起因
ディガー視点です。
もう少しアルバートsideの話が続きます。
「は?」
今この男は何と言った?
到底言わないようなことが聞こえてきた気がするが。
場所は騎士団の宿舎。
アルバートと私は同じ部屋なので、コイツが部屋に居ること自体は何の問題もない。
時間はお互い夜番勤務を終え、朝食を済ませて少し仮眠した後なのでもう昼過ぎだろうな。
起きた時にはアルバートは居なかったが、先程戻ってきて少し話をしていたのだが。
「だから、しばらく休暇を取ると言ったんだ」
「お前が休暇を取るなんて何年振りかわからんが……そうではなく、理由の方だ」
「ユーカ殿を領地に招くから案内がてら家に顔を出すつもりだと言っただけだが」
「だけ、ってお前…」
私は定期的に休暇を取って領地へ戻ったりしているが、アルバートが休暇を取ることは稀にしかない。
それも、どうしてもの用事で領地から招集が掛かった場合のみで最小限の日数だったはずだ。
クライス領への移動は半日足らずで済むため、直近の休暇は確か二日で戻ってきた。
因みに、直近とはいえ五年は前の話だ。
そんなアルバートが「しばらく」と言うこと自体が驚きだというのに、その理由がまさか聖女様とは。
友人として懇意にしていることは知っていたが、連れ立って旅行に行く程の仲とは思っていなかった。
「兄上がどうしても領地に招きたいらしくてな」
「ああ、シェナード様は聖女様とお会いしたのだったな」
その話は以前にアルバートから聞いていた。
シェナード様は、アルバートが興味を持った女性ということで気にされていたようだ。
加えて、聖女様が店を出すために必要な硝子素材の物を注文しているそうだから直接話をしたいという部分もあるのだろう。
大半はアルバートを弄りたいだけの気がするが。
「それで何故お前が?」
「初めて王都の外に出るのに一人は心細いだろう」
「それはそうだろうが…」
一人といっても侍女が着いていくはずだし、シェナード様のお誘いならば領地に着けば彼が案内役を買って出ることだろう。
確かに護衛を兼務できるアルバートが同行すれば道中の心配も要らない上、領主様自ら出ずとも案内も任せられるし連絡も円滑になることから適任なのは間違いない。
だが、これまでのアルバートだったら女性に対してここまでしただろうか。
女性の友人が初めてだから線引きがわからない所はあるかもしれないが、最近のコイツの言動はまるで恋仲の相手にするものに見える。
本人達に自覚はなさそうだが。
「お前は随分聖女様に甘いんだな」
「そうか?………いや、そうかもしれないな」
「お? 自覚があったのか?」
「いや、数日前にふと思っただけだ」
てっきりそんなことはないと一蹴されると思っていたから意外な返答だった。
歯切れが悪いアルバートにどうしたのかと問いかけると、珍しく「少し長くなるが」と前置きをして自分の話をし始める。
アルバートという男は、興味のない対象に干渉されることを厭う。
だからこそ躱すのが上手いのだろうが。
故に、アルバートの方から自分の話をすることは滅多にない。
こちらが聞いた事には必要な範囲で答えてはくれるが、それだけだ。
それだけ、だった。
「私が彼女に興味を持った理由は再会した時に見せた彼女の反応が新鮮だったからだ」
再会と言うと、聖女様が騎士団へくっきーの差し入れをしに来た時のことだろうか。
あの時は武器屋に手入れを頼んでいた剣を取りに行くと休憩中に外に出ていたアルバートが聖女様を連れて戻ってきたから何があったのかと思ったが、その帰りに偶然会って少し話をしていたら目的地が騎士団だったからそのまま連れてきたらしい。
まぁ、聖女様の反応が新鮮だと思う気持ちはわからなくもないけどな。
彼女の国とこの国での文化の違いなのだろうがエスコート一つで初心な反応をする女性はこの国には居ないし、貴族は位の上の者にしか頭を下げることは無いものだが聖女様は侍女相手にも対等であろうとすると聞く。
アルバートの周りなんて特に容姿や家柄目当ての華やかで高慢な女性が多かったから、それはさぞ異色に映ったものだろう。
「彼女に対する興味が色濃くなったのはツァーリ殿と騎士団に来た時だな。一人置いていかれてしまったユーカ殿を送ると申し出たことに他意はなかったが、道中話をしていてニホンという国のことも少し気になった」
