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期待

シエナード視点です。

 ユーカ様が我がクライス領に滞在して三日が経つ。

 到着した翌日はこの屋敷内と周辺の街並みのを、その翌日は居住区、そして今日はその奥の森に案内しているそうだ。


 森といえば、幼少の頃にアルバートがよく行っていたな。

 何事にも好き嫌いがなく、反抗心もない、昔から手の掛からない子どもだった弟は度々森に行くと言って出掛けていた。

 ここの森は魔物も出ない安全な場所だから私も気にしていなかったし、一人で集中して修行したかったのだろうと思っていたが、それだけではなかったのかもしれないな。


 晩餐の際に今日はどこに行った、何を見たと話してくれるユーカ様はそれは楽しそうで、自慢の領地を気に入ってもらえたら嬉しいという純粋な気持ちと、この旅を機により弟と親密になってくれたら良いという邪な気持ちを笑顔の奥に隠してそれを聞いていた。







「ねぇ、シェナード」


 執務室で領地の報告書に目を通していると、リリアンヌが隣で紅茶を淹れてくれていた。


「リリィ、どうした?」

「アルバート、変わったわね」

「君もそう思うか?」



 リリアンヌは私と幼少よりの仲。

 つまり、アルバートともそうであるということ。


 アルバートは手紙は頻回に送ってくれるが、理由をつけて呼び戻さないと邸に寄りつこうとしない。

 それは私達に遠慮してのことだとわかっているが、帰ってきても用事が済めばすぐに王都に戻ってしまうからリリアンヌも挨拶程度しか出来ていなかったようだ。


 そんなアルバートが今回聖女様の護衛として長期滞在すると聞き、皆が喜んでいた。


 聖女様を御招待したとあれば護衛がつくことはわかっていたし、アルバートが名乗りを上げることも想定していた。

 それも先日所用で王都に行った際のアルバートの様子を見ていたからこそだけれど。


「えぇ。あんなアルバートは初めて見たわ!」


 普段は大人しく貴族の女性としての佇まいを崩さない妻が、こんなにも興奮冷めやらぬとばかりに声を上げるのは珍しい。


 それもそのはず。

 アルバートの変化は誰もが見てわかるくらい大きなもので、私達だけでなく領民達の間でも話題になっているようだ。


 領地にいた頃もエスコートなどしようとしたこともなかった男が自らエスコートを申し出ている上、聖女様の方が渋々といった面持ちなのだから噂にもなるだろうな。

 無理もない。




 これはリリアンヌにはまだ話していないのだが、王都ではアルバートが聖女様に大勢の人の前で交際を申し込んだという噂が広まっているという。

 真偽はわからないが、今の弟ならばやりかねないなというのが私の感想だった。


 それが本当であるのなら、聖女様を狙う派閥を相手に立ち回らなければならなくなるが、恐らくそれも覚悟の上なのだろう。



「アルバートは本当に聖女様が好きなのね!」

「リリィから見てあの二人はどう見える?」

「そうね、アルバートの方が聖女様に構いたくて仕方ない感じがするけれど、聖女様も嫌がってないように思えるわ」

「ふむ…」

「聖女様もどんな方かと思っていたけれど、とても可愛らしくて優しい方なのね」

「そうだね」

「二人を見ていると心が和むの。成就して欲しいわ」


 リリアンヌがそれは嬉しそうに語る。

 彼女にとっても義弟としてでなく、本当の弟のように思っているからこその言葉だとわかって私は口元を緩めた。



 王都で顔を合わせた時と二人の雰囲気が少し変わっているから、その間にアルバートの心境の変化があったのかもしれないな。

 もしかしたら興味が好意に変わったのだろうか?

