支度
旅行最終日です。
クライス領に滞在するのも今日で終わり。
明日の朝にはここを出て王都に戻る予定。
十日って長いようであっという間なんだね。
「聖女様、少し宜しいですか?」
最終日の予定は特になく、アルバート様も所用とかで朝会ったきり見てないし、一人でうろつくには自分の方向音痴が邪魔をするのでお部屋でのんびりお茶をしているとリリアンヌ様が訪ねてきた。
二つ返事で承諾して招き入れると、ファーラがリリアンヌ様の分の紅茶をすぐに用意してくれていたので座ってもらうよう声を掛ける。
出された紅茶を一口飲んだリリアンヌ様に、私の今日の予定を聞かれたんだけど何かあるのかな?
「もしお時間があれば庭園でお茶でも如何かしら?」
「はい、喜んで」
「では後程アルバートを迎えに寄越しますわ」
「え? アルバート様は用事があると…」
「ふふっ、シェナードのお手伝いに駆り出されているだけですので問題ありません」
そうだったんだ。
ここにいる間も何度か呼び出されていたものね。
シェナード様も領主様でお忙しいだろうから、弟に手伝ってもらえたら助かるんだろう。
兄弟仲が良いからそうやって頼めるんだろうなぁと微笑ましく思っていたら、リリアンヌ様も今から支度するから、どうせなら着飾ってきてと言われて困惑する。
着飾ってと言われても、何を着ていいのやら…
その間にもリリアンヌはまた後でと一言残して行ってしまわれたし。
後程がいつなのかもわからないからのんびりしていられないのはわかってるんだけど、咄嗟に思いつかない。
そんな中、困っている私の前に救世主が現れた。
「ユーカ様、私達にお任せ下さい!」
「とびきり着飾って差し上げますわ!」
「ファーラ、ルミナ」
「ではまずお召替えの前に湯浴みですわね!」
「えっ!? そこから!?」
「当然でございますわ!」
ただ、何でそんなに気合いが入っているのかわからない。
今からお風呂に入れって、そんなことしてたらアルバート様迎えに来ちゃうんじゃない?
若干勢いに気圧されながらも聞き返すと、「女性はお支度に時間が掛かるものなんですとお伝えしてお待ち頂きますから!」と食い気味に返された。
それでも渋っていると、今度はお風呂のお手伝いを申し出られたので全力で断って諦めてお風呂場へ向かう。
お湯張ってないはずだし、シャワーでササッと流せばいいよね?
そう思って浴室扉を開けてみると、浴槽にはしっかりお湯が張ってあった。
しかもちゃんと浸かって下さいとばかりにお花が散りばめられていて、いい香りがしている。
…どこまでわかって用意されてたのかしら。
ちょっと気になるところ。
だけど今は悩んでる時間はないし、ここまで用意されているのに浸からないわけにもいかないからさっさと髪と身体洗って湯船に入ろう。
待たせてもアルバート様が怒るとは思えないけど、気持ちの問題なのよね。
かといって、ファーラとルミナのことだからカラスの行水で出てきたらきっとまたお風呂に押し戻されるんだろうと思うとある程度しっかり浸かってから出る以外選択肢は無さそうだ。
それにしても、リリアンヌ様とお茶かぁ。
少し前に庭園でお茶をした時のことを思い出す。
あの日、リリアンヌ様の後押しがあったから私はアルバート様に気持ちを伝えることができた。
その感謝を伝えたいと思っているんだけど、恥ずかしいから周りに人がいない時を見計らっていたら一向にチャンスが訪れなくて、明日には帰るというのに未だに言えていない。
だから、お茶のお誘いは有難かった。
花風呂でホッと息を吐きつつ、どうやって切り出すか考える。
アルバート様がお迎えに来てくれるってことは、きっとお茶会の時と同じ感じになると思うのよね。
でも今回は私もお菓子を用意していないからお菓子の話は出来ないし、だからっていきなり直球で言うなんて心の準備をしていても無理。
どうしたものか………
いっそ前みたいにリリアンヌ様の方から切り出してもらえると助かるんだけどなぁ。
うーん…
悩んでみても答えは出なくて、その内に結構な時間が経っていることに気付いて慌てて浴槽から出る。
ドレスを着せられるのがわかっているので身体を拭いて下着だけ身につけてバスローブを羽織る。
恥ずかしいから嫌なんだけど、どうしてもコルセットをしないといけないらしくてそのままでいいと言っても侍女さん達は聞いてくれない。
結果、私が諦めるしかなくなったんだよね。
脱衣所から出ると、待ち構えていたファーラとルミナにマッサージされ、コルセットを締められ、ドレスを着せられ、メイクをされ、ヘアセットをされ………
されるがままになっていたらあっという間にしっかり着飾られていた。
さすが侍女さん……すごいスキルだわ…
ドレスはまた見た事のないもので、 淡い紫に白のレースの花が散りばめられている大人っぽいけど可愛らしいデザインのものだった。
「こんなドレスあったっけ?」
「こちらはクライス様御夫妻からの贈り物でございますわ」
疑問に思ってファーラに聞いてみると、にっこりとそれはそれは満面の笑みで衝撃的な答えを投げられた。
え、クライス様御夫妻ってことはシェナード様とリリアンヌ様ってことよね…?
