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神童 賢司第三皇子

 賢司が食堂の席に座って待つことしばし。15分くらい経った時にようやく兄たちが姿を現した。


「おはようございます、貴文(タカフミ)兄上、真司(シンジ)兄上」

「あぁ、おはよう賢司。今日も相変わらず早いね」

「ほんといつも思うよ。お前はどうしてそんなに早起きなんだ?」


 貴文と真司という2人の兄が賢司に挨拶を返した。貴文は綺麗なストレートの黒髪をしっかりと頭の上で結っている。そして端正な顔立ちながら、目が悪いらしく普段からメガネを掛けている。服装は一言で言うならば、侍の時代の日本人。いわゆる着物というやつで、賢司は初めてこの服装を見た時、文字のことなども含めて自分は戦国か江戸かなんかの時代に逆戻りしたのでは? と考えてしまった。


 西洋建築や洋服に見慣れてしまった賢司からしたら、古き良き和文化のようなものを長きにわたって維持し続けているこの国は、凄く親しみやすいと感じた。



 続いて次男の真司だが、彼もまた似たような服装をしている。綺麗な着物だ。そして髪は貴文と違って下ろしている。服装は国の文化として根付いているが、髪は比較的頭の上で結っている人が多いだけで基本自由だ。



 そんな兄2人を眺めながら、賢司は質問に答える。


「何故と聞かれましても、起きてしまうから、としかお答えできません」


 賢司は苦笑いでそのように述べると、兄たちもそんなものかといったような感じで肩をすくめて賢司の向かいの椅子に座る。その後は他の兄妹達を待ちながら、賢司は兄2人と談笑をして過ごした。



 数分後、ようやく家族が全員集まった。


 最初に部屋に入ってきたのは賢司の父であり、この国の聖皇(せいおう)その人である、大和(ヤマト) 奉文(トモユキ)。髪もしっかりとちょんまげ風に結っており、着物は一際豪華なものを身に付けている。

 笑顔ながらも、とても威厳があり、まさに皇帝だった。


 

 聖皇奉文の隣に座っているのが、賢司の母たる咲子(サキコ)。綺麗で長い髪を後ろでまとめていて、静かに奉文の隣で微笑んでいる。


 次に賢司の姉の由紀(ユキ)。母と同じく長い髪を後ろで束ねて結っている。上の兄妹の中では特に賢司がお世話になっている存在だ。


 そして賢司の隣に座っているのが、弟の(サトシ)。彼はかなりのお兄ちゃん子であり、いつも兄である賢司の後ろを付いて回っている。賢司としても、そんな可愛らしい弟が好きなので、一緒に居ることを苦に感じることはない。


 最後は双子の妹である結衣(ユイ)真衣(マイ)。この2人も何故か賢司にとても懐いている。いつも賢司が座る側の椅子に座る。聡に関してもそうだが、賢司はかなり年下に好かれるようだ。

 原因としてはおそらく前世の頃から子供が好きだったのが影響しているのだろう、と賢司は考えている。

 


 こんな感じで全員が集まったので、早速朝食を食べ始める。すると食べ始めてすぐに、父奉文が賢司に質問を投げかけた。


「ところで賢司、お前はこの間8歳になったので、そろそろ勉学が始まるだろう? 確か……あぁそうか、今日からだったか。取り敢えず学園に入る前に、一通り学んでもらうつもりだが、特に学んでみたいことなどはあるか?」


 そう、この国では8歳になると王侯貴族は勉学が本格的に始まるのだ。そしてこれは賢司が待ち望んでいたこと。


(私は元軍人。やはり軍略は外せないな。そしてこの国の歴史や世界各国の歴史、他にも近隣諸国の歴史や文化などにも触れておきたい。我が国が庇護する国々なのだからな。そして最後に学びたいもの、それは……)


「はい、父上。たくさん学びたいことはありますが、特に力を入れたいのは軍略、国史、外国の歴史、中でも近隣諸国の文化や歴史についてはより深く学んでみたいと思っております。そして何より学びたいのが、魔法です!」


