番犬
クライス家の皆さん(使用人含)はアルバートが大好きです。
酒蔵からいくつかの酒瓶を拝借し、厨房に戻った私達はすぐにお菓子作りに取り掛かった。
私がチョコを溶かしている横でアルバート様は持ってきたお酒を少量ずつに分けてくれている。
お酒に慣れてないから匂いで酔っちゃいそうでお願いしたんだよね。
溶かしたチョコを小分けして、温めた生クリームとお酒を入れて混ぜて冷やす。
その作業をお酒の種類の分だけ繰り返した。
でもそれだと私が食べれるものがなくなるから、お酒の入らないトリュフも作っておくのは忘れない。
それが終われば次は生チョコ、クランチとサクサク作って冷蔵庫へ。
あまりにも早く終わるものだから、アルバート様もバング様もクーウェン様も「それで終わり?」って顔をしている。
「あとはチョコが冷えたら形整えて完成です!」
「え? 溶かしたのにまた固めるのか?」
「そうだよ。溶かしたままフルーツとか付けて食べるフォンデュもあるけどね」
「それも気になりますね」
「ええ、パンではなくフルーツをチョコにつける発想はありませんでした」
パンをつける発想はあったんだ。
「兄上に出してみたらどうだ?」
「それは良いですね、試作してみましょう」
「あ、それならチョコが固まらないように温め続けれるものがあると長く楽しめますよ」
「温め続ける……コンロのようなものですか?」
「火だと焦げちゃうから、保温できるものって言った方がいいのかな? 温めたチョコをそのままの温度にしておくんです」
「保温………それなら暖房器具の核が使えるんじゃないか?」
「成程、使えるかもしれません!」
「あとはどうしたら宜しいでしょうか?」
興味津々なバング様やクーウェン様に詰め寄られて、相変わらずこの国の人は物理的距離が近いな、なんて思って苦笑しながらチョコフォンデュの説明をしていると、不意に腕を引かれて身体が後ろに傾いた。
「わっ」
「お前達、近過ぎだ」
ポスっと何かに支えられて倒れるのは回避したけど、何が起こったのかわからずキョトンとしてしまう。
真後ろからアルバート様の声が聞こえることから引っ張ったのはアルバート様なんだろうと予想はつくけど、何で引っ張られたのかわからないし、何で今後ろから抱き締められてるのかわからない。
「ぼ、坊っちゃまが…!?」
「坊っちゃまがそ、そのような…!?」
「坊っちゃまはいい加減にやめてくれ」
あ、そこですか。
というか、実家の使用人さんにまで驚かれてるってある意味すごいね。
私はもう何がどうなってるのかわからないから黙ってます。
ただ、背中に心臓がついてるんじゃないかって思うくらいバクバクしてるからそろそろ離してほしい。
背中温かいし、アルバート様が喋る度に耳に息が当たって擽ったいし、首にはアルバート様の腕が回されていてホールドされてるしで死にそうなくらい恥ずかしい。
このままじゃ本気で死んじゃいそう。
だから、何度も言うけど恋愛初心者なんだって!
男友達はたくさんいたけど、こんなに密着するようなことなんてなかったから本当に免疫ないの!
