体験
旅行、まだしばらく続きます。
今日はシェナード様の案内でガラス工房を見せてもらっています。
「この工房は領内一の規模を誇っていましてね。大型の物はこちらで製造することが殆どです」
「うわぁ…!」
連れてきてもらったのはすごく大きな建物で、壁面には至る所にガラスが埋め込まれていて、それが光に反射して綺麗。
これが工房なんて思えないくらい。
「ユーカ様から御依頼頂いた品も此処で作っておりますよ」
「そうなんですね! ありがとうございます!」
「兄上、まだ仕上がっていないと耳にしておりましたが?」
「ああ、完成はしていないのだけれどね。ある程度仕上がっているから、御要望に添えているかの確認を兼ねているんだよ」
「そうでしたか」
シェナード様の話では、今の時点でならまだ修正が可能だからこそ私を連れてきてくれたらしい。
そのお気遣いはとても有難いけど、私としてはショーケースっぽいものであれば問題ないからお任せでもいいんだよね。
来たら来たでわくわくしちゃうんだけど。
「こちらへどうぞ」
奥から出てきた工房の職人さんが案内してくれるというので後に続く。
工房の中は見た目に違わず広くて、途中にはガラス細工の飾りなんかもあって、歩くだけでも楽しい。
というかね、このクライス領って至る所にガラスが埋め込んであって、あちこちで反射してキラキラしてるの!
建物もそうだけど、道にもあって、それが全部大きさも色も違うから歩く度に見え方が変わるし、夜に見ると月の光に照らされてまた幻想的で。
他にも、窓だと思ってた所が実はガラスだったりして不思議な感じ。
ただ、出発前に色んな人にクライス領はとても綺麗な所だからと言われた意味がわかった。
アルバート様はこんな綺麗な土地に産まれ育ってきたんだね。
アルバート様やシェナード様だけでなく、クライス家の皆さんもとても穏やかで優しくて、それってこんなに素敵な場所で育っているからなのかなって妙に納得しちゃった。
キョロキョロしながら工房の奥に進み、辿り着いた小部屋のテーブルの上を見ると、正しくショーケースと言える物が鎮座していた。
「すごい…!」
思わず感嘆の声が出てしまうほど完璧なショーケース。
イメージは伝えてあったけど、ここまですごいのが出来るとは思っていなかった。
大きなガラスの枠組みに三段の仕切り。
それにスライドで空くタイプの開き。
サイズ感もいい感じだし、何も注文をつける所がない。
私が興奮のままにアルバート様とシェナード様を交互に見ると、二人はよかったねと言わんばかりの優しい表情でこちらを見て頷いてくれる。
「こちらに核をつければ保冷庫として使用することができます」
「ありがとうございます!!」
「何か手直しする箇所がございましたらお申し付け下さい」
「いえ! 私が思っていた通りの物なので十分です!」
「恐縮でございます」
説明をしてくれた工房の人に感謝を込めて頭を下げると、慌てて止められてしまった。
あ、そっか。
一応聖女様とか言われてるから無闇に頭を下げるのはやめろってマナー講義の先生から言われてたんだった。
日本ではありがとうもごめんなさいも頭下げてたから癖になっちゃってるんだよなぁ…
「せっかくだから何か作ってみる?」
「え? 急に大丈夫なの?」
「問題ないよ」
「だったらやってみたい!」
「兄上、宜しいですか?」
「勿論。ユーカ様、申し訳ありませんがここはアルバートに任せて私は一足先に戻らせていただきますね」
「あ、はい! シェナード様、本当にありがとうございます!」
「御心に添えて安心致しました」
シェナード様はやることがあるから戻るそうなので、私はアルバート様と残ってガラス体験をさせてもらうことに。
あ、ショーケースはまだ微調整があるから、出来たら王都に届けてくれるそうです。
今から使うのが楽しみ!
それに、ガラス体験なんてしたことないからそっちにもわくわくしちゃう。
何を作るんだろう?
ガラスっていうと、グラスやお皿のイメージなんだけど。
私にも出来る初心者向けのものってあるのかなぁ?
