問題
どうしてもお菓子を布教したい佑花さんです。
クッキーを配り歩いた翌日。
私は至急宰相様の執務室に来るよう伝達を受けた。
何かあったのかな?
私が呼ばれるなんて聖女に関わる云々以外だと昨日のクッキーくらいしか思い浮かばないんだけど。
配り歩くの、そんなにマズイことだったのかな。
「失礼致します。ユウカ・シマザキでございます。宰相様におかれましては、ご機嫌麗しゅう…」
「堅苦しい挨拶は結構です。どうぞお掛けください」
不安に思いながらも執務室を訪れると、宰相様は挨拶もそこそこにソファに座るよう勧められた。
慣れない挨拶を頑張ってしたというのに。
日本だったら「こんにちは。お呼びですか?」くらいのもんだよ?
とは思うものの、マナー講義でようやく付け焼き刃のカーテシーを身につけた程度の私にこの挨拶に続く社交辞令を生み出すのは難しいので流してもらえて助かったのもまた本音。
ソファに座り、すぐに話を切り出されるのかと思ったら、近くに立つ人…昨日もいたし、秘書さんみたいなものかな? に人払いを命じられていた。
人払いは、内緒の話をする時に周りの人に聞かれないように離れていてもらうことだったよね。
マナー講義で教えてもらったことが実際に起こるとちょっと面白い。
…って、待って。
私に内緒話って何?
突然の人払いに困惑するが、ラミィは退室を命じられていないから後ろに待機してくれているし、大事ではないのかもしれない。
「さて、わざわざお呼び立てして申し訳ありません。本題に入ると致しましょう」
「あ、はい」
優雅な会話にはどうにも慣れなくて、つい「はい」や「すみません」と言ってしまう。
マナー講義の先生には「返答は優雅に!」と指導されたのを思い出すけど、実践にはまだまだ至らないみたいです。
本当は「えぇ」とか言いながら目礼するのがいいらしいんだけど、そんな習慣なんて無かったから一朝一夕にはできません。
宰相様もさして気にしている感じはないので、徐々にこの国のルールとして覚えるからしばらくは見逃してくださいと心の中で念じておくことにした。
「昨日戴いたくっきーというものについてなのですが」
「………やっぱりか」
「如何されましたかな?」
「あ、いえ。呼ばれる原因がそれくらいしか思い当たらず、つい。クッキーを色んな人に配ったのはダメでしたか?」
「私共だけでなく、多数の人間に配られていたのですか!?」
「は、はい、すみません…」
許可もなく見知らぬお菓子をばらまいたことにお咎めがあるのかと思ったら、宰相様は私が色んな人に配り歩いていたことすら知らなかったらしい。
少し難しい顔をしてテーブルにそっと置かれていたベルを鳴らした。
すると、程なくしてノックの音が聞こえてきた。
「入れ」
「失礼致します」
「え、ツァーリ様!?」
入ってきたのは、魔道士団副団長で私に魔法の講義をしてくれているユークレスト・フォン・ツァーリ様。
侍女さんか秘書さんでも呼んだかと思っていたので、予想外の人物の登場につい声を上げてしまった。
つい、が多いな私。
「ツァーリ殿」
「畏まりました。ユーカ様、昨日戴いたくっきーなのですが、食べた者達から体調に変化が出たと報告がありました」
「えぇ!?」
変なものは入れていないし、それは料理長さんも見ていたはず。
それに食べた本人である私は特に体調の変化はない。
ということは、食べ慣れないものを食べたせいでお腹を壊しちゃった人が続出してしまったってことなんだろうか。
もしそうだとしたら申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
私は美味しいものを広めたかっただけなんだけど、それで体調崩しちゃう人が出るなら諦めて自分だけで楽しむしかないのかな…
ツァーリ様の話を聞いてあからさまに落ち込む私を見て、宰相様は緩く首を振った。
「体調の変化と言いましたが、悪いものではないのですよ」
「え…?」
「何故か皆一様に調子が良くなったというのです」
「…は?」
別に滋養強壮的なものは入れてない。
というか、そんなのこの国にあるのかもわからないし。
なら何で?
美味しいもの食べてみんな元気が出たの?
何にしても、お腹壊したわけでなくてホッとした。
「何が原因がわからなかったのですが、同じようにくっきーを食べたツァーリ殿からほんのり魔力を感じると報告がありましてな」
「魔力?」
「えぇ、食べた時は気づきませんでしたが、後々で魔力が少し強くなっている気がしてステータスを見たのですよ。そうしたら、食べる前に比べてMP最大値が増えていました」
「は?」
「まさかと思い、貴女が騎士団に行くと言っていたのを思い出して団長に確認すると、彼はHPの最大値が上昇していたようです」
「な、何で…」
頭が完全に混乱しているのが自分でもわかる。
体調が良くなるのはいいことだけど、何でMPやらHPの最大値が上がるの?
私、何もしてないよね?
「そこで引っ掛かったのが、貴女のスキルです」
「スキル?」
「えぇ。貴女には魔法付与のスキルがありましたね?」
「えぇと…そう、ですね」
「恐らくそれが原因ではないかと」
確かに私には魔法付与というスキルがついていた。
でもそれが何なのか、どうやって使うのかなんて知らないからクッキーはいつも通りの手順で作っただけなのに。
「ご自分でも自覚なく発動されていたのかもしれませんな」
「え、えっと、どうしたら…」
「とにかくまずはこの仮説が正しいのかを調べないといけません。貴女のくっきーを食べた人を尋ねて回りましょう」
「は、はい」
「それが済んだらまたユーカ様に何かお作りいただいて、食べる前と食べた後のステータスの測定。また、作る場合にのみ付与されるのか、無機物や人体にも付与が可能なのか試していただきます」
「えっ」
「魔法付与のスキルを持つ者は国内にも片手で数える程しかおりません。しかも個人によって発動対象、どの程度の付与が可能なのかも差があるため、ユーカ様が今後ご自分で扱えるようになるためにも必要なことかと」
「…………わかりました」
まさかそんな大事になっているとは思わず項垂れてしまう。
しかも国王様にも報告が上がっているというから私に拒否する権利はないってことだよね。
ただお菓子を作って、みんなにもこんなに美味しいものがあるんだよって広めたかっただけなのに。
何だか前途多難な予感です。
「それでは、当面はツァーリ殿と調査を進めていただくことになりますので」
「…はい」
「くっきーは大変美味しかったです。食べた者に悪影響は出ておりませんが、騒ぎになると面倒ですのでしばらくお付き合い願えますかな?」
「わかりました」
宰相様の言い方から、今は予想外の事態になっているから難しいけど、原因がわかって落ち着いたらまた作っていいと言われているような気がして少し前向きになる。
そうだよ、私にはお菓子文化を広める使命があるんだからこんな事で負けてられない!
本当に魔法付与が発動したのか、発動のきっかけが何だったのかはわからないけど、それも調べて使いこなせるようになればきっとまた布教活動を始めても何も言われないよね。
執務室を後にした私とツァーリ様は、まずはラミィを始めるとする侍女さん達から聞き込みを始めることにした。
読んで下さってありがとうございます!
異世界(恋愛)って何だろうって話になってますね…早く恋愛展開も書きたいんですが、なかなか進みません