アルバート様の次は御夫妻からなんて、貰いすぎなんだけど!?
……あ、だからリリアンヌ様は着飾ってきてって言ったのか。
このドレスを着て来てねってことだったのね。
それにしてもいつの間に……!
貴族はやることがいちいちスマートなのね。
アルバート様と一緒にいる時に散々思ってたことだけど、お兄さんもお義姉さんも同じってことはアルバート様が特化してるって訳じゃなくて当たり前のことなんだな…
「これで完成ですわ!」
「如何でございましょう?」
「え、すご…! っていうか、めちゃくちゃ華やかになってる…!」
「ドレスのお色味に合わせてみましたの」
目の前に映る鏡の中の私は、髪はアップになっていて濃い紫と白の小さな花飾りを髪全体に満遍なく散らされ、メイクもいつもよりしっかりめにされていた。
何ていうか、結婚式にでも参列するんじゃないかってくらいのドレスアップ。
こっちにきてからドレス自体には随分慣れたつもりだったけど、ここまでガッツリやるのは初めてだから少しウキウキしちゃう。
紫は自分では滅多に選ばない色だけど、ドレスのこの淡い色合いは柔らかくて良い色だと思う。
「大変お似合いですわ」
「もう少しお花飾りを増やすか迷ったのですが、こちらの方が可愛らしさが際立ちますわね」
「え、っと、ありがとう…?」
相変わらず褒められ慣れていない私は素直に受け止められずに首を傾げてしまうけど、侍女さん達はもう慣れたものでニコニコ頷いてくれていた。
着飾られるのも褒められるのも何だか気恥しいけれど、やっぱり女子としてはこうしてオシャレできるのは嬉しくもある。
全身鏡で上から下まで自分の姿をなぞった時、ふと何かが足りないことに気がついた。
何だろう…いつもある何かが今日はない。
違和感の正体を探すためにまた頭から順に視線を下に下ろしていく。
頭、顔、首、胸と下がった時にようやく首元に装飾がないことに疑問を覚えた。
ドレスの時は過度なものはなくとも最低限の装飾品は身につけるようにとマナーの講義でも教わったし、実際いつもネックレスとかイヤリングとかブローチとか、何かしらつけるように侍女さん達が用意してくれていたんだけれど。
「今日はネックレスは無くていいの?」
「生憎本日のお召し物に合うものがございませんでしたので…」
「そうだったんだ」
確かにドレスが贈られてくるなんて思ってないから合わせる小物も悩んじゃうよね。
ドレスに合うものがなかったら付けないっていうのも有りなのか…?
それとも相手がクライス家だからかな?
そこら辺はわからないけど、無しでいいって言うなら気にする必要はないかとソファに腰を下ろして休憩していたら、扉の向こうからノックの音が聞こえてきた。
読んで下さってありがとうございます!
やっと旅行も終わりですが、少し長くなるので分割させていただきます。