シェナード様を見送ってアルバート様と待っていると、さっき案内してくれた工房の人が呼びに来てくれてまた違う小部屋へと案内される。
そこには色とりどりの小さいガラスと、奥の方に釜みたいなものがあってここではガラスを吹いて溶かしながら膨らませてグラスにするそうだ。
初心者にはこれが一番やりやすいというので、グラス作りに挑戦してみることにした。
まずはガラスの色を選ぶ所からだけど……何色にしようかなぁ…
好きな色でいいって言ってくれるけど、どれも綺麗で選べない。
小さく唸りながらガラスを見比べて、ふと顔を上げるとアルバート様の澄んだ空色の瞳と目があった。
あ、これだ。
そう思った時にはすでにスカイブルーのガラスを手に取っていて、アルバート様にはあんなに悩んでいたのにと不思議がられてしまったけど理由なんて言えないからスルーする。
そういうアルバート様はすでに決まっていたようで、少し白濁した透明なガラスを手に持っていた。
アルバート様は何度かやった事があるらしく、私がガラスを膨らませるのに顔を真っ赤に息を吹き込んでいる横で、涼しい顔で形を膨らませている。
あまり勢いよく吹くと割れてしまうからと言われたためか加減がわからず、弱くすると全然膨らみもしないから難しい。
アルバート様はというと、グラスではなく花瓶でも作るのか、膨らませたガラスを細く長く広げていた。
結局工房の人に手伝ってもらって何とか形になったグラスは、形を整えて磨いてから私達が滞在中にクライス邸に届けてくれるらしい。
出来上がりが楽しみだねと笑いながら、私達はガラス工房を後にした。
「え? リリアンヌ様とお茶会?」
ガラス工房を出てそのまま街で買い物をして、ちょっと休憩しようと入ったカフェでアルバート様が口を開いた。
「ああ。二人だけで話をしてみたいそうだ」
「それはいいけど、お茶会の作法は自信ないよ?」
「リリィはそんな事を気にする女性ではないから大丈夫だよ」
「ならいいんだけど…」
突然のシェナード様の奥さんからのお誘いにビックリしてカップを音を立てて置いてしまった。
こういう所がまだまだ練習不足なんだな…
外ではクライス家の外聞にも関わるし、気をつけないとって思ってるのに。
でもリリアンヌ様は小さい頃からシェナード様とアルバート様と縁があったって言ってたから、つまり幼馴染ってことだよね?
昔のアルバート様の話とか聞いてみたいな。
男性で実のお兄さんのシェナード様とはまた違う視点で見ていると思うんだよね。
滞在中に何度かリリアンヌ様とお話したことがあるけど、いつも物腰柔らかくてにこやかで可愛らしい人だなって思ってたからこの機会に仲良くなれたら嬉しいし。
あ、でもお茶会ならお菓子が付き物よね?
この国の慣習に任せたらケーキスタンドに菓子パンが並ぶのはこれまでの経験で嫌というほどわかってる。
だったら私に用意させてくれないかなぁ…
まだ日程は決まってないって話だから、今から材料準備すれば幾つか仕込んでおけるし。
そのためには厨房を借りないといけないんだけど。
「ねぇ、アルバート様。厨房って借りれないかな?」
「厨房を? 問題ないと思うが…何を作る気なんだ?」
「お茶会するならお菓子が欲しいの」
「ああ、そういうことか」
私の作ったお菓子でよく一緒にお茶をしているアルバート様は、私が何を言いたいのか理解が早くて助かる。
アルバート様もお菓子を食べるようになってからは、もう菓子パンでお茶するのは勘弁だって言ってたから気持ちがわかるんだろうね。
厨房の使用許可については戻ったらシェナード様と料理長さんに確認してくれるというので、許可がもらえたら明日にでも食材を買いに行って仕込みをするということになり、旅行先でもお菓子を作って食べれることを喜んでいたら「ユーカ殿はやっぱりユーカ様なんだな」と笑われてしまった。
どういう意味?
読んで下さってありがとうございます!
ガラス膨らませるのって結構肺活量使いますよね。




