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変化

アルバート視点です。

 日課となりつつあるユーカ殿の剣の稽古は、意外にも彼女の飲み込みが早くそれなりに順調に進んでいる。


 とはいえ、通常の剣でないため重さが違うので筋力や耐久力を考えたらまだまだなのだろうが、彼女は前衛で戦う訳ではないからそこまでする必要もないと考え、基本の型を教えていた。

 彼女の水の剣は不思議なもので、対峙して打ち合いをすると剣同士のはずなのに魔法攻撃をされているかのような感覚があり、攻撃を流すと魔法攻撃を弾き返した時のような感覚がある。


 そもそもが魔法の剣などと考え、生み出す魔道士なんていなかったからな。

 未知の感覚に、私の方も訓練させてもらっているようだ。




 この日もいつも通り素振りから始まり、上段、中段、下段からの攻撃の繰り出し方や相手の攻撃の受け流し方を教えていた。


 前衛に出ないとはいえ、急な来襲に備えて護身程度には剣を使えないといけない。

 敵の攻撃を受け流すだけでは相手に隙が出来ず、魔法攻撃に持ち込むことも難しいだろう。

 そのため私は敢えて攻撃の基本も指導していた。


 水の剣自体の威力は軽い。

 私も片手で軽く受けられる程度だ。

 だがそれでは敵に通用しないことから、剣に込める魔力を三倍程度にして訓練をすることにした。

 その威力ならば、私でも受け止めるのが重い一撃になるのでいい訓練になって有難い。


 ユーカ殿にとっては三倍のMP消費がどう影響するものかと思っていたが、彼女のMP最大値が異常故に大した消費ではなかったらしい。

 逆に素振りで失われるHPの方が深刻だと息を切らせていた。



 その時に初めて見せてもらった彼女のステータスは、確かにとにかく異常だった。



 まずLvがおかしい。

 聞くと、初期はLv 30だったそうだが、一月強でLv 61というのは上がり方が異常だろう。

 騎士団でもLv 45前後が多いというのに。



 そして皆が言うMPが異常というのも理解した。


 ツァーリ殿以外はユーカ殿が召喚された当時、陛下への謁見の際に鑑定鏡で見ただけのようだが、その時点で口を揃えておかしいと言っていたのを思い出す。


 その時のMP量は知らないが、Lv 61である今のMPは10000を越している。

 私は騎士としてはMP値が高い方だが、それでも1500程度。

 魔道士でも3000ある者の方が少ないと聞くが、ユーカ殿はその三倍だというのだから「いつもツァーリ様が貴女は本当におかしな方ですねって呆れた顔で言ってくるの」と頬を膨らませていた彼女を庇うことも出来ない。

 確かにおかしい。



 加えてスキルだ。


 四つも持っていることが異常な上、属性魔法無効に状態異常無効など、戦闘において魔道士は相手にならないと言っているようなもの。

 迎撃スキルを持っている者に心当たりがないためこのスキルについては不明だが、名称からして戦闘向けのものだろう。


 それはツァーリ殿も呆れた顔をされる訳だ。



 これだけMPもあれば、以前見学した際の水の剣の威力も頷ける。

 まだその多すぎるMPに自身が対応しておらず、扱えるMPは半分程度なのだそうだが、それでもこの国の魔道士の遥か上なのだから末恐ろしいな。



 しかし、それだけのステータスを持っていれば吹聴して回るのも吝かではないだろうに、彼女は逆に見せたがらない。

 今回は私が剣の指南役として就いているから指導のために見せてくれたようだが、これがただの友人であったならきっと彼女は見せなかったと思う。


 そういった面もまたこの国の人間にはない反応で、彼女を知る度に興味が湧くのだから面白い。


 ツァーリ殿が彼女を「本当におかしな方」と称するのであれば、私は「本当に飽きない方」だと称するのだろう。





 そんな彼女は今私の向かいに腰を下ろし、新作だといういちごむーすを口に運んでいる。



「ディガーの予定?」

「うん。お話出来そうな時間あるかなって」


 むーすとは滑らかなのに艶やかで、何とも不思議な食感だと舌の上で楽しんでいると、不意にユーカ殿が口を開いた。


 こうしてお茶の席を共にしながら言葉を交わすことは多くあるが、同僚の話を振られのは初めてだな。

 何か用事でもあるのだろうか。


 ディガーなら今日は遅番勤務だったはずだから、そろそろ終わる頃だと思うが…

 もう随分と夜も深まっていて女性が出歩くには危ない時間だが、急ぎであれば私が送っていけば問題ないな。


「急ぎかな?」

「あ、ううん! この間アルバート様にお願いしたような用件だから急がないよ」

「私に……? というと、お店の話かな?」

「そうなの。アルター様のご領地は紙の産地だって聞いて」

「確かにアルター領は紙材の有数産地だね。でも紙を何に使うんだ?」

「ケーキを持って帰るための箱を作れないかなって」

「箱?」


 確かに持ち帰るには何か入れ物が必要だが、それが紙で作れるということなのか?

