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酒蔵

お酒は20歳になってから。

 アルバート様に連れられてきたのは、厨房から少し離れた場所にある大きな建物だった。


 大きいといっても、お屋敷自体がめちゃくちゃ大きいのでその中の一角ってくらい。

 きっと食料庫なんだろうな。

 これだけの広さがあれば相当備蓄しておけそうだもの。



「さぁ、どうぞ」

「お邪魔します…」


 開けてくれている扉から中を覗くと、そこは薄暗くて少し肌寒かった。

 何だろう、まるで地下室みたいな感じ。


「何だか冷えるね…?」

「寒かったらこれを着ているといい」


 そう言ってアルバート様は自分が着ていたシャツを私の肩に掛けてくれたけど、そうしたら今度はアルバート様が寒くなっちゃう。

 肌寒いくらいで、長居しなければそんなに身体も冷えないだろうし大丈夫と上着を返そうとするが、アルバート様は一向に受け取ってくれない。

 それどころか逆に羽織らせてくるものだから、何度かそのやり取りを繰り返した末に私の方が諦めた。


 アルバート様ってそういうとこあるよね…

 普段は優しくて穏やかなのに、変な所で強引というか。

 わざとなのか無意識なのかわからないけど、その度に振り回されるんだから。




 さっきまで着ていただけあってシャツはほんのり温かくて、少女漫画みたいだけど本当にうっすらアルバート様の匂いがして、まるで抱き締められているかのような気分になって落ち着かない。

 最近、自分でも知らなかった自分の乙女思考が時々出てきて戸惑うことが増えた気がするなぁ。


 嬉しさと気恥ずかしさを飲み込んでシャツの裾を軽く握ると、私は気を取り直して目的の物を探すことにした。



 ゆっくりと足を進め、暗くて見にくい中でお酒を探していると、後ろから『エリアライト』と聞こえてきたと同時に光の塊が倉庫内に幾つも浮かび上がる。


 えっ、すごい!

 多分『ライト』を分裂させてるだけだと思うけど、一つ一つの大きさもしっかりあるし、分散させてるから辺り一面が見やすくなった。

 こんな使い方も出来るんだ!


「アルバート様すごいね!?」

「ユーカ殿には負けるよ」

「でも私、『エリアライト』なんて使ったことない! 分裂させたら蛍のイメージになっちゃうから明るさも落ちるし」

「ほたる?」

「日本でたまに見かけるんだけど、暗闇の中でいっぱい光ってて綺麗なんだよ」

「それは見てみたいな」

「えっ!?」


 アルバート様は急に『エリアライト』の光を全部消し、辺りは再び薄暗い空間に戻された。

 こ、これは蛍もどきを見せろってことなの…?

 さっきのと明るさ全然違うよ…?


 じっとアルバート様を見つめると、視線に気づいたアルバート様はやっぱりにっこりと笑うだけだった。


「もう……わかったよ。『ライト』」


 一際大きな光の塊を生み出し、それを蛍が自在に飛び回るように分裂させる。


 私はまだ最初から分裂した状態で生み出せないからワンクッションおかないといけないけど、それでもまだスムーズな方。

 まだまだ練習しないといけないなぁ。


 というか、アルバート様が普通に使えるのすごくない?

 あとで、どこまで使えるのか聞いてみよう。



「これがほたる…綺麗だな…」

「なかなか見られないんだけどね、上手くいくとこんな風に一面光が舞って綺麗なの」

「そうなのか…」

「本当は夜の川辺に集まるんだ」


 いつか機会があったらその情景を体感させてあげたいと思う。

 どうしたって室内じゃこれ以上の感動は生めないからね。


 水の流れを音で感じて、星空の下に舞い上がる光の粒。

 それは自然の中だからこその趣だから。


「それなら、ユーカ殿が良ければ今夜にでも渓谷に行かないか?」

「え? いいけど急だね?」

「以前、渓流に思い出の場所があると話しただろう?」

「うん」

「そこは夜に抜け出してよく行っていた所でね。月の光が水面に反射してとても美しいんだ」


 なるほど、私がアルバート様の思い出の場所に行ってみたいって言ったから元々連れていってくれる予定だったってことかな。

 そんな綺麗な所なら、ついでに蛍再現したらきっと幻想的だよね。


 アルバート様のことだから夜に連れ出すのは躊躇っていたんだろうけど、今だって毎日星を見に外に出てるんだし、アルバート様が一緒に行ってくれるんだから危ないことなんてないのに。


