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初授業

 朝食を終えて自分の部屋に戻った賢司は、早速授業のための準備を始める。今日から専属の教師が様々なことを教えてくれるためにやってくる。


 その為に服を着替えたり、机の上に用意されている教本を確認したりする。ちなみにこれらの本は賢司が奉文に学んでみたいと伝えた学問に関する教本である。




 そうして着々と準備を進めること1時間ほど。賢司の部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。


「はーい、どうぞ〜」


 賢司が入室許可を出すと、そこには見慣れない人物が立っていた。短髪の黒髪に、これまた家族と同様の着物を着ており、身長もかなり高い人物。顔にはいくつかの切り傷の痕がある。


「おはようございます、賢司殿下。本日より貴方様の専属教育係となりました、山村士郎(やまむらしろう)と申します。恐れ多くも、子爵位を授かっております。これから、どうぞ宜しくお願い申し上げます」


 入ってきたのは今日から賢司に勉学を教える山村子爵だ。賢司は正直驚いた。まさかこのような大物が来るとは思っていなかったからだ。


「正直驚いたよ。まさか貴方が僕の教育係とは」


 賢司がそう言うと山村子爵は少し戸惑ったような表情をした後、不安げに尋ねる。


「もしや、他の方がよろしかったでしょうか?」


 その言葉を聞いた賢司は、自分の発言が誤解を招きかねない言い方であったことに気がつく。


「あぁ、いや別にそう言うわけではないよ。むしろ大物が来て驚いているのさ。だって貴方は"戦略の天才"と言われ、軍の中での役職も物凄い。なんたって特戦魔導師団(とくせんまどうしだん)の副隊長なんだから」

「おっと、これはこれは……。まさか殿下に私のことを気にかけて頂けていたとは……。光栄でございます。そしてそれをご存知ということは、なぜ私が教育係なのかもお気付きなのでしょうか?」


 山村子爵のその言葉に賢司は当然だとばかりに頷く。


「勿論だよ。軍事の役職についている人物で、しかも魔法の専門家と来た。考えなくてもわかるよ。父上の判断だよね?」

「仰る通りでございます」


 賢司は奉文のこの采配に心から感謝した。賢司は前世の頃からやると決めたことは妥協したくない性格であった。だからこそたくさんの知識と技術をかき集め、あれほどの成功を収めたのだ。今回も知識を蓄えると決めたのならば徹底的にやりたいと思っていた。


 故にその道の専門家に力を貸してもらえるというのは、賢司にとっては値千金(あたいせんきん)なのである。



「さて、立ち話も何だし、そこの机に座ってもらおうかな。急かすようで申し訳ないんだけど、さっき教本を見た時からもう既にウズウズしてしまっててね」

「ははは、それはそれは。では私も気合を入れて臨みませんとな」




 それから数時間、賢司はいろいろなことを教わった。歴史に政治に軍事。他国の文化などなど。


 主にこの世界は三つの超大国と四つの大国が中心となっており、それを他の中小国家が大量に囲むように散在しているのだ。


 まず一つ目の超大国は「ササーン=ペルシアーノ連合王国」 1000年以上も前から存在するこの国は王国と名乗ってはいるが、下手な帝国よりも圧倒的に国力が上だ。かつてはササーン家、ペルシアーノ家と呼ばれる二大王家が、両国の間に位置する、それはもう類を見ない巨大な魔導湖(まどうこ)を巡って熾烈(しれつ)な争いを繰り広げていたが、ちょうど自分たちが戦争続きで弱り始めたところで他国が介入工作を始めてきた。故に毎年交互に湖を管理するという決まりの下、両国は連合を組むこととなった。これにより他国が一切介入できない圧倒的超大国となった。


 

 次に「大アッシーリア帝国」 かつて三十もの国に分かれていた地域をたった二世代で統一した、正真正銘の怪物国家。820年続くこの国も歴史ある超大国である。魔金や魔銀、その他貴金属が潤沢に取れ、広大な国土ゆえにあちこちに点在する魔導湖によって天然資源に困ることはない。その圧倒的な経済力をふんだんに注ぎ込んだ軍事力は文字通り無敵である。



