判断
ツァーリ視点です。
第二騎士団から討伐同行の依頼が来た時、本来私がそこに参加する予定はありませんでした。
我が魔道士団は討伐に出る者と研究を主とする者に分かれます。
私はその中でも研究を主とする分類ですので、基本的に討伐には出ないのです。
団長は討伐隊の分類ですから、大抵は団長が討伐に同行して私が残るという形なのですけれどね。
さすがに団長、副団長が揃って不在になる訳にはまいりませんので。
ですので、当初は平素の通り団長が討伐に出る予定だったのです。
何故予定が変わり私が討伐に出ることになったかと言いますと、それは出発の三日前に遡ります。
「ユークレスト、急な話で悪いんだが次の討伐に私の代わりに出てもらえないか?」
「嫌ですよ」
「即答か」
「討伐はマティアスの仕事でしょう」
「そうなんだが、これは宰相閣下からの指示でもあるんだ」
「宰相閣下の? どういうことです?」
急に呼び出されたかと思えばマティアスは私に討伐に出るよう依頼してきました。
私としましては、討伐に出ますと少なくとも数日は戻れませんのでその間聖女様の様子が見られなくなることが問題なだけで、別段討伐に不安があるという訳ではありません。
これでも何度も討伐への参加経験はありますし、マティアスには敵いませんがその辺の討伐隊の魔道士達には負けていないつもりですので。
因みにマティアスは私と同期で付き合いも長いので互いに名で呼び合いますが、何故かそれは他者のいない時に限定されており、常は「ミライズ団長」「ツァーリ副団長」と呼称していますね。
威厳の問題でしたか………?
昔、マティアスが言い出したはずですが記憶にありませんね。
きっとどうでも良い理由だったのでしょう。
話を戻しましょう。
宰相閣下からの指示とはどういうことなのか問い質しますと、いずれは聖女様に討伐に参加していただく必要があるということ、聖女様の指導を私が行っていることから討伐の現状を私が体感し、どの程度から参加出来そうか判断するようにとの事のようでした。
確かに私は暫く討伐には参加しておりませんでしたので、私が判断するのであれば私が参加して確認するのは至極真っ当な理由。
故に断ることも出来ずお受けしたわけです。
宰相閣下からの指示の時点でお断りの選択肢もありませんけれど。
それに、ここで受けなければ聖女様への魔法の指導が私から別の者に代わる可能性もありましたからね。
聖女様を危険な目に遭わせるわけにはいけませんから、参加のタイミングを誤れば国を挙げての問題となりかねません。
ですが、その責任よりも私は一番近くで彼女の魔法を見ていたいのです。
この国の魔道士とは違う、どこか温かくて優しい魔力を持つ彼女が生み出す魔法を。
ですから、私が今後とも聖女様の指導役であるためには此度の討伐に参加する他なかったということです。
討伐自体は大したものではありませんでした。
場所も王都近隣の森の一部で、過去に何度も討伐に来ておりますが、主格の魔物もおらずこれまでも苦労した記憶のない場所ですね。
とはいえ、稀に居着く魔物が変化していることもありますし油断は禁物です。
警戒は怠らず騎士団と協力して討伐に当たり、予定通りの日程で無事王都に戻ることとなりました。
聖女様の参加については、Lvとしては問題ありませんがもう少し魔法の扱いが安定してからになるでしょうか。
魔法の剣という異例の武器を生み出した彼女ですが、剣技の知識はないためまだクライス殿の指南を受けている最中です。
それを武器とするには些か不安が残ります。
とはいえ威力はすでに確認しており、彼女が現時点で扱える魔力をもってしてもやろうと思えば森を壊滅させるくらいは簡単なことでしょう。
ですから尚更まだ討伐に参加させる訳にはいかないのです。
もしも扱いきれない彼女の魔力が暴発した時、どれ程甚大な被害が出るかは想像もできません。
我が国随一の防御魔法を持つと謳われた私の最大の光の壁でさえ、彼女の前では紙切れ同然なのですから守って差し上げることすら適わないのです。
そんなことになっては周囲だけでなく聖女様ご本人も傷ついてしまいますからね。
それでは何の意味もありません。
ですが、暴発が起こらないよう集中力を培うためにも魔物が弱い場所から参加して経験を積んでいただく必要はあるでしょう。
そのためには剣以外の攻撃魔法と防御魔法を覚えていただかなくてはなりません。