 そうであってくれたらいいと思う。


「私もだ」



 これはやはり滞在中に一度アルバートを呼びつけて話をしないといけないな。


 とはいえ、朝から晩までずっと聖女様と一緒で、護衛として帯同しているのだから勝手に離れるわけにもいかない。


 どうしたものか…



「難しい顔ね?」

「いや、どうしたらアルバートと二人で話が出来るかと思ってね」

「そうねぇ……それなら私も聖女様とお茶会をしたいわ」

「二人でかい?」

「そうね。お義母様と御一緒しても良いけれど、聖女様が緊張してしまいそうだもの」

「それもそうだね。では、滞在中の予定に入れてもらうことにしようか」

「えぇ。楽しみだわ!」



 私達の中で話が纏まり、あとはアルバートと聖女様の承諾を得るだけだ。



 私は執事のロイにアルバートへの伝言を頼み、書類へと意識を戻した。










「お呼びでしょうか、兄上」


 その日の夕刻、アルバートが執務室に私を訪ねてきた。


 もっと遅くなると思っていたが、随分早いな。


「ユーカ様は良いのか?」

「湯浴みをして着替えたいそうで、侍女が付き添っていますので」

「そうか」

「それで、私に何か用事ですか?」

「ユーカ様の滞在中の予定はもう埋まっているか聞こうと思ってね」

「滞在後半は予定という予定はありません。前半で領地を御案内し、後半はユーカ殿の気に入った場所へ再訪するつもりでいましたので」

「それなら一日ユーカ様をお借り出来ないかな?」

「借りる? どういうことです?」


 アルバートから予定を聞いて、それなら都合をつけてもらうことも出来そうだと話を進める。


 リリアンヌが聖女様と二人でお茶会をしたいと望んでいること、女性同士で話がしたいからアルバートはその間休んでいていいということ。

 私がそれらを話し終えると、アルバートは特に異論を唱えることも無く首肯した。


「承知致しました。確かに女性同士の語らいの場に男が入るのは邪推というものですね」

「だろう? だからお前はその間私の所へおいで」

「兄上の?」

「休んでいいと言ったところでどうせ剣の修行をするだけだろう? たまには兄弟水入らずでゆっくり話をしよう」

「それは………彼女に関して、ということで宜しいですか?」



 相変わらず察しがいい。

 その実力から剣に特化していると思われがちだが、アルバートは頭も切れる男だ。

 話していると一から十までを話す間もなく理解し、その先の予測を立てているのがわかる。


 私はアルバートからの問に敢えて肯定も否定もせず、ただ笑みを浮かべた。


 さぁ、どう出るかな?

 お前のことだから私の言いたいことはわかっているんだろう?


 とはいえ、単純になかなか会うことが出来ない可愛い弟と語らいたいというのは本音でもあるからね。

 嘘を言ってはいないんだよ。


「………でしたら、兄上と話をする場に父上と母上にも同席していただくことは可能でしょうか?」

「父上と母上を? 何故?」

「いずれ、お話しようと思っていたことがあります」

「ほう…」


 そう返ってくるとは思わなかったな。


 アルバートのことだから、仮に聖女様に想いを寄せていたとして、自分の立場と相手の立場を考えた先にクライス家の立ち位置に影響することは予測できているだろう。

 だから恐らく領主である私には話が出てくると踏んでいたが、父上と母上にも、となると私が思っているよりもアルバートは先を見ているのかもしれない。


 領主としては少し面倒な所でも、兄としては何ら問題はないけれどね。


「わかった、父上達には私から連絡しておこう」

「ありがとうございます」

「アルバート、私達はいつだってお前の味方だ」

「兄上…」

「困った事があればすぐに言いなさい」

「…はい。ありがとうございます」


 席を立ち、アルバートの隣に並んで軽く背中を叩く。


 あんなに小さかった弟が随分大きくなったものだ。

 背格好はすぐに追いついていたし、立ち居振る舞いについてもそうだった。


 だが、内面の変化でこんなにも変わるものなのだな。

 本人が一番実感していることだろうが、それを良い方向へと導いてくれたユーカ様に感謝しつつ、今後の二人の関係が良いものであるようにと期待してしまう。

 それくらい、私は弟に幸せになってほしいと願っているのだから。




 私は弟の成長を感慨深く感じながら、先の予定について考えるのだった。

読んで下さってありがとうございます!

クライス家の皆は頼まなくても協力してくれそうな雰囲気ですね。佑花、頑張れ…(色んな意味で)

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