 賢司の精神年齢はもはや30後半に差し掛かろうというのに、年甲斐もなく目をキラキラさせて答えてしまった。どうやら精神は現在の子供の体に引き寄せられている様子。

 時々自分でも抑えられないほど、子供っぽい言動をしてしまうことがある。これが最近の賢司の悩みでもある。


 だが、そんなことよりも周囲の反応である。賢司にとっては聞かれたことに対して率直に答えただけだが、周りの者達にとってはそうはいかない。


 十にも満たない年齢の子が読み書き算術などではなく、軍略や歴史、文化に魔法を学びたいと言い出したのだ。異常にも程がある、それが皆の率直な感想であった。



 賢司は周りの反応から、自分の受け答えはおかしかったか? と思いはしたものの、もはや今更だと割り切って、さも当たり前のことを言ったといったような態度を貫く。

 その様子に家族も使用人たちも皆一様に感心した様子を見せる。


「天才、とはまさにこのことを言うのかもな。6歳ごろから当たり前のように読み書き算術を学び始め、そして習得していた。それも異常な速さで……。他の子供も同じことをするとはいえ、明らかに成長が早いとは思っていたが、まさかここまでとはな」

「お褒めのお言葉、光栄です」

「うむ、我が子らは皆優秀な子が多い。余は安心して引退できそうだな」


 この会話に、この場にいる賢司の兄妹と賢司本人以外、全員が頷いていた。あまりの肯定ぶりに賢司と兄妹たちは困惑するばかりである。


 しかし、そんなことはお構いなしに奉文は話を続ける。


「それにしても、そうかそうか。賢司はたくさん学びたいことがあるのだな。その中でも魔法を学びたいとはこれまた面白いことを申すな。何か理由があるのか? 魔法学は学問の中でも一際難しいとされているのだぞ?」


 賢司はそうなのか? と思いつつもやめる気にはならなかった。魔法学とは「魔数学(ますうがく)」「魔薬学(まやくがく)」「呪文学(じゅもんがく)」「魔法陣研究学(まほうじんけんきゅうがく)」「魔法理論(まほうりろん)」「魔導具学(まどうぐがく)


 これらからなる学問で、一見難しそうに見える(実際にこの世界の者たちはあまりの難しさに、本格的に魔法の道を選ぶ者は少ない)が、地球に住んでいた賢司にとって、魔法とはおとぎ話の世界や仮想世界の話だった。故にどうしても学んでみたかったのだ。


(それに魔導を極めることができれば、もしかすると軍事に応用できるかもしれないしな)


 そう、賢司の最大の目的はそこなのである。賢司としては魔法を上手く軍事技術に融合出来れば、この世界における最強の軍事国家も夢ではないと考えている。そしてそれ即ち、侵攻されることのない国家の誕生を意味する。そしてそれは必然的に国民の安定した生活にもつながる。良いことずくめなのである。


 それらを踏まえて、賢司は奉文に対して返答する。


「特殊な言葉や図形を覚えるだけで、生活に役立つ便利なものから戦闘に役立つものまで、たくさんの不思議な現象を操ることができるのですよね? こんな面白そうなもの、覚えない手はありません」


 賢司のその言葉に奉文はふむ、と頷いたあとに、


「なるほどな、確かに言われてみれば便利ではあるな。しかし難しい学問なのは事実。実際戦場で活躍している兵士の殆ども、身体強化のような基礎的な魔法を修めている程度だ」

「そうなのですか?」

「ああ、それほど難しいと言うことだ。学びたいのは()いことだが、甘い道ではないことは理解しておくのだぞ?」

「分かりました。肝に銘じておきます」

「うむ」


 奉文は頷いた後に、賢司に対しこう続けた。


「さて、厳しい話をしたから話の方向性を変えてみよう。魔法学は難しいと言ったが、それ故にあらゆる面に有効的なのは確かだ」


 難しいぞと釘を刺され、期待と同時に不安などが入り混じったような顔をしていた賢司に対して、奉文がやる気を削ぎすぎないようにフォローを入れたのだ。


「やはりそうなのですか?」

「うむ、賢いお前なら既に分かっていると思うが、特に軍事において魔導を極めた者の力は絶大だ。故に皇族直属であり、魔法を本格的に使う部隊、『特戦魔導師団(とくせんまどうしだん)』と『近衛抜刀隊(このえばっとうたい)』は一騎当千とまで言われ、戦場に現れるだけで兵の士気が爆発し、拍手喝采が巻き起こるほどだ」


 その言葉に賢司は胸が躍る。やはり魔法は凄いと。前世にはなかった力であるが故に、おそらく魔法に対する興味と期待は初めからこの世界に生まれてきた者たちに比べてとても強いだろう。


