返事
ようやくです!!!!
触れているのはお互いの肩と肩だけど、男性とこんなにくっついたのは初めてで、ドキドキするけど不思議と安心する。
人の体温ってこんなに心地良いものなんだね。
ここに来てから………ううん、高校の時は友達とスキンシップがあったけど、卒業して専門学校に入ってからはそれどころじゃなくて人のぬくもりなんて忘れてた。
「私の家族はね、パパとママと私の三人なの」
「ぱぱ…?」
「パパは父親で、ママは母親。お父さん、お母さんって呼ぶ子も多かったけど、私はずっとパパ、ママって呼んでたんだ」
私の周りには半々だったかな。
男友達はおとん、おかんとか言ってた子もいたけど、女友達は半数がパパ、ママ呼びだった。
「パパは普通の会社員。説明しにくいけど、便利な物を作る会社で、その商品の売り込みをしてたみたい」
「売り込み…」
「例えば、私がガラスケースを作ってもらったでしょ? それを色んな人にお勧めして売るのが仕事」
「商人みたいなものか?」
「うーん、ある意味似てるのかな…?」
日本とこの国とは違いすぎてなかなか説明が難しい。
自分の語彙力の無さに頭抱えたくなるね。
もっと国語頑張ればよかった。
「偉い人じゃなかったけど、優しくて甘いもの大好きで、私にすごく甘くてね。よくママに“パパは佑花に甘すぎ!”って怒られてた」
「ふふっ…」
「ママはね、お菓子作りが好きでよく一緒に作ってたの」
「ユーカ殿が甘味を作るようになったきっかけは母君ということか?」
「そうそう」
ママが作ってくれるおやつを楽しみにいつも急いで帰宅していたのを覚えてる。
最初は食べるだけだったけど、やってみたいっていう子どもの好奇心から始まった私のお菓子作り。
それからパティシエを夢見るようになって、今じゃママより作れるものも増えたし、材料と器具があればそれなりに凝ったもの作れる。
「ママと一緒に作ったお菓子を、パパと一緒に食べるのが楽しみだったの」
「そうだったのか」
「旅行に行ってもみんな食べてばっかりだったよ。お土産も全部食べ物なの」
「それは少し想像できるな」
「こっちでも食べ物か食材がほとんどだもんね」
どこにいても変わってないな、私。
可愛い小物も好きなんだけどね。
もらうことはあっても自分で買うことは滅多になかった気がする。
その分、お菓子の型とかはかなりの種類が揃ってたと思う。
クッキー型なんていくつあるか自分でもわからないし、マドレーヌ型やカップケーキ型はサイズ違いで大量にあったしね。
こっちでも型が出来ると楽なんだけどなぁ。
あ、でもそれはお菓子を布教して、作る人が増えてくれたらきっと誰か発明してくれるよね。
「…楽しい家族だ。笑顔が絶えなかったのだろうな」
「そうだね、よく笑ってたよ」
「話しにくいことを聞いてすまなかった」
「そんなことない。私こそ…気を遣わせてごめんね」
「ユーカ殿が謝るようなことは何も無いだろう。貴女は我が国の都合で無理やり召喚されたのだから」
アルバート様が苦虫を噛み潰したような顔をしたかと思えば、困ったように眉を下げて笑う。
「貴女にとっては迷惑この上ない話だろう。だが、私は貴女が召喚されたからこうして出逢うことができた。そう思うと、この国の者として謝罪するべきなのか出逢いに感謝するべきなのか難しくてね」
「迷惑なんて……今でもまだ戸惑いは大きいけど、私もアルバート様に出逢えて良かったって思ってるよ」
「ユーカ殿……」
迷惑とかよりも困惑の方が強かったし、今でも私が聖女なんて信じられていないけど、この国でたくさんの人に助けられて優しくしてもらえて嬉しかった。
それを自分にできる形でこの国の人達に返したいと思った。
今はそれでいいかなって。
だから召喚されたことを責めたり恨み言をいうつもりはない。
ここに来てから、私は私なりにちゃんと考えて出した答え。
話している内に、いつの間にか辺りはオレンジ色の空に染まっていた。
太陽は半分程沈んでいて、中心は赤が濃くて、外に向かうにつれてオレンジ色にグラデーションされていく。
