硝子
ようやく市井デート(仮)です。
それからも何人かに声を掛けられながらようやく市井へ辿り着いた。
市井は相変わらずの賑やかさで、立ち並ぶ露店からは客寄せの声がひっきりなしに飛び交っていた。
今日は私達の服装のせいか、ここに来るまでいつもより声をかけられる頻度が高かった気がする。
けれど、貴族が中心である市街を抜けてしまえばそんなこともほとんどない。
それでも服装は目立つようでチラチラと通りすがりに見られはするけど、わざわざ話し掛けてきたりすることはないからあまり気にならない。
それは隣にアルバート様がいてくれることも大きいけれど。
「さて、まずは何を見る?」
市井の中でも一番メインの大きな通りに出て、アルバート様が聞いてくる。
メイン通りには主に服や雑貨があって、その奥に食料や花というように別れているらしい。
もう一本通りをズレると、満遍なく色んなお店があるみたいなんだけど。
そっちも時間があったら行ってみたいとは思っている。
で、どこから回るかだっけ。
食材は最後に見れればいいし、まずは服が見たいな。
市井の方が私が好きそうな服がありそうって聞いてから、ゆっくり見てみたいと思ってたんだ。
…それに男性を付き合わせるのは申し訳ないけど。
だってほら、私は基本的に優柔不断なところがあるからきっと悩んじゃう。
製菓に関しては割とすぐ決断出来るのになぁ。
「少し服を見てもいい?」
「勿論」
「時間かかっちゃうかもしれないけど…」
「構わないよ。ゆっくり選ぶといい」
にっこり笑って歩き出すアルバート様にエスコートされるがままの私。
ほんっと紳士だな、この人!
というか、私の買い物に付き合ってて楽しいのかな…
日本でもよく女の子の買い物に付き合わされるの嫌だって言う男の子は多いじゃない?
紳士教育されてると気にならないものなの?
軽く受け入れてもらえるのはこの国の男性だからなのか、アルバート様だからなのかわからないけど、遠慮しても結局レディーファーストされちゃうのがわかってるからお言葉に甘えることにした。
市井に売られていた服は平民の服がメインだけど、たまにドレスも売られていたり、髪飾りやネックレスみたいな小物もあったりして見るだけでとても楽しい。
私は王宮で生活させてもらっているから、あまりあからさまに平民って服を着るのはまずいと思うんだけど、どのくらいなら問題ないのかな?
シンプルなドレスにしておいた方が無難だとわかってる上でちょっと気になっている服を手に取ってみる。
これ可愛いんだけどなぁ……お部屋だけならともかく、さすがに王宮内にいたら変だよね…
でもこれが一番可愛いから悩む…
サイズも大丈夫そうだし買おうかなぁ…
買っても着なかったら意味ないよねぇ…
うーん、どうしようか……
案の定悩み始めた私を一歩下がった所で見ていたアルバート様が、不意に横に並んだ。
待ってるの飽きちゃったかな…やっぱり付き合わせるのは悪かったかも。
それならこれは諦めて他のお店行こうかな。
そう思い、待たせてごめんと謝ろうとすると、アルバート様は私が持っていた服を広げて私に当てる。
「…うん、似合うね」
「あ、ありがとう。でもこれで王宮内はどうかなって思って悩んでたの…」
「なるほど。それならこれはまた市井に遊びに行く時に着たらいいんじゃない?」
「あ、それいい…!」
悩み続ける私を見かねて後押しをしてくれたらしい。
確かにそれなら買っておいても問題ないよね。
それならとお店の人にお会計を頼もうとしたら、すでにアルバート様が支払いを終えていた。
待って、何で!?
「じゃあ行こうか」とまた腕を出して来るけど、私はそれどころじゃない。
買ってもらうつもりなんてなかったし、悪いからとりあえず払わせてほしいんだけど!
