星空
まだ一日目が終わりませんでした。
無事にご挨拶を終えて案内されたのは客間とは思えない広さの客間。
こんなに広い部屋を一人でどう使えばいいのかわからないくらい広い。
内装は落ち着いていて、やっぱりアンティーク調の物が多くあるから街並みに合わせてあるのかもしれない。
荷物を置いて少し休憩して、クライス家の皆さんとディナーをご一緒し、用意してきてお土産を使用人さんに渡して食後のデザートとして出してもらった。
食事のマナーはね、クライス領に行くことになった時点でラミィから絶対練習しておいた方がいいって言われてたんだけど、頑張って身につけてよかったって本気で思う。
多少ぎこちない所はあるかもしれないけど、失敗という失敗はなかったはず。
あ、デザートにはプリンを出してもらったの。
アルバート様がお好きだしね。
密閉できる袋と核があれば冷蔵状態で持ち運べるから便利!
プリンは滑らかなゼラチンプリンと、私の好きな固めプリンの二種類。
好みはそれぞれ分かれたみたいだけど、どっちも皆さん美味しいって喜んでもらえたからよかった。
シェナード様の子ども達なんておかわりを強請ってくれてたしね。
プリンはもう無かったから、代わりにクッキーを出してあげたよ。
早く魔法付与問題が解決されればクライス家だけじゃなくてもっとお菓子を広められるのになぁ…
なんて、今日あったことを思い出しながらお風呂を済ませてパジャマ代わりのネグリジェに袖を通す。
今日は移動だけだったけど、ずっと馬車に揺られていたから随分と身体が固まってしまっていたらしい。
少しストレッチしてから寝ようかなとソファに向かうと、外からノックの音が聞こえてきた。
もうファーラもルミナも部屋で休んでもらってるはずだけど、何かあったのかな?
どうぞと返事をすると、開いた扉から顔を覗かせたのは私服に着替えたアルバート様だった。
「夜分遅くにすまない。もう寝る所だったかな?」
「ううん、大丈夫だよ。どうしたの?」
「ユーカ殿に見せたいものがあってきたんだが…」
「見せたいもの?」
「ああ。……その前に、髪がまだ濡れている」
そう言って私の肩に掛かっているタオルで髪を拭き始めるアルバート様。
その手は優しくて気持ちいいんだけど、向かい合わせの状態で髪を拭かれてるから目の前にアルバート様の鍛えられた身体があって、距離が近くて、抱き締められているような気になっちゃって落ち着かない。
ああもう、今日だけで何回アルバート様にドキドキしてるんだろう。
「…こんなものかな。ユーカ殿の髪は美しいな」
「昔から髪はサラサラなんだよ」
「そうなのか。指通りが良くて心地良い」
優しくて梳くように髪を撫でられると、ドキドキするのに安心する。
サラサラすぎて時々上手く纏まらないし、パーマもすぐ落ちるからイメチェンも出来ない髪だけど、この時ばかりはこの髪に感謝した。
「そういえば見せたいものって?」
「そうそう。こんな時間だが少し出られるか?」
「うん。外に行くの?」
「ああ」
こんな所でまでエスコートしなくてもとは思うけど、意外と強引なアルバート様は私がエスコートを拒否すると代わりに手を繋いで歩こうとするからなぁ…
人前でそれをされた時にエスコートの方がまだ恥ずかしくないとわかり、それ以来応じるようにしていたりする。
いつものように腕に手をかけ、歩き出す。
アルバート様はいつだって歩調を合わせて歩きやすいようにリードしてくれるから、エスコート自体に不満は全くない。
「こちらに」
そうやってしばらく歩き、庭園に出て更に奥に進む。
入口で見た花畑を抜けて少し行くと、ひっそりとした小さな広場のような場所に出た。
「上を見てご覧」
「上…?」
何も無い広場の真ん中で立ち止まったアルバート様に言われて顔を上げてみる。
と、そこには一面に瞬く星達がどこまでも広がっていた。
「わぁ…! すごい…!」
「綺麗だろう? ここが一番よく見えるんだ」
こんなに綺麗な星空は王都からでも見たことがない。
私が星空に感動していると、そっと肩に何か掛けられた。
隣のアルバート様が上着を脱いでいることから、彼の上着だろうと察しがつく。
夜風は少し冷たいからと笑うアルバート様の温もりが服を通して伝わってきて、何だか逆に暑くなった気がするけど、私はお礼だけを口にしてそのまま借りることにした。
「それにしてもすごいね…」
