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夕暮

お茶会の後のお話。

「楽しかったかい?」

「アルバート様!」



 リリアンヌ様とのお茶会は相談も出来たし、お菓子の布教も出来て二人でいっぱい食べて、私は大満足。

 自分の中で気持ちが固まった私はそれで吹っ切れたのか、あんなに緊張していたのが嘘のようにその後は純粋にリリアンヌ様とのんびりお話ししているとアルバート様が迎えに来てくれていた。


「リリィ、そろそろユーカ殿を解放してもらっても?」

「えぇ。聖女様、本日はありがとうございました。楽しゅうございましたわ」

「あ、はい! こちらこそありがとうございました!」


 リリアンヌ様に挨拶をして、そのままアルバート様と一緒に中庭を後にする。


 そんなに長い時間じゃなかったはずなのに半日以上お茶してた気分。

 お昼が終わってから支度して、今がまだ夕方に差し掛かる頃だから、長くても三時間くらい?

 ちょっとお菓子食べ過ぎたから腹ごなしに少しお散歩でもしたいなぁ。

 そう言うと、アルバート様は快く頷いてくれた。


「それなら少し足を伸ばして、街の外れまで行ってみようか」

「うん!」


 クライス家のお屋敷から街に出るのはすぐだけど、いつも街中を歩いてお買物して戻っていたから外れの方まで行ったことがないんだよね。

 もうあと数日しか居られないから、行ったことない所にももっと行きたいと思っていたので嬉しい。



 そうしていつも通りアルバート様にエスコートされて街を歩いていると、ふと街の人達の視線がいつもと違うことに気がついた。


 いつもなら「アルバート様がエスコートしてる!?」「今日も!?」みたいな視線や声が聞こえるのに今日は聞こえない。

 何だろう、ここに来てから毎日のようにアルバート様のエスコートで歩いてるから街の人達も見慣れたのかな?

 私の方が逆に気になりながら歩いていると、通りすがる人達が皆にこやかにこちらを見ていて「今日も仲睦まじいわね」「聖女様のエスコートはアルバート様って決まっているからな」「もうご婚約はされたのかしら」なんて聞こえてくる。


 み、見慣れてもらえたらしいけどそれはそれでちょっと恥ずかしいな…!

 っていうか、婚約って…!


「ユーカ殿?」

「あっ、ううん! 何でもない!」


 照れた拍子にうっかり手に力が入ったのが、掴んでいたアルバート様の腕にも伝わってしまったようだ。

 私は慌てて取り繕って首を振るが、アルバート様はどうにも気になるみたいで立ち止まってじーっとこっちを見てくる。

 本当に大したことじゃないから気にしないでほしいんだけど…

 しかもこれを言うのもまた恥ずかしいのでそっとしといてほしい。


 …と思うのに、アルバート様は放っておいてはくれなかった。



「何もなければ目は泳がないだろう」

「うっ」

「何でも表情に出るのはユーカ殿の可愛らしい所だけれどね」

「ううぅ………人前で可愛いとか言うのやめて……」

「人前でなければ良いのかな?」

「良くは……ない、です…」

「ふふっ、真っ赤だ」


 誰のせいですか。


 言い返したいけれど、実際ポーカーフェイスは出来ないし、揚げ足取られて反論する前に顔に出ちゃうし。

 結局アルバート様の手のひらで転がされている気がする。



「…で? どうしたんだ?」

「…本当に何でもないの」

「ふぅん?」

「…………街の人達の視線が変わったなって思っただけ」

「ああ、そういうことか」


 もちろんアルバート様も視線には気付いていたはずだから、ここまで言えば伝わるだろう。

 聞こえてきた会話に照れたなんて、告白の返事もまだしていないのに言えないよ。


「来たばかりの時は物珍しそうに見られていたが、流石に毎日連れ添っていたら皆慣れたようだな」

「ね。王都ではまだまだ騒がれることも多いけど、クライス領の人達は受け入れるのが早いのかな?」

「どうだろうな。私がクライス領の人間だからかもしれないが」

「そうかなぁ…」


 そう言ってアルバート様は苦笑しているけど、それって逆じゃないのかなって思う。

 クライス領の人だからこそ、昔からアルバート様を知ってるわけでしょ?