 三つ目の超大国は「ハープスブルック王国」 国家が成立してからまだ200年ほどではあるが、現在大陸の西部はほぼ全域がこの王国の影響下である。この国が盟主の軍事同盟に、周辺国家のほぼ全てが調印しているのだ。この国の主力産業は重工業で、その中でも武器の製造・改良・大量生産が売りだ。その技術の高さを同盟国たちに提供する代わりに天然資源を格安で購入できるという仕組みを作っている。この国はあまり天然資源が取れないので、この仕組みを利用し上手く立ち回っているのだ。



 そして四大国のうちの一つ目は賢司の母国、「大和皇国」である。この国は歴史の長さで言えば、大アッシーリア帝国を上回る。947年続くこの国は、その強大な国力と安定した皇族の威光により、八つの国が属国となっている。南方に位置する半島国家で、漁業が盛んな国である。


 二つ目は「エルムンド連邦」 この国は現代地球でいうところの社会主義国家である。歴史は浅く、誕生してから70年ほどの国家である。国家元首は元老院と呼ばれる有力貴族の集まりの中から、数年に1人選挙で選ばれる。何故数年という曖昧な基準なのか、それはその年の選ばれた貴族の力の大きさに左右されるからだ。


 三つ目は「ブルボネア大公国」 この国は魔法がとても発展している国である。その理由は歴史に深く関わっている。この国は元々エルムンド連邦の影響下にあった国だが、その政策が気に食わなかった当時の元老院の1人であった、とある大公が世界中から優秀な魔法使いを集め、軍事力を増強して独立した経緯を持つ。故に周辺国の評価としては、国力は並だし歴史も浅いが、とにかく戦に強い国と言った感じである。


 

 四つ目が「インカース帝国」 この国は竜王大山脈と並んで有名な山、"天空山脈"の頂上に巨大な領土を持ち、他にも居た山岳部族を全て平定して、一大国家を築いた歴史を持つ。主に山の恵みで生活する民族である。しかしその国力は侮れない。この国は鉄鋼資源が世界で一番取れる国であり、それを山の麓部分に領土を構える国家に輸出することで莫大な利益を築いている。



 こうして周辺国についてもたくさんの情報を得ることができた賢司。その中でも特に重要だと思う情報が一つ。それは、


(この国は前世の私の祖国に似てはいるが、それよりも圧倒的に恵まれている国なのだな)


 ということである。政治的にも、経済的にもこの国は前世の日本とは比べ物にならないほどのアドバンテージを得ているということ。


「なるほど。我が国の立地に関しては特に恵まれていると言えそうだね」

「おお! この地図と私がお教えした情報だけでそこまでお気づきになられますか……。感服でございます」

「幾ら何でも褒めすぎだよ」

「いえいえ、この情報だけでそこまで判断することができるというのは、賢司殿下の軍略の才能を表しているかと思われます」

「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ」



 何故、山村子爵がここまで言うのか、それには理由がある。まず今は軍略の授業を行なっているのだが、その中で今はまだ他国との立地について理解するという基礎段階を賢司は学んでいる最中だ。


 しかし山村子爵が今まで軍事を教えてきた人間の中で、立地だけでその国が恵まれているか否か判断できた人間はごく少数だったのだ。ほとんどが実際に戦うときの戦略や補給地点を何処にするかなどといった面で光るものを見せる人間がいても、立地に関して重要視している人間は少なかったのだ。


 そんなわけで、山村子爵は今驚いているのである。お世辞でも何でもなく本当に感心しているのである。


 そしてその感心している内容とは、


「それにしても、我が国の立地はつくづく凄いな。なんせ南方は海に面していて、東方は『竜王大山脈』が(そび)え立ち、正面の北方は『魔窟(まくつ)の大森林』が広がる。仮に進軍してくる敵がいれば東、南、北の全てで行軍を阻むような大自然が立ちはだかっている。もし何の工夫もなく我が国を攻めるのだとすれば、侵攻経路は一つに絞れる」