…って言ったところでアルバート様が止めてくれる気はしないんだけど。
前も思ったけど、何で同じ恋愛初心者なのにこんなに違うんだ…
わからないままだけど、完全に固まっている私に気付いているのかそうでないのか、回された腕が緩む気配はない。
「お前達! 今から晩餐の変更だ!」
「今日は坊っちゃまのお祝いだ!」
「「「はっ!」」」
「やめろ!」
その後、アルバート様の変わり様に感極まったらしいバング様達が暴走しそうになって怒ったり、その騒ぎを聞きつけて様子を見に来た執事さんがこの状況を見てシェナード様には報告を入れるからとお祝いメニューへの変更を許可して更にアルバート様が怒ったり、報告を聞いて見に来たシェナード様が面白がって料理人さん達を鼓舞してまたアルバート様が怒ったりして、完全にアルバート様が遊ばれていた。
珍しくずっと怒ってたね、アルバート様。
なのにその間ずっとこの体勢のまま離してもらえなかったから、執事さんやシェナード様にまで見られる羽目に。
それが無ければもう少し穏便に収まったんじゃないのかな…
「ふ、ふふ…あのアルバートがね…」
「兄上!」
「仕方ないだろう。お前は本当に極端だな」
「何の話ですか」
「しかも自覚がないときたか。ユーカ様も苦労するね」
料理人さん達がものすごいやる気な所を見てもアルバート様が愛されてきたのはわかるけど、シェナード様は絶対に楽しんでる。
未だにアルバート様に捕まったままの私の頭を撫でて至近距離で微笑むと、「独占欲が強い弟だけど宜しくお願いしますね」と内緒話のトーンでボソッと言われ、私は二重の意味で顔を赤くした。
「兄上!」
「ふふっ」
「ふふっ、じゃありませんよ。近いです」
「そうかい?」
「ええ。離れてください」
「お前の方が近いと思うけれど?」
その通りです、シェナード様。
この国の人達の距離が近いのにも少しは慣れてきたつもりだったけど、さすがに好きな人と距離が近すぎるのにはいつまで経っても慣れる気がしない。
シェナード様に指摘されても番犬のように私を離さないアルバート様。
あからさまに肩を竦めて見せるシェナード様はどうやらこれ以上遊ぶと機嫌を損ねると諦めたらしい。
一歩下がって距離を取って話し始めた。
「ユーカ様、妻とのお茶会に御了承下さりありがとうございます。日程ですが、明後日は如何でしょうか?」
「大丈夫です」
「ではその日は時間になりましたらロイに迎えに上がらせましょう」
「兄上、ユーカ殿は私がご案内します」
「お前は………本当にユーカ様に執心なのだな」
「いけませんか?」
「そんなことは言っていないだろう?仕方ないな、時間は追って報せるから任せたよ」
「ありがとうございます」
「わかったらそろそろ離して差し上げなさい。ユーカ様が困っているだろう」
苦笑するシェナード様に窘められてようやく解放された私は、とにかく心臓を落ち着かせるために深呼吸するのが最優先だった。
その間にお二人はお茶会の段取りについて話しているようだったけど、私はそれどころじゃないからそこはお任せする。
私がやらないといけないのはお菓子を用意しておくことだけのはずだし。
…あ、そっちのことを考えて気を紛らわせよう!
チョコだってそろそろ固まってるだろうから作業の続きが出来るし。
明後日なら作り直さなくても大丈夫そうだし、チョコケーキは明日仕込んでおけば間に合うね。
あとはカップケーキとかもあると華やかになるかな?
その辺は明日作ろう。
「…………の」
ケーキも一種類じゃ寂しいかな?
この国の人達って本当に甘いもの好きだし、もう少し種類があってもいいかも。
「…………カ殿」
余ってもきっと皆が食べてくれるだろうし、せっかくリリアンヌ様にお菓子の良さを伝えられる機会なんだし。
うん、もう少し何か増やそう。
「ユーカ殿?」
「ひゃっ!?」
必死に思考をお菓子に移していたから、今度は自分が呼ばれているのに気付かなかった。
アルバート様に肩を叩かれて我に返り、咄嗟に変な声が出たと認識したら再び羞恥心が戻ってきてしまう羽目に。
うぅ…せっかく意識を逸らせたと思ったのに…
「どうした? 体調でも悪くなったのか?」
「ううん、元気……」
「それならいいが、無理はしないようにな」
「ありがと…」
アルバート様が純粋に心配してくれているのがわかって申し訳なく思うと同時に、気にかけてもらえているのが嬉しいと喜ぶ気持ちが交差する。
あーあ、まともな恋なんて今回が初めてだけど、恋って楽しいだけじゃないんだなぁ…
こんなに感情の変化が激しいものだなんて思ってもいなかった。
よく友達が「片想い期間が楽しいの」って言っていたけど、それを体感するには私にはハードルが高すぎたらしい。
世の中の女の子はすごいなぁ。
尊敬しちゃう。
経験値の無さがこんな所で影響してくるなんて思わなかった。
でもそれも含めて相手に想いを寄せるってことなんだよね。
私は未だに心配そうに見てくるアルバート様ににこりと笑顔を向け、私は私なりに向き合おうと心の中で頷いていた。
読んで下さってありがとうございます!
使用人さん達はシェナードの前では暴走しませんが(昔はしていたけど、今は領主なので)、アルバートはたまにしか帰ってこないこともあり、何かあると暴走されがちだったりします。だからアルバートはあまり帰らないともいう。でも帰る時はちゃんと皆にお土産を持っていく律儀な男。




