鮮やかすぎる奇襲(貴族派視点)
時は賢司達が奇襲作戦を開始する数時間前。
「榊原卿、この軍容ならば帝都陥落もあっけなく完了しそうですね!」
「何を言っているんだ?」
反乱軍の部隊中央の指揮を執っていた榊原子爵は副官の発言に対して眉を顰める。あまりにも楽観的すぎると考えたからだ。
「簡単なわけがなかろうが、馬鹿者め」
「も、申し訳ありません!」
榊原子爵は一つため息をつくと、直ぐに言葉を続けた。
「まぁ確かに、この数の暴力とも言える軍容を見れば、そう思いたくなる気持ちも分からんでもないがな。しかしだ、江本卿。考えてもみろ。敵は確かに少数だが、彼らには皇室直属の精鋭部隊である近衛抜刀隊と特戦魔導士団がついている。戦が終わり、石丸閣下の時代が来るまでは1日たりとも気が抜けん」
「そ、そうでしたね。私が浅はかでした」
江本と呼ばれた男爵位の男は静かに謝意を述べた。
そして直ぐに以前から気になっていたことを榊原子爵に尋ねた。
「しかしながら榊原卿、私は未だ抜刀隊や魔導士団の戦いをこの目で見たことがありません。榊原卿は私よりも長く戦に出ておられたと聞いておりますので、もしご存知であれば詳しくお教えいただけないでしょうか?」
「あぁそうか。貴殿はまだ当主となってからそれほど月日が経っていなかったのだな。承知した。私の知る限りのことを教えよう」
「ありがとうございます」
「まずは近衛抜刀隊からだな」
榊原子爵のその言葉に神妙に頷く江本男爵。
「まず一つ言えることは、彼らの通った後には何も残らないと言うことだ。あるとすればそれは夥しく積み上げられた屍の数々と、強大な魔法が辺りを蹂躙し尽くした痕跡のみだ」
「そ、そこまで恐ろしい存在なのですか? 近衛抜刀隊とは」
「うむ。しかし彼らが使う魔法はあくまで近接戦闘向きだ。広範囲の魔法は専門家の方に任せているようだな。何故なら敵と至近距離で戦う以上、広範囲殲滅魔法は自滅の恐れがあるため一点集中型の単発魔法が多い。まぁ、威力は間違いなく人外なのだがな……」
「そ、そうなのですか……。単発魔法ですらそれ程とは……。つまり軽く上級は……」
「超えているだろうな。というよりもあれは特級まで及んでいるだろう。特級呪文学の文献に名前が載っている魔法をいくつか目にしたしな」
「んなっ……」
江本男爵は絶句のあまり、声すら発することができなくなっていた。今の話を聞いて、漸く実感が湧いてきたのだ。自分が近衛抜刀隊や特戦魔導士団のことを侮っていたということを……。
その後も詳しく話を聞いていき、最後まで聞き終わった頃には完全に顔から生気が無くなっていた。しかし、それでも戦う覚悟を持って隊列に並んでいるあたり、一端の武人ということなのであろう。
そうして一通り話が終わった時、江本男爵と榊原子爵はほぼ同時に悪寒が走った気がした。そしてそれを探ろうとするよりも先に状況が動き出した。
ドドドンッ!!
突然、自分たちよりもさらに前方の部隊で爆発が起こった。あまりの爆発の規模に榊原子爵の隊まで爆風と轟音が吹き荒れた。周囲の武士たちは2人の隊長を守るためにすぐ防御陣形を取ったが、時すでに遅し。
再び轟音が響き渡ったかと思えば、次の瞬間には榊原隊も爆発で吹っ飛ばされてしまった。
「皆の者! 無事か!? 江本男爵! 聞こえるか!」
榊原子爵の必死の叫び声に反応する武士はほとんどいなかった。ほぼ全滅したのだ……。先程の一瞬の出来事で。有り得ない、そう絶望しかけたその時に、か細くも確かに声が聞こえた。
「榊原、卿……ご無事、ですか?」
「江本男爵!! 生きておったか!」
足が変な方向に曲がってはいるものの、確かに生きている部下の姿を目にして束の間の安心を得る榊原子爵。しかし状況はさらに残酷な現実を彼らに突きつける。
「近衛抜刀隊と特戦魔導士団だー!! 総員戦闘態勢!!」
1人の武士の掛け声に榊原子爵は目の前が真っ白になる。
「なん、だと……。抜刀隊と魔導士団が何故ここに? ふ、ふざ、ふざけるなーー!!」
半狂乱になりながら前方にいる抜刀隊員1人に向けて魔法を放とうとする榊原子爵。しかし、敵わずとも一矢報いてやるという決意を踏み躙るかのように榊原子爵の胸には一つの黒点が浮かび上がった……。その数秒後、彼の胸はまるで薔薇のような深紅に染まり、そして地に伏した。
「一体、何が、起こったと……言うのだ……」
彼の遥か前方には観兵式の時に見た筒状の武器を構えた武士がいた。その時になってようやく彼は気づいた。"自分たちは今襲撃に遭い、そして自分は今まさにあの見慣れない武器で瞬殺されたのだ"と。
「まさか……あの武器がそんなに、凄いとは……お見事……」
榊原子爵は最後にそれだけを述べると、ドサッと倒れて目からは完全に生気を失ってしまった。
そして一定数の部隊を殲滅した後、襲撃者たちは脱兎の如く退却を開始した。貴族派の部隊長たちは唖然とした……。その鮮やかすぎる奇襲劇に。
その後、追手を放って追跡を続けたが、返り討ちに遭う武士が多すぎたため、貴族派の者たちはこれ以上の深追いは危険と判断し、追跡を終了した。
後の歴史の授業において、この奇襲作戦は"史上最も完璧な奇襲作戦"として語られ、軍の教本にも載り、その後の皇国軍の軍事作戦に多大な影響を与えたのだった。