「アルバート様! 私ちゃんと払うから!」
「そんなのは気にしなくていい。あ、これはどう?」
「それも可愛い……って、そうじゃなくて!」
「こっちも似合いそうだ」
「だから聞いてってば~!」
アルバート様は私の言葉には耳も貸さず、あれもこれもと買おうとしてくる。
私は必死に止めていたんだけど、ふと視界にキラリと光るガラス細工の髪飾りを見つけて動きを止めた。
「何か気になる物でも?」
「うん、これ綺麗だなって」
「ああ、これはクライス領で作られたものだね」
「そうなの!?」
すごい……角度を変えると光の反射で色が変わって、キラキラした花のモチーフが幾重にも広がってとても可愛い。
「それじゃあこれも買っていこうか」
「あっ、自分で買うから!」
「クライスの土地の物なんだから私に贈らせてくれ」
「あ、え、えぇ…?」
反論する方法を探している間にアルバート様は店主に髪飾りを渡してお金を支払ってしまっていた。
これはもう、何を言っても色々買われてしまうのでは…?
こんなの貴族様のお買い物のイメージそのままなんだけど………って、そういえばアルバート様も貴族だったわ…
しかも騎士さんだし、お金に困るようなこともなさそうだもんね。
こうなったら、アルバート様に似合いそうなものを見つけてお返ししよう…!
もらってばかりは申し訳なさすぎるもの。
今は国から頂いているお金だけど、これからは自分で稼げるようになるはずだし!
…あ、そういえばショーケースのことを相談するの忘れてるね!?
後でお茶しながらでも良かったけど、せっかく今クライス領の話が出たから聞いてみるのにはいいタイミングかも。
「ねぇ、アルバート様。ちょっと聞いてもいい?」
「どうぞ?」
「クライス領ってガラス細工が盛んだって聞いたんだけど、ガラスケースみたいなものってある?」
「硝子…けーす?」
私は宰相様の許可が下りたのでこの間相談したお店を作ることにしたという所から話し、そのためにガラスの保冷庫が必要なのだと説明した。
つまり、ケーキを外から見えるように保管したいと用途の説明も添えて。
「確かに見て選べるのは良いな」
「日本のお菓子屋さんはそれが普通なのよ」
「それなら兄上に聞いておくよ」
後で形を詳しく教えてほしいとのことなので、それはまた帰ってお茶の時に話すことにする。
ガラスが原料であればクライス領で作れるだろうし、核を付ければ保冷機能は果たせるのでそう問題はないだろうと言われてホッとした。
あとは金額だよね……オーダーメイドになるわけだし、安くはないだろうなぁ…
分割払いも可能か、シェナード様に聞いておいてもらわないと。
その辺は後でアルバート様に話すとして、とりあえずショーケース問題は解決しそうなのでショッピングの続きに戻ろう。
まだまだ見たいものはたくさんあるしね。
「あ、これどうかな?」
しばらく歩いた所で、シンプルだけど襟元に刺繍が施されたグレーのシャツを発見し、私はふと立ち止まった。
エスコートされているので、もちろんアルバート様も止まる。
「どうした?」
「良さそうな服があったの」
急に私が止まったものだからアルバート様がビックリしていたけど構わず話す。
アルバート様も大して気にした様子もなく、私の指差した先を見て首を傾げていた。
「それはユーカ殿には少し大きいんじゃないか?」
「うん、そうね」
「ん?」
服を手に取ってアルバート様に合わせてみる。
…うん、やっぱり似合うわ。
今日みたいな服もいいけど、アルバート様は落ち着いた色合いがすごく映えるから。
当てて見た感じサイズも無さそう。
キョトンとしているアルバート様をそのままに、私はお店の人に服の代金を支払って包んでもらうと、それを目の前に差し出した。
「はい、さっきのお礼」
「私に?」
「うん。大した物じゃないからお返しならないかもしれないけど」
「…いや、そんなことはない」
ありがとうと微笑むアルバート様に、喜んでもらえてよかつったと胸をなで下ろし……
ここは市井だと思い出した。
だから、この人貴族だって!
何で平民の服とかあげてるの、私!
「ああああ! ごめん! こんな安い服着ないよね!? やっぱり何か違う物を……とりあえずそれは返品して…!」
「ユーカ殿、落ち着いて」
「だ、だって、こんなの失礼じゃ…」
「着るよ」
「え?」
「またユーカ殿と市井に来る時に。だからユーカ殿も今日購入した服を着てくれる?」
「そ、それはもちろんだけど…」
「ならそれでいいじゃないか」
いいんだろうか。
対貴族様に良くはない気がしたけど、アルバート様があんまり優しく笑うから私は何も言わず小さく頷いた。
読んで下さってありがとうございます!
本人達は友達との買い物の認識ですが、傍から見たらただのデートですよね。




