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第2話:左遷の挨拶

 異動を申しつけられた後、俺は重い足取りでギルドの外に出た。所長は気を使ってか、今日は休むように言ってくれた。


 石畳の上を行き交う人々。こぢんまりとした建物が並ぶ王都の西の端を、俺はゆっくりと歩いて行く。自分にとって見慣れた景色とこんな形でおさらばすることになるとは思わなかった。


 俺の足は、下宿先ではなく別の場所に向かっていた。

 ギルドと同じく王都の端にある、壁を白く塗られた木組みの家。商人の古い大きめの家を改装したというその建物は、俺の生まれ育った孤児院だ。


「うぅ……まさかサズ君がピーメイ村なんて辺境に行くなんて……。よそ者に厳しい辺境の人達に嫌がらせされないか心配だわ……心配だわ……」

「なんでそんなに偏見に満ちてるんですか、イセイラ先生……」


 孤児院内にあってもっとも小さく整理整頓された部屋の中で、俺は女性に泣かれていた。

 金髪にやや痩せた顔つきのイセイラ先生は、孤児院の責任者であり、俺の親代わりだ。

 十年くらい前にここに来て、俺はとても世話になった。やってきた当時はギリギリ十代だったので、まだ三十前なのだが、人の良さと疲れが滲み出ている。

 この人、基本善良なんだが、ちょっと思い込みが激しい。


「私、王都から出たことないから。色んな人達からの話をまとめると、地方の人達はそんな感じに思えるの。都会の人は酷い目に遭うのよ。小説みたいに」

 

 イセイラ先生は大衆向けの小説が大好きな人だった。偏見を助長するほどに。


「情報が偏りすぎです……。王都の外の村に何度も行ったことあるけど、そんなあからさまに嫌な人達はまずいませんよ」

「でもそれは仕事だからでしょう。実際に住むとなると話が違うと思うの」


 くそ、偏見に正論を織り交ぜてくる。たちが悪い。

 いや、今はこの人の偏見を取り除くよりも先にすることがあるんだ。そちらを優先しよう


「そういうのは、実際にピーメイ村にいって酷い目にあったら考えます。ヤバそうなら逃げますよ。俺、そういうの得意だから」

「そうね。サズ君は昔から無茶はしないものね。でも、王都に落ちついてくれて安心したと思ったら左遷なんて……」

「他の人からはっきり左遷って言われると来るものがありますね……」


 マジで権力に物を言わせた嫌がらせを受けたんだよな……。

 ともあれ、不安がないというと嘘になるけど、ピーメイ村にそれほど警戒感はない。

 こちらにはしっかり情報があるのだ。


 ピーメイ村は、かつて世界樹と呼ばれる巨大なダンジョンの中にあった村だ。

 世界樹攻略時にダンジョンは崩壊、世界樹の一部と共に、村の建物が残って現在に至る。

 世界樹攻略によりもたらされた利益は凄まじく、攻略者は初代アストリウム王国国王となった。

 当時の名残と記念として、村には冒険者ギルドが残され今も運営されている。


 ピーメイ村は過疎ってしまったが、記念碑的なギルドなので潰されず、大した仕事はない。

 仕事も出世もない田舎ギルドでの生活が俺を待っているわけだ。

 多分、すごい暇だと思う。


「辺境には違いないけど、冒険者的には有名な場所です。記念だと思ってちょっと行ってきますよ」

「やっぱりサズ君は元冒険者よね。生活環境が変わるのに、人生の一大事だというのに、どこか気楽なところがあるもの」


 安心させようとしていった言葉に、感心するように反応するイセイラ先生。

 俺は元冒険者。色々あって、今はギルド職員をやってるが、他人からはまだ当時の感覚が残っているとよく言われる。

 

 たしかに、未知の場所に行くのにワクワクしないといえば嘘になる。左遷だが。


「環境が変わるのは慣れていますから。それに、戦うわけでもないから気楽なもんですよ」

「そうね。職員さんは危険なことはしないものね。私も安心することにしましょう」

「それよりも、大丈夫なんですか、ここ?」

 

 俺の心配事は、孤児院の運営についてだった。

 王国が福祉関係をあんまり気にしていないのか、お金があんまり回ってこないのだ。

 俺中心に、孤児院出身の冒険者が寄付したり、色んな所に働きかけることで少しは良くなったが、運営は厳しい。

 本当はもっと子供達の暮らしを良くして、マシな人生を送れる環境を整えてやりたいんだが。なかなか難しい。


 俺がもっと偉くなればどうにかするんだけどな。


 そんな心配を見透かしてか、イセイラ先生は穏やかな笑みを浮かべて言う。


「大丈夫よ。サズ君達のおかげで建物も修繕できたし、昔よりは余裕があるの。国だって、そう簡単に見捨てないわ」

「そうですね……」


 ギルドでもう少し偉くなって、就職の斡旋でもできるようになれれば良かったんだが、そうなる前に面倒な奴に目を付けられてしまった。これは予定外だ。


「サズ君、貴方がここを気にかけてくれるのはありがたいけれど、もう自立しているんだから、自分のことを考えなさい」


 穏やかな口調とは裏腹に、はっきりとした意志を込めてイセイラ先生は言った。

 昔から、似たようなことはよく言われたが、今回は本気だ。

 たしかに、今は自分の心配をすべきだろう。これからどうなるか、殆どわからないのだから。


「そうですね。さし当たっては、引っ越しの準備をしないと」

「ええ、必要なことがあったら相談してね」

 

 難しい話はこれでおしまい、とばかりに笑顔になるイセイラ先生。


 その後、俺は軽い雑談をして、子供達への菓子をおいて下宿に帰った。


 左遷先への引っ越しの準備を進めるために。

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