その光景はとても幻想的で、こんな景色はきっと最初で最後なんだろうなと目に焼き付ける。
「ああ、いい頃合いだな」
「すごいね…」
「このくらいの時が一番見応えがあるんだ」
見せられてよかったと目元を細めて笑うアルバート様の整った横顔もオレンジ色に照らされて、それがとても綺麗で。
見惚れていたら自分でも意識せず、勝手に口が開いていた。
「アルバート様が好きです」
自分でも口を滑って出てきた言葉に驚いた。
あんなに悩んでいたのに、あっさり言えるなんて思ってもみなかった。
しかも今、言おうと思ってなかったのに。
慌てて撤回しそうになるけど、すんでのところで思いとどまる。
そうだよ、この旅行中にお返事するつもりだったんだからきっといいタイミングなんだ。
ここで撤回して否定してしまえば、改めて気持ちを伝えるなんてできなくなってしまうのは目に見えているし。
何も言わないアルバート様が気になるけど、そっちを見る勇気はない。
だからと言って言葉を重ねることもできず、どんどん赤暗くなる空を見つめ続ける。
すると、急に視界が揺れた。
「わっ!?」
「…ありがとう、ユーカ殿」
「あ、アルバート様…!?」
揺れたのは勢いよくアルバート様に抱き締められたからだと気付くまでに時間は掛からなかった。
隣に座っていたアルバート様は身体をずらして正面から私を抱き締めていて、顔は私の肩に伏せているから表情は見えない。
見えないけど、声は少しだけ震えていた気がする。
おずおずと私もアルバート様の背中に腕を回し、弱い力で抱き締め返す。
どのくらいその時間が続いたのか。
長いようで短いような時間が経ち、ゆっくりと覆い被さっていた体温が離れていく。
それを寂しいと思うのは、きっとアルバート様だからなんだろうなぁ。
少し身体を離してお互い顔を見る。
私は顔がとんでもなく熱いので真っ赤になっている自覚はあるけど、目の前のアルバート様の頬にも少し赤みが差していて、それが何とも言えず嬉しかった。
「ユーカ殿、もう一度あの時の返事を聞かせてもらえないか…?」
「あの時…?」
「ああ。あの夜をもう一度やり直させてほしい」
あの夜。
その単語で思い浮かぶのはアルバート様に告白された花畑でのこと。
返事って、告白の返事じゃないのかな?
それなら好きだって言ったはずなのに。
もしかして伝わってなかったとか…?
え、もう一回告白すればいいの?
それはそれでめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど…
どうして良いのかわからずアルバート様を見つめると、あの時のように私の前に膝をつき私の手を掬い上げて甲に小さく唇を落とす。
そして顔を上げ、真剣な目でゆっくり口を開いた。
「私、アルバート・フォン・クライスはユーカ・シマザキ嬢に正式に交際を申し込ませて頂きます」
「あ…」
「お返事を、頂けますか?」
「…えっと、私、ユーカ・シマザキはアルバート・フォン・クライス様の交際の申し出をお受け致します」
これで合っているのかわからないけど、私なりに誠意を込めて返事をしたつもり。
私は両手でアルバート様の右手を取り、待ってくれてありがとうとお礼を言ってその大きな手に小さくキスをする。
こんなことしたことがないから恥ずかしくて死にそうだし、自分にそんな勇気があったことに驚きしかないけど、顔を上げた時に見えたアルバート様がとても幸せそうだったからいいかなって思うことにした。
「ありがとう、ユーカ殿」
「うん、私もありがとう」
お互いの目が合ったと思った時には反射的に目を閉じていて、それからすぐに唇にほんのり温かくて柔らかいものが重ねられていた。
「ところでリリィとは何の話を?」
「んー…私の不安を論破されてた」
「論破…」
読んで下さってありがとうございます!
やっとくっつきました。長かった…!
くっつくのが目的ではないのでまだしばらくお話は続けるつもりでいます。お菓子の布教も出来てませんしね。
今後ともお付き合いいただけますと幸いです。
少しでも皆さんの自粛のお暇潰しになると良いのですが…