 それならアルバート様がどれだけ女性と疎遠だったか、王都の人達よりわかってるはず。

 でもこんな短期間で受け入れてもらえるってことは、街の皆の心が広くて温かいことと、アルバート様を気にかけてきたって証拠なんだろうなぁ。


「何にしても、受け入れられるというのは嬉しいものだね」

「そうだね」


 どんな理由にしたって、否定されるより肯定された方が嬉しいに決まってる。


 私は腕に添えていただけの手をしっかりと掴み、驚いたように勢いよく私を見るアルバート様に向かってにっこり笑ってみせた。

 アルバート様は一瞬ポカンとした後、すぐに笑みを返してくれて二人でまた歩き出す。


 それからも街の人達の視線は感じたけれど、特に気になることもなく私達は賑わう街を抜けていった。








「特にこれといって何かある訳じゃないんだけれど」



 通りを越えて、徐々に人波が少なくなって、そうして辿り着いた場所は水平線でも見えるんじゃないかってくらいただただ広い土地。

 一面緑で、視界を遮るものは一切ない。

 そう、アルバート様の言うように、何がある訳でもない。

 むしろ何も無くて、日が沈んでいくのがはっきりと見える。

 あんなに建物が多かった街の外れだというのが信じられない。


「すごい………」

「もう少し待てば沈み切る前の陽の光が赤く色付いて綺麗に見えるよ」

「夕焼けだね。ここで見たら絶対綺麗」

「ニホンではゆうやけと言うのか」

「うん。日が沈む時に西の地平線が赤く染まって見える現象……だったかな?」

「そうか。ニホンでもユーカ殿はこの赤い空を見ていたんだな…」

「そうだね。そう思うと、案外空ってどこも変わらないのかも」


 せっかくだから夕焼けを見てから帰ろうかとアルバート様が腰を下ろす。

 その際にやっぱり自分の上着を私のシート代わりに敷こうとするものだから断ったけど、今日のドレスはアルバート様からの贈り物ということもあり、汚すのも申し訳なくて結局上着の上に座るしかなかった。



「アルバート様は私達がお茶会をしている間、何をしていたの?」


 日が沈むにはまだ時間があったから、隣に座るアルバート様に声を掛けてみる。


 この広い広い場所に私達二人だけ。

 辺りを見渡しても、人の影は全くない。

 街から結構歩くこともあり、皆はわざわざ外れの方まで来ないのだそうだ。


「兄上の執務室にいたよ」

「お仕事のお手伝い?」

「いや、父上と母上にも声を掛けて少し話をしていた」

「家族団欒だね」


 普段あのクライス家のお屋敷にはシェナード様達しかいなくて、アルバート様は王都だし、ご両親は別のお屋敷に住んでいると言っていたから家族が揃うのは随分久しぶりなんじゃないかな。

 きっとご両親も嬉しかっただろうね。



 …………パパ、ママ、元気かなぁ。

 この空の向こうで繋がってるのかもしれないと思うと、少しホッとする。


 帰りたい気持ちが無くなった訳じゃない。

 今でも帰りたいって思うけど、最近はそれよりもアルバート様と居られる時間が幸せで、楽しくて、少し薄れていた気がする。


 親不孝な娘でごめんね。


 でもきっとママは応援してくれるよね。

 何なら、美形ならちゃんと捕まえておきなさい、くらい言うかも。

 パパは拗ねるかもしれないなぁ。




 なんて、遠くにゆっくり沈んでいく太陽をぼんやり見ていると、アルバート様が何とも言えない顔で私を見ていた。


 え、それはどういう感情?


「アルバート様? どうかした?」

「いや……その、聞いて良いのか悩んでいたんだが…」

「何が?」

「ユーカ殿の……家族のことを」


 ああ、なるほど。

 アルバート様は優しい人だから、家族の話をして私が辛くならないか心配してくれてるんだね。


 そういえばこれまでも日本のことは聞いてくるのに家族のことは聞かれたことがなかったのを思い出した。



 そっか、ずっと気にしてくれてたんだ……



「ありがと」

「ゆ、ユーカ殿…!?」



 私は胸がいっぱいになって、何だか涙が溢れそうになって、小さく俯いてそっとアルバート様に身体を預けた。

読んで下さってありがとうございます!

アルバートが慌てるのは珍しいですね。普段慌てない人が慌てている姿は可愛いので好きです。

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