「それは楽しみだなぁ」

「夕食後に迎えに行くよ」

「うん、ありがとう」




 さて、夜の予定が決まった所で今の目的を果たさなくては。


 私は蛍もどきを消し、アルバート様は『エリアライト』を再び展開する。


 そうしてさっきまでの明かりを取り戻した倉庫を見渡してみると…


「……ここ、倉庫っていうより酒蔵じゃ…?」

「さかぐら?」

「お酒を置いておく所のこと」

「ああ、確かにここには酒しかないね」


 ビックリするほどのお酒の瓶が並べられていた。

 こんなにあると思ってなかったけど、これなら確かに少しくらいもらっても何も言われなさそうだわ…


「クライス領は硝子細工だけでなく酒の産地でもあるんだよ」

「そうだったんだ…!」

「この倉庫、肌寒いと言っていただろう? ここにも硝子が使われていて、壁の内側に敷き詰められているんだ」

「ここにも!?」

「ああ。それに核を取り付けている」


 それが出来るのはガラス細工に長けているクライス領だからなのだそうだ。

 もちろん他の領地でもお酒造りが盛んな場所はあるけど、保管の問題で量が造れないんだとか。

 その点、クライス領はガラスのおかげで冷えすぎず熱くならない保管庫を作れるから量も造れる。


「領民の大半がお酒をよく飲むから、他方への取引に出すことは滅多にないけれどね」

「えっ!? ここだけでもこんなにあるのに!?」

「ここはあくまでクライス家の私用の倉庫だから、ここに住む者達で全部無くなるよ」

「えぇぇ…?」


 信じられない。

 そんなに酒飲みが集まった領地だったなんて。

 嗜む程度とかならわかるけど、これだけの量をシェナード様とリリアンヌ様、使用人の皆さんだけで飲み尽くすってことでしょ?

 急性アルコール中毒にならない!?

 心配になってくるんだけど…


「アルバート様もお酒は飲むの?」

「それなりにね」

「やっぱりそうなんだ…」

「ユーカ殿はどうなんだ?」

「日本では二十歳になるまでお酒は禁止されてたから飲んだことないよ」

「そうだったのか」


 ウチは父もあまり飲む人じゃなかったし、母は飲めない人だったから、きっと私も弱いだろうと思ってはいるけどね。


「ユーカ殿は今十九歳だったか?」

「そうだよ」

「いつ二十歳に?」

「誕生日は十二月だけど…こっちでいうといつなのかよくわかんないんだよね」

「暦の数え方も違うのか」


 こっちに喚ばれて来た日から日数で今が八月の終わりだと認識しているけど、日本と違って四季もないし、アルバート様の言うように暦の数え方が違うから誕生日がいつなのか計算が出来ない。

 この国では風の月とか空の月とかそんな感じで、十二月までないっぽいのよね。

 最近の講義で教えてもらった記憶によると、月は風、空、陸、蓮、海、柊の六つから成っていて、各月の日数はどの月も六十日。

 つまり数え方は近いけど一年は日本と比べて五日少ないということ。


 そう思えば誤差はそんなに大きくないけど、十九年前から数えた九十五日もズレるって訳でしょ?

 わかっていてもわざわざ計算しようとは思わない。


「あとでニホンの暦の数え方を教えてくれないか?」

「それはいいけど、計算するつもり?」

「数字には強い方なんだ。それに、ニホンでは二十歳になるというのは特別なことなんだろう?」



 国は違うけれど、愛しい人の大切な日を祝わせてほしい。

 二十歳になるその日に一緒にお酒を飲もう。


 私の右手を取ってアルバート様の大きな両手で包み込むように優しく握られ、そんな風に甘い声で言われたら何も考えずに頷くしかできない。


 赤くなっているだろう顔を見られないよう俯いて、黙ってただ首を縦に振るだけの私は、ホッと小さく息を吐いて照れているアルバート様の顔を見ることはなかった。

読んで下さってありがとうございます!

佑花は1年が5日違うなら毎年誕生日違うじゃんって思ってますね。どうやって計算する気なんだろう。

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