魔道士はあくまで後方支援ですから、例え剣が上達したとしても下手に前線に出れば危険なだけでなく騎士達の足を引っ張ってしまいますので。
そうなると、どの程度で参加に至るべきか考えなくてはなりませんね。
一番暴発しやすいのは闇属性魔法ですので、最低限『ダークウォール』と『シャドウランス』は扱えるようになっていただかなくては。
いえ、扱いだけを考えるのなら闇の剣でも良いかもしれません。
あの魔法は剣の形を維持しつつ振るわなければならないので魔力の扱い方に慣れるには適しているように思います。
何にしても、討伐に出ていたこの数日の様子を聞いてから考えることにしましょうか。
私は不在の間特に指示を出しておりませんから、彼女がどこまで自主的に練習をしているかもわかりませんしね。
そのため私は討伐から戻り、マティアスに帰還報告を入れたその足で聖女様の元へと向かいました。
彼女のことですから、きっと調理場の方にいるのだろうと察しをつけて行ってみると、彼女付きの侍女が扉の前に居りましたので私の推測は当たっていたようです。
私の顔を見て驚いている彼女は、どうやら以前私が好んでいると話したちーずけーきを作って差し入れて下さる予定だったとのこと。
色々と規格外でおかしな方ですが、本当に優しい娘ですね。
それはお茶をしながら戴くことになり、私はまずこの数日のことを聞きました。
クライス殿の剣の指導は継続出来ているようで、水の剣で行っているとのことなので水魔法の扱いは安定していると考えて良いでしょう。
この分なら水の攻撃魔法と防御魔法はすぐにでも取り掛かれそうですね。
でしたら、まずは水魔法から……
そう思っていた所にとんでもない言葉が飛び込んできたのです。
「光の剣と闇の剣も安定して出せるようになりました」
「光の剣と闇の剣…!?」
どういうことなのでしょうか。
私は彼女の水の剣しか見たことはありません。
もしかすると水の剣と並行して光と闇も自主的に訓練していたのかもしれませんが、いくら『ライト』と『ダーク』が安定したからといってそんなに短時間で剣まで安定させられるものなのか……
全く、本当におかしな方です。
他には何かあったのかと問うてみると、侍女達の勧めで宰相閣下の許可を得て王宮内の者に限定して彼女の作る魔法付与の為された甘味を販売することになったのだとか。
確かに私の周りでもあの甘味は大変人気でしたからね。
購入してでも食したいという者は多いでしょう。
そうなれば私もいつでもちーずけーきを楽しめるというのは有難いものです。
今日初めて戴いたこのすふれちーずけーきとれあちーずけーきもまた違って大変美味でした。
これだけ種類があるとその時の気分で選べて楽しいかもしれません。
お土産に各種類包んで下さるとのことですので、そちらは戻ってゆっくり戴きながら新しい甘味の方は効果も確認しなくてはなりませんね。
そうして甘味の話をしている聖女様は嬉しそうにされていて、こちらの都合で喚ばれてしまった彼女に少しでも楽しみを見出せていただけていたのなら良かったと少し安堵を覚えました。
元いた国での生活を失い、何も知らない地でどれだけ不安だったことでしょう。
こちらにいらした直後は、時折お見掛けした際に小さく俯いていることもありました。
ですが近頃は楽しそうにされている姿をよくお見掛けしますので、喚んだ術者の一人として少しでも心穏やかに過ごせていただけたらと願うのみです。
近年魔物の勢いが増しているといっても対処しきれぬ程ではありません。
今後聖女様の御力をお借りしなくてはならない局面も出てくるでしょう。
ただ、それまでは、
「ツァーリ様!」
この優しい娘に余計な負荷がかかりませんよう。
国王陛下や宰相閣下の手前、近々討伐には出てもらわなくてはならないのは間違いありません。
そのことで彼女が焦ってしまわぬよう、自責の念を感じてしまわぬよう支えて差し上げること。
それが私にできる彼女へのせめてもの償い。
彼女と接し、人柄を知る度にその念は強くなりました。
加えて言うならば、近頃はクライス殿と懇意にされているようですので、そちらでも支えになっていただけることを期待しておりますよ。
読んで下さってありがとうございます!
そして地味に50話目でした!拙い話にお付き合いいただき、本当にありがとうございます…!
ツァーリは割と自由な人ですが、思う所はあったようです。