 この国でそんな物を見たことがないから上手く想像が出来ない。


 私が理解出来ていないのがわかったユーカ殿は、近くにあった紙を手元に引き寄せると何やらそれを折り始めた。

 やがてそれは小さな箱になり、その中に先程食べていたむーすのカップを入れ、もう一枚の紙で折った箱を逆さにして蓋をする。


 なるほど、これなら手を汚すことも埃が入ることもなく持ち帰れるということか。


 納得した私を見て「これは本当に簡単なややつだけどね」と、再び蓋を開けて食べかけのむーすを取り出した。


「もう少し厚手の紙でこんな感じの箱を作ってもらえないか相談したくてね」

「そういうことなら戻ったら私から聞いてみようか?」

「え? いいの?」

「ああ。戻ればどうしたって顔を合わせるからな」


 おどけてみせればユーカ殿は笑い、それなら軽く耳に挟んでおいてもらえると助かると頭を下げてきた。

 後日自分でもお願いに行くというのでその際は私が迎えに来ようと言うと、ユーカ殿は悪いからと遠慮しようとする。


 これまでもよくあったやり取りではあるが、ユーカ殿は故郷の慣習なのか遠慮し過ぎる節があるようだ。

 加えて律儀なために彼女は頭を下げることを厭わず、御礼を大事にする。


 この国では女性の送迎など男性として当然の話で、そこに遠慮というものが存在することすらない。

 しかし、ニホンでは違うのだろうな。

 ユーカ殿を見ていると本当に違う世界で暮らしてきたのだと改めて思うよ。





「そうだ、兄上からユーカ殿に伝言を預かっているよ」

「シェナード様から?」


 ふと思い出した私は兄上からの文を取り出して読み上げる。

 兄上とは頻回に文を交わしており、がらすけーすの話があった時にユーカ殿の依頼を添えて文を出していたのだが、予想外の早さで返事が届いていて私が驚いてしまった。


 兄上からの文の内容は要約すると、がらすけーすはすぐに製作に取り掛かるということ、一度領地の方へも遊びに来てほしいというものだった。

 領地への誘いは本気だったのか。




「ーアルバートをよろしく、と。以上だよ」

「シェナード様、めちゃくちゃ仕事が早いね!?」

「兄上はあの歳ですでに領地を継いで立派に経営しているからね」

「さすがアルバート様のお兄さん……!」


 それはどういう意味なのかな?

 私を過大評価しているように聞こえるが、私はあくまで多少剣の腕が立つというだけだからね。

 兄上のように上手い立ち回りは出来ないし、比較できるような人間ではないのだけれど。


 自分を卑下するつもりはないし、比べる必要もないが、兄上を尊敬しているからこそなのかもしれないな。

 だが、そんな兄上に恥じない男で在りたいとはずっと思っているので自身を評価してもらえるのは有難くもある。



「ねぇ、クライス領ってどんな所なの?」

「兄上の誘いのことなら気にしなくていいからな?」

「ううん、私も王都の外に一回行ってみたいと思ってたから、それなら最初はクライス領がいいなって」


 行っていいかは宰相様の許可を取らないといけないんだろうけどね。

 そう笑う彼女に、それなら私が案内しようかと口をついて出た言葉は無意識のものだった。


「それは嬉しいけど、アルバート様忙しいでしょ?」

「休みくらい取れるよ。それに私も久しく家に顔を見せていないからね」


 自分で自分の発言に驚いたが、撤回する必要もないのでそのまま話を続けることにする。


 それに、自分の育った美しい街並みを彼女に見せたらどんな反応が返ってくるのか。

 有数の硝子細工で知られるクライス領は至る所に細工が施され、光の反射で色も変わり、人々の目を楽しませている。

 それは彼女にどう映るのだろうか。



 さて、宰相閣下の許可が得られたら私も休暇の申請をしなくてはいけないな。

 滅多に休暇を取らない私が申請する上、理由を知れば騒ぎになる可能性も否めないが…


 …まぁ、いいか。

読んで下さってありがとうございます!

ようやく少し進展しそうな感じがしてきました(笑)

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