい関係?もしや・・・と思った。
「不倫よ。不倫。」え?まじですか?神川さんは、僕の驚きの声を聞いてから続けた。
「僕も噂やろうと思ってたんけど、橋本部長とこの間会った時に、同じこと言ってはったし間違いないかも・・・。」
それから本社では細井本部長と赤町さんが怪しいと噂になっていること、毎日のように一緒に業務を行っていることなどを聞いた。
次の日
Trrrr…神川さんから連絡がきた。
今は商談中なので、あとにしよう。早く終わらせないと、そう思うと商談は長くなるものだ。
商談が終わってから、神川さんに電話をかけなおすと。
「聞いてよ!」前触れもなく神川さんが話始めた。
「今日本社で夏の花火イベントの打ち合わせがあったんですよ!僕と細井部長、イベント企画部の奥田部長と、赤町さんと打ち合わせやったんですけど、二人遅くて、僕と赤町さんで先に会議室で喋ってたんですよ。
そしたらなぜか後から来た細井部長が「こんな関係ない打ち合わせ出てないで、自分の支店の売り上げあげろよ」って言い出して、
「赤町さんと話してたんに嫉妬したんかな?こっちも呼ばれたから来ているのだ。と思ったけど、なんかぶつぶつ言うてたし無視したわ」明るく言っているが相当、腹が立ったのだと声のトーンで判断できた。
楠山さんつながらなかったから長谷川さんにも愚痴っていたんですよ。赤町さんは長谷川さんのお気に入りやからすごく怒ってはりましたよ。
確かに赤町さんは、僕が本社に行った際にもわざわざ駆け寄ってきてくれた笑顔で話しかけてくれる。男たちが自分に気があるのでは?と勘違いする気持ちはとてもわかる。
細井さんもきっとそのうちの一人なのだろうと想像した。
それから神川さんは長谷川さん細井部長の愚痴で盛り上がったことを教えてくれた。内容は、ここ数ヶ月細井部長が何を指示しているのか。何を目標にしているのかわからないことが多くなったこと、色々な店舗のリーダーが同じ意見を持っていること、愚痴を言っていたこと。何をしても文句ばかり言ってくることなどを話あったことを教えてくれた。
僕たち三人は細井本部長に目をかけてもらい評価されてきた。だから仕事はもちろんプライベートでも仲良くしてきたが、確かに最近は僕に対してもかなり厳しい。
何をしても評価どころか、指導という名目の文句ばかりで、内心僕も先日の面談のことがありかなりいらいらすることが多くなっていた。
神川さんと話したあと、長谷川さんにも連絡をしたが、やはり噂はかなり広まっており、細井さんへの不満は、僕の部署や部署外にも相当たまっているようだった。
また別の夜、神川さんから連絡がきた。
「いやもう確定ですよ!長谷川さんから聞いたんですけど、さっき石本さんが、最近細井さんと赤町さんが一緒にいる時間が多すぎる。別部署なのにそんな一緒にやる業務はないはずだ。
変な噂も流れているから考えてくれ」って細井さん呼んで怒ってたらしいわ」
石本さんは僕より社歴の長いベテラン事務員さんだ。僕より3つ年上で気のきつい人だが、その幼い顔と体系が気の強さをカバーしており、僕はかわいいと思っていた。そして細井本部長の直属で個人的にはこの二人も怪しいと思っている。
そして関係を疑われるほど、細井本部長を慕っている石本さんが勘ぐるということは相当一緒にいる。だから怪しいというのが神川さんの意見だった。
それに関しては僕も同意見だった。ただふと我に返った。
「でもよく考えたら細井さん離婚してるんやし、まぁセーフっちゃセーフじゃない?」
そう細井さんは2年程前に離婚している。
「でも青木さんかわいそうやん?」
青木さんは細井さんの今の彼女で、元々うちの社員ということもあり僕たちとも仲が良い。細井さんからすると20歳近くも年齢の離れた青木さんが入社した際に、当時はまだ離婚をしていなかった細井さんが青木さんに手をだしたことは僕も、神川さんも知っている。
ただそれに対して神川さんが何も言えないのは神川さんの奥さんが、青木さんと同期入社の女性だからだ。細井さんは神川さんの6歳年上なので、神川さんと神川さんの奥さんも15歳近く歳が離れている。
これだけ聞くと相当危ない会社に思われるかもしれないが、本当にこの二人がたまたまそうであっただけで、この二人を除くと目立った歳の差カップルはいなかった。
ともかく、二人が同期ということもあり、この二人は、今はそれぞれ退職し別の道を歩んでいるが、今でも二人で遊びにでかけたり、友好関係を築いている。何ゆえ僕も、神川さん夫婦と青木さんの誕生日を細井さんの自宅で祝ったばかりだ。青木さんとも仲の良い僕と神川さんがこの話題で熱くなるのは、当然かもしれない。