「ここは硝子細工が主流だと言っただろう?」
「うん」
「純度の高い硝子というのは、空気の澄んだ所にしか出来ないんだ」
「そうなの?」
「ああ。だからここに住む人々は自然を大切にし、必要以上の開拓をして空気が淀むことのないように皆が気をつけてくれている」
「そうやって守られているんだね…」
「星も同じだ。空気が澄んでいる土地ほど美しく瞬く」
「そうだね」
隣で空を見上げる横顔が少し誇らしげに見えて、アルバート様がこのクライス領を大事に思っていることが伝わってくる。
剣以外に興味がなくてずっと剣の稽古をしていたというけれど、それでもこうやって星が綺麗に見える場所を探し、領の人達への感謝を忘れない。
アルバート様は自分が気づいていないだけで、他のことに全く関心がなかった訳じゃないと思うんだよね。
ただ、比率が格段に違ったから興味ないのと同じ扱いになっちゃっただけで。
これだけ大切に思っているのに、何だか勿体ないなぁ。
「…今日は長時間の移動に慣れない晩餐会で疲れているだろうから、声を掛けるのはやめようと思ったんだ」
「ん? うん」
星空から目を離さないままアルバート様は続ける。
私も同じように満天の星空を目に焼き付けながら続きを促した。
「だが、一人でここに出てこの星空を見上げたら無性にユーカ殿の顔が見たくなった。この星空を共に見たいと、衝動的に部屋を訪ねてしまっていた」
「アルバート様…」
「滞在する間、いつでも見せられるのにな」
そう笑うアルバート様は申し訳なさそうに眉を下げていて、こんなに綺麗な星空を早く見せたいと思ってくれたのにそんな顔をさせているのが心苦しい。
私は嬉しかったのに。
そんなに気にしなくて大丈夫なのに。
「…さて、そろそろ戻ろうか」
「…ねぇ、アルバート様」
「ん? どうした?」
「私、毎晩ここに来て星を見てもいいかな?」
「え?」
「こんなに綺麗な星空はなかなか見れないから、こっちにいる間にいっぱい見ておきたいの」
私の突然の発言に目を瞬かせて居るアルバート様。
でも言葉の意図に気付いたようで、困ったように、けれど嬉しそうに笑ってくれた。
「それなら私にエスコートさせてもらえるかな?」
「毎晩だよ?」
「勿論」
「それじゃあ、是非。それに私はすぐ迷うからアルバート様がいないと出歩けないわ」
「そうだったね」
顔を合わせて二人で笑い合う。
それから少しの間、私達はお互いに何も話さずただ空を見上げていた。
「ユーカ殿、ありがとう」
「何が?」
「たくさんあるけれど、一番は私と出逢ってくれて、かな」
突然、右手が温かいものに包まれて横を見る。
視線を自分の手に落とすと、それはアルバート様の大きな左手にしっかりと握られていた。
再びアルバート様に視線を戻せば、少し照れたような表情でお礼を言われて戸惑う。
だって、感謝するなら私の方なんだもの。
アルバート様は私の恩人で、たくさん優しくしてくれて、色々教えてくれて、私なんかを好きって言ってくれて………そして、恋を教えてくれた人。
まだ返事ができる程自分の中で纏まってないけど、それでもアルバート様が好きだという気持ちだけは本物だと自信を持って言える。
最初はイケメンだからとか、男性とこんなに距離が近い事がないからドキドキしてたんだと思ってた。
告白されてからも、それがきっかけで意識してる、所謂吊り橋効果なのかと思ってた。
でもどれだけ考えてもやっぱりそれだけじゃなくて。
いっぱいいっぱい考えた結果、これが恋なんだって知った。
「…私の方こそ、出逢ってくれてありがとうだよ」
何で喚ばれたのが私なんだとか、いつ帰れるようになるのかとか、いっぱいいっぱい思ったけど、それでもこの国に喚ばれなかったらアルバート様と出逢うことはなかった。
それを今は純粋に感謝できる。
私は自分が思っていたより楽観的で薄情なのかもしれない。
でも、今は素直にお互い巡り会えたことに感謝しよう。
一方的に握られた手をぎゅっと握り返し、私はもう一度天を仰いだ。
読んで下さってありがとうございます!
佑花はいつ返事するんでしょうね?両想いなのにもだもだするとか、それまでクールだった人が周りが引くほど溺愛するって展開が好きなので完全に趣味に走ってます(笑)
本当は両片想いが一番好きなんですが、思ったよりアルバートがストレートにいきすぎて無理でした。