「やはり魔法は凄いのですね! ぜひ学んでみたいです!」


 賢司がそう言うと、奉文は優しく微笑みながら頷いた。


「うむ、しっかりと励むがよい」



 

 こうして一通り勉学に対しての、奉文と賢司のやり取りが終わると、皆が次々に話し出した。


 最初に言葉を発したのは母である咲子だ。


「ふふっ。賢司がそんなにはしゃぐなんて珍しいですわね」


 その言葉に賢司は顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。普段なら母咲子の言うように、ここまでテンションが上がることはないからだ。


「あらあら、恥ずかしがってる様子も可愛いわね。もっと私に甘えてくれても良いのですよ?」

「母上!!」

「冗談よ、冗談」

「全くもう……」


 咲子とそんな会話をしていると、今度は兄2人と姉が話に加わってきた。


「それにしても、軍略や歴史、文化ならまだしも、1番学びたい学問が魔法学とは本当に恐れ入ったよ。僕もウカウカしてられないな」


 貴文がそのように言うと、真司がそれに同意する。


「兄上の言う通りだな。この国は他の国と違って、長男や次男だからと言って継承権の優先順位が無条件に高くなるわけじゃない。早い段階から賢司、お前が優秀であることを知れて良かったよ」


 2人のその言葉に賢司は苦笑いするしかなかった。


「あはは、僕も兄上たちに負けないように頑張ります」


 褒めてくれるのは嬉しいが、出来れば兄妹たちと継承権で争いたくないし、兄や姉達が優秀なのには変わりない。多少物覚えが良かったり、勉強の意欲が高いだけですぐに兄達を越せるとは到底思えない、というのが賢司の素直な気持ちだ。


 次に賢司に声をかけたのは長女である由紀だ。


「私は賢司がやりたいことを全力で応援するわ! 頑張ってね!」

「姉様……ありがとうございます」


 姉の由紀はいつも賢司のことを肯定してくれる。優しく、頼れる存在だ。賢司はいつも姉に支えられていると感じている。勿論、母の咲子や父の奉文、兄達も愛すべき家族であり、大切に思っているが、賢司にとって1番安心できる存在は姉の由紀である。


 そしてそれは母の咲子も感じ取っているようで……


「もう……また由紀に賢司を取られてしまいましたわ。ふふ」


 咲子がわざと残念がる様子を見せながら冗談を言う。


 そんな和気藹々とした朝食を楽しんでいると、年長者達の長々とした会話に耐えられなくなったのか、お兄ちゃん大好きっ子達が今度は賢司を独占し始める。


「ねぇねぇ、兄様。兄様はお勉強をするの?」


 四男の聡が賢司にそう質問を投げかけた。それに対して賢司は優しく、そして丁寧に答えていく。


「そうだよ。兄さんはね、これからたくさんお勉強しなきゃいけないんだ。がんばれぇって言ってくれるかな?」

「うん……でも、たくさんお勉強しなきゃだったら、もう僕たちとは遊んでくれないの? お散歩は? お菓子の時間は?」


 泣きそうに、そして不安そうに聞いてくる聡や結衣に真衣。彼らに対して賢司は同じ目線で分かりやすく答えていく。


 "大丈夫、これからもちゃんと一緒にいられるし、お菓子も一緒に食べようね" と。


 恐らくそうした紳士で誠実な対応が小さい子達に人気なのだろうが、本人は全く気づいていない。


 子供とは無力なようで実はしっかりと年長者達の言動や行動を観察している。


 "子供は自分たちの鏡であり、子供のやっていることは自分もやっていると認識しなければいけない"


 と、賢司は前世で誰かに教わった気がしたが、誰に教わったのかは残念ながらもう覚えていない。だがそうした、子供に対しても真剣に向き合う姿勢を、無意識に取ることができているから子供達に好かれているのだろう。

 その後も弟達を安心させていると、ようやく納得してくれたのか、静かに朝食を食べ進め始めた。



 こうして楽しい朝食を終えた賢司たち一行は、それぞれのやるべきことをこなすために部屋に戻るのだった。




 そして今から2年後、つまり10歳になると、8歳から勉学を始めた王侯貴族達が試験を受けて入る学園である帝立学園(ていりつがくえん)、ここに賢司は入学することになる。


 そこで賢司は数々の偉業を成し遂げ、いつしか神童と呼ばれるようになるのだが、それはまだ先の話。

 今はまだ賢司本人もそのことを知る由もない。



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