それは初めて口にした甘味が美味しかったことも関係しているんだろうけれどと笑うアルバート。
ニホンは聖女様の生まれ故郷だというが、そもそも食にも興味がないお前が食べ物に由来して興味を持つこと自体、大きな変化だぞ。
「異国の文化など気にしたこともなかったのにな、話を聞いているとこちらとの違いが多くて案外面白いものだったよ」
「…それだけの理由じゃない気がするがな」
「どういうことだ?」
「いや、後で話す。続けてくれ」
「それから…そうだな、あれは魔法付与の効果を試すためにユーカ殿の調理場へ行っていた帰り道。彼女の侍女が慌てている所に遭遇したことがあっただろう?」
「ああ、そんなこともあったな」
連れ立って王宮の出口まで来た所で侍女長が周りの侍女に慌てて指示を出している姿が目に入った。
その侍女長は私達の姿を認めると血相を変えていたから、恐らく聖女様をお迎えに行く時間だったのだろう。
しかし、他の侍女からの報告や指示をしている間にどんどん時間は過ぎていく。
それを察した私達は何かあったのかと声を掛けたのだが、どうやら侍女の間で体調不良の者が出てしまい自分もそちらの補佐に回らなければならなくなってしまったので、代わりに聖女様のお迎えに行ける者を探しているとのこと。
それを聞いたアルバートが、自分が行くと名乗り出て事なきを得たんだったな。
私や他の騎士達はその発言に驚いたものだが、聖女様からしてみれば慣れない騎士より気が楽なのだろうなとその時は深く考えなかった。
その日は聖女様を送ってきただけにしては帰りが遅かったから何処かで訓練でもしていたのかと思ったら、聖女様とお茶をしていたのだと今になって聞かされるとは。
「その時、彼女の素の姿を見たんだ」
「素の姿?」
「ああ。明るく気丈に振舞ってはいたが、やはり慣れない土地の慣れない慣習に苦労していたようだ」
「まぁ、それはそうだろうな…」
召喚なんて、無理やり連れて来られたようなものだ。
帰る術がない以上、生き方もわからない見知らぬ地で暮らすことを強要されたら従う他ない。
「女性に泣かれてしまうことは何度もあったが、その涙が綺麗だと思ったのは初めてだったな」
「お前よく誘い断って泣かれてるからな…………って、待て。聖女様を泣かせたのか…!?」
「泣かせた………と言うのか…? 頭を撫でただけなんだが…」
「は!? お前が!?」
「ディガー、うるさい」
「あ、すまん」
予想外の出来事が乱立しすぎて冷静さを失い、つい立ち上がって大声を出してしまった。
いや、でも仕方ないだろう、これは。
女性の誘いを断る度に相手に泣かれ、いつも困ったように謝って、いい加減うんざりだと嘆いていたアルバートが。
それに、あのアルバートが聖女様の頭を撫でるってどんな状況だ?
それで彼女が泣いたのだと言うから余計にわからない。
人の温もりに飢えていたのか?
理解が追いつかず詳しく聞いてみると、更に予想外の発言を連発していて本当に同一人物なのかと耳を疑った。
他人に興味のないこの男が聖女様を気にかけるのは、召喚された聖女様が初めて出逢った相手であり、身寄りも何も無いとわかっているからだろう。
興味はないが、基本的には親切で気が回る男なのでそこは特に疑問はない。
断られるとわかっていても期待して誘いをかけてくるご令嬢方は、その優しさに勘違いしているだけなのだ。
アルバートが女性からの誘いを一度も受けたことがない理由は、興味がないことも宛ら、一人の誘いを受けるとそこから噂が広まり、面倒なことになるのがわかっているから。
だと言うのに、何故か聖女様とはよく二人で居る姿を目撃されている。
その上、友人になろうだの、自分を頼れだの、普段のアルバートだったら面倒事を嫌がって絶対に言わないはずだ。
それ程までにこの男の中で聖女様の存在が大きくなっているというのに、何故進展がないのか不思議でならない。
聞けば聞くほどこちらの方がむず痒くなってきて、私は気付かれないように小さく息を吐き出した。
読んで下さってありがとうございます!
ディガーが一番仲が良いので、多分ディガーが知らないアルバートのことは誰もわからないと思います。