「仰る通りでございます。もし我が国が他国と戦争になれば、敵国は余程の兵器の発展や何かしらの画期的な軍の運用法を生み出さない限り、我が国の西方からしか進入できませぬ」


 これは分かりやすく言えば、この国と他の国を繋ぐ西の大きな交通路さえ軍で封鎖して死守すれば、比較的簡単に敵を殲滅できることを意味する。余計な侵攻経路を警戒せずに済むので、戦力を一点集中で運用できるのだ。


「それなら我が国の軍は西の交通路と南方の海さえ守り切れる軍を用意すれば、かなり戦の強い国家になるんだろうね」

「海も、ですか?」


 賢司は山村子爵からのその疑問に、逆に疑問符が湧いた。当たり前だろ? と思ったからだ。魔物が大量に生息する大森林と、強さの序列にムラはあるものの、比較的人間よりも強い竜種が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する竜王大山脈、これらの場所は軍で進むのは現実的に不可能だ。


 森は木々に邪魔され、正確な行軍ができない上に視界も悪い。いつ魔物に襲われるか分からないリスクを考えるならば、敵と戦う前から無駄な戦力と精神力の消耗は極力避けるべきだ。


 そして山脈方面からも似たような理由。まず前提として山というのは、動きやすい装備で登るもの。甲冑や全身鎧を身につけていく場所ではない。そして高度も高く、上に行けば行くほど気温も空気の濃度も低い。体力の消耗が激しくなる故に食糧やその他物質の消耗スピードも倍以上になる恐れがある。


 どう考えても侵攻ルートとしては選択出来るものではない。となると大森林のちょうど切れ目に当たり、特に山などの険しい自然があるわけではない西方のルートだけ守ればいいだけだ。

 しかし、海はそうはいかないだろう。


「そうだね。まだまだ戦略を学び始めたばかりの素人の僕が言うのも何だけど、やっぱり海を警戒しておくべきなんじゃないかな?」


 賢司がそう言うと、山村子爵はよく分からないと言った表情を浮かべた。


(どう言うことだ? 海が重要な防衛要素になっていることには気づいているんだろ? ならば海軍の重要性にも気づくはず……)


 賢司は訳が分からず混乱していた。そこに山村子爵が声をかけてきた。


「恐れながら殿下、海にも魔物はおります。それに船舶を持っている国も確かに存在はしますが、遠い国である上に、それらの国が保有する船は魔物の攻撃に耐えられるような性能を持ちませぬ。故に我が国までたどり着くことはありません」


 その話を聞いて、賢司はやっと山村子爵が言いたいことを理解した。その上でまだ質問があったので聞いてみる。


「成る程ね。ちなみにその船舶を持っている国の船、材料は何で出来ているんだい?」

「え? 木材、でございますが……」


 ここまで聞いて、賢司は色々と納得が行った。要はそもそも海軍を保有している国が少ないことに加え、その船の材質は木であること。故に魔物から攻撃されれば耐えられないので、海に出ることはあってもほとんど沖へは出られない。

 なのでそれら船舶を保有している国々が、ここ大和皇国まで侵攻できた記録はない。故に海の凄さは理解しているが、そこを軍で守る必要性は感じていない、と言ったところなのであろう。賢司はそのように思った。


「ありがとう、山村子爵。いい勉強になったよ。さぁ、続きを始めよう」

「承知しました。殿下」


 

(今は、まだ早いのかも知れないな。私がもっとこの世界に詳しくなり、そしてそれらの知識を余さず使いこなせる状況になった時こそ、動くべきなのかもな。それまでまずは、知識を増やすことに専念しよう)


 そうのように決意をし、賢司はより勉強に励むのであった。


 

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