いや。これは言い訳だ。それよりも僕は、日ごろの細井部長に対する怒りの感情が強かったことを覚えている。
【岡林 瞳の場合】
幼い頃から可愛い。可愛いと言われて育った。生まれ持った愛嬌のある丸顔、自分がみても大きく潤いのある瞳、さらにその瞳の効果を最大限発揮する小柄な体格で誰からも愛でられて育った。
でも大学のころから徐々に人との接し方がわからなくなり、友人と呼べる知り合いも少なくなった。
大学を卒業し、最初に就職した会社では、毎日機嫌を伺ってくる上司や先輩社員の相手が面倒だったが、特にそれ以上の不満もなく日々を過ごしていた。
数日で3人の先輩から食事に誘われた。付き合いだと割り切りご馳走になったが、その結果、どこからか「飯を奢ればヤレる女」という噂が流れ、否定する力も元気もない私は、特に言い訳をすることもなくその会社を去った。
先月はいった今のこの会社は、昨年上場した大手企業で社員も多く、以前のように馬鹿みたいに食事に誘ってくる社員も少なかった。ただ大企業では、女性社員も多くいくつかの派閥が存在するのが見えた。私はイベント企画部というあまり他の部署とかかわらないで済む部署に配属になったため、まだ派閥に属さなくても、孤立はするものの嫌な思いをせずに済んでいる。
私の先輩の赤町さんは、最大ではないにしても比較的、力のある派閥に属していた。しかしどんな人にでも明るく接することができる非常に上手な女性だと思っていた。
イベント企画部は本社ビルの中にあるため、各支店のリーダー達ともよく接する機会がある。
残念ながら離職率が平均より高い業種なので、実力でリーダーになってる人。元リーダーが退職したことで、ラッキーでリーダーになっている社員が混じっている。
赤町さんは的確に前者のリーダーにのみ「女」を前にだして明るく接していることに気がついた。私ば人生で今まで感じたことのない嫌悪の感情を抱いた。
本当に多くの男性社員に尻尾をふって甘えている赤町さんだったが、体育会系の多い我が社では見事な人気の獲得ぶりであった。
赤町さんが嫌いな私からみても3人の子供を出産し育てているいるようには見えないほどに外見に気を使っているのはわかるが、それにしても男性は馬鹿ばかりだと感じた。
特に最近は営業部のトップの細井本部長が赤町さんの簡単な罠に引っかかり、傍からみると本当に間抜けな顔をして彼女に接している。
毎日のように赤町さんのデスクにきたり、社内メールで会議室に呼び出し、二人の時間を過ごしている。どの会議室も個室で目隠しがあるものの足元や、上部は目隠しがなく、外からも会議室内の様子がみえるため、会議室内で何かしていることはないと思うが、男性社員が少し背伸びをすれば中が見えるあたりは目隠しがないので、私以外も多くの社員が二人の密接な状況に気がついているだろう。
連日、呼び出しがあることで、業務を私がやる羽目になる。いちゃいちゃするのは勝手にしてくれれば構わないが、流石に腹が立つ。私は私たちの上司の奥田部長に相談、指導するようにお願いをしたが、何の効果もなかった。
もやもやしてていた時、ふいにチャンスがやってきた。通路を歩いていると北エリアのリーダーの楠山さん、本社の橋本部長と石本さんが楽しいそうに話していた。楠山さんはいい人なのだろうが、よく言えば無邪気で陽気な人だが、子供がそのまま大人になったような人だった。声が大きいだけで今回の件で役に立つとは思えない。私は橋本部長と最大派閥に所属してる石本さん、どちらかに伝えられないものかと考えた。
私は勇気を振り絞り声を出した。「すいません。赤町さんみられませんでしたか?」うまく声がでなかった。
「お疲れ様。どうしたの?」声の大きな楠本さんが私に気づいて声をかけてくれた。気づいてもらったのは嬉しいがお前じゃない。声も身体も大きい楠本さんに邪魔されながらどうにか石本さんに声が届いた。「赤町さん見られませんでしたか?」
怖い石本さんが優しいトーンで答えた。「どうせ細井さんとどっかいるんじゃないかな?」最近よく二人でなんか打ち合わせしてるみたいやし。
ここだ。と直感した。私は声をかけるのに使い切った勇気をさらに振り絞り続けた。「やっぱりですか。毎日二人で帰ってるのに、仕事中もいないので、探してまして・・。」
橋本部長と石本さんが同時に言った「そうなん?!」
完璧だ。私はもうなにもしなくても大丈夫だ。「はい。そのはずですよ」それだけ言ってその場を後にした。
すれ違いざまに橋本部長には不敵な笑みが。石本さんの眼には怒りの色